あたしは、いったいどれだけ大切なことを忘れてしまったのだろうか。忘れてしまったから分からない。そして、忘れてしまったから辛いことも悲しいこともない。だからこのままでも全く問題ない。ただ、何をしていたのか教えてもらわないとお仕事が全然出来ないからそこだけは何とかしたいのだ。でも、なんだか最近、問題はそんなことじゃない気がしている。


「いいなぁ、わたしも神威団長と湖行きたかったなぁ」

「ごめんなさい、紅衣さんも誘おうと思ってたんですけど、神威団長が早く行こうって」

「…ふーん」

「…でも、」


最近思うのは、神威団長あたしといるの嫌なんじゃないかなぁっていうことで、


「あたし、神威団長と一緒にいない方がいいのかも」

「え?…なんでそう思うの?」

「…」


それは、彼が時たま見せる苦しそうな表情が日増しに増えていくからで、


「でも、もし本宮さんといるのが嫌なら、毎日団長室に呼び出したりしないでしょ」


そう紅衣さんは不思議そうに言うのだけど、確かに神威団長がいつもあたしを呼びだすのだけど、


「…神威団長優しいから」

「え?」

「神威団長優しいから、記憶喪失の団員を、あたしを放っておけないだけで、本当は一緒になんていたくないのかも…って思うんです」

「…わたしにはそう見えないけどねぇ」

「…そうですか?」

「うん、むしろ逆に見えるけど」

「…」





―――――**





なーんでライバル元気づけてるんだろうって思った。だけど、最近神威団長と雛さんにトランプ交ぜてもらって、楽しい時間を過ごしているのは事実。神威団長がわたしに向ける視線は今だに疑いのものだけど、それでも追い出さずに一緒に過ごさせてくれる。楽しく過ごせるのは雛さんが間にいてくれるからで、本当に感謝しているのだ。そんな彼女が困ったように眉を下げていたら、話を聞いてあげたくなる。そしたら、どうも間違った解釈をしている彼女。


「…あたし、暫く一人で頑張ってみようかな」


そんなふうに言葉を紡ぐ。


「暫く神威団長と距離とってみようかなって思うんです。神威団長もいつもあたしが傍にいたんじゃ落ち着かないと思うし、」

「そんな心配いらないと思うわよ?いつも傍にいるって言っても夜はそれぞれの部屋にいるわけだし、団長が任務に行くときは別々になるじゃない」

「でも、…きっとあたしが傍にいること、ストレスになってる…」


それはあながち間違っていないかもしれない。ストレスと言うのはちょっと違うかもしれないけど、神威団長が日増しに元気を失くしていくのは、雛さんが自分を忘れてしまっているという事実がどういうことなのか日増し実感しているからだろう。そして、わたしが毎日お邪魔するようになったから。むしろ、わたしが行かなくなれば彼の心は少しは休息をとれるのだろう。でも、そんなことしたらやっぱりわたしと神威団長の距離は縮まらない。だからこうやって毎日通い続けているわけで。


「ねぇ、紅衣さん」

「なに?」

「今度紅衣さんが来たときに、あたし席外しますね」

「え?」

「そもそも紅衣さん神威団長のこと好きで毎日団長室来てるのに、あたしがいたら邪魔ですよね?」

「…」

「気が利かなくてごめんなさい…」

「そんなことないわ、本宮さんがいてくれなきゃ、わたしきっと団長室にも入れてもらえないもの、それに話だって続かないと思うし」

「…でも、今度一回試させて下さい」

「何を?」

「…あたしがいない方が、神威団長リラックスできる気がするんです」

「…」

「だから紅衣さん、あたしがいない時、神威団長がどんな感じなのか教えて下さい」

「…それは、いいけど」

「よろしくお願いします」

「ねぇ、わたし本当にそんな心配はいらないと思う。神威団長は雛さんのことそんなふうに思っていないわ」

「…でも、一度だけ」


そう言った雛さんが少し悲しそうに微笑んだから、わたしは溜息して頷いた。


「だけど雛さん、もしそれで本当に神威団長が雛さんのことそういうふうに思っているってなったら、どうするの?」

「…まだ、考えていませんけど」

「…そっか」

「でも、このまま仕事もしないで船に乗ってることはやっぱ出来ないから、出来たら地球で船を降ろしてもらいたいです」

「地球?何で?」

「たぶんあたしの故郷は地球だから」

「…思い出したの?」

「いいえ、ただ、あ、紅衣さん藍斗さんって知ってますか?」

「あいと?」

「紅衣さんと同じ新人さんなんですけど、彼とこの前少し話したときに、たぶんあたしは地球出身だろうって話をして」

「…へぇ」

「だから、そこに戻ろうかなって思います」

「…」


とことん間違いをおかす子だなぁ。そんなのわたしが神威団長はやっぱり雛さんのこと嫌ってるみたいよ、みたいに少し嘘をつけばわたしの思うつぼじゃない。


「…」

「…」


でもきっと、わたしはそれを出来ないのだろうなぁと思う。あーあ、もっとわたし悪女だったら良かったなぁ。こんなふうに悩まずに自分の目的のためにこの優しい女の子を犠牲にできたらどんなに楽か。ずいぶん楽だろうなぁ。


「…分かった、わたしに任せてよ」

「ありがとうございます」


姑息な手を使うのはやめようって決めたんだから。信じていいよ、わたしを。


「ねぇ、雛さん、今度さ二人でどっか散歩にでも行かない?」

「え?」

「たまには気分転換…ね?」


これでもわたしね、貴方には笑っていてほしいのよ。










優しい小悪魔

もっとドロドロした恋愛ならね、勝利だって見えただろうに





20100211白椿


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