真剣に自分の手札を見つめている雛を見て、俺もゆるゆると考え事をしていた。今は二人で大富豪中。ババ抜きと違って、俺が連勝しているだけに雛の目も真剣だ。そんな姿をぼんやり眺める。見た目、考え込む姿、声、全部全部前と変わらないのに記憶だけ違ってしまった彼女。どうやったら記憶は戻ってくれるのだろうとそればかり。
「じゃあ、こう!」
ペシっと出されたカードの上に素早く俺の手札を乗せる。
「うっわ、またそんな強いカード…」
雛の眉がハの字に。また俺の勝ちかな…?
何にこんなに焦っているのだろう…?自分で自分が不思議でならない。雛を手放すつもりはない。それははっきりしている。そこがはっきりしているというのなら何に不安を抱いているというのだろう。よく分からない。
「はい、俺の勝ちー」
「ま、またあたしの負けー…」
散らばったカードを再び集め出す雛。
「雛が勝つまでやろうねー」
「…それ一生やり続けることになりそうです」
「はは、それもいいね」
「いいんですか!?」
驚き半分、呆れ半分と言った顔でカードを配りだす彼女の顔を笑って見つめれば、
コンコンコン
渇いたノック音に視線を持ってかれる。内心またかと溜息するけれど彼女はこちらの返事も待たずに入室してくるのだ。
「雛さーん、神威団長―いますー?」
ほーらね。
「あ、紅衣さん、お仕事終わったんですか?」
雛が笑顔で対応するのが面白くない。あれから毎日のようにこの部屋にやって来るようになったこの女。
「今終わって、だからわたしもまたトランプ交ぜてもらおうと思って」
こう言うのも何だけど、俺はいろんな女に言い寄られる体質らしく、随分いろんな経験をしてきた。だから分かる。この女もそういう類の一人だと。それもけっこう悪質な感じがするのだが、そんなこと微塵も感じていないだろう雛は、
「今大富豪やってたんですよ。でも団長すっごく強くて」
と笑顔で言いながらトランプを当然のように三人分に分けていく。あーあ、もう三人でやること確定じゃないか。俺はまた溜め息した。
最初こそ追い出そうと思っていたのだが、雛が彼女はお友達だと快く迎えてしまうからやっかいだ。こういう場合、下手をしたら雛に被害が及ぶ可能性があることを俺は十分理解している。あの女が最初に雛に向けた目を俺はしっかり見てしまったからね。おおかた雛は俺に近づくための道具にするつもりなんだろう。他意があるなら近づくなと釘をさしたつもりだったのに、彼女には無駄だったようだ。
まぁ、方時も離れずに雛と一緒に居られれば問題ないのだが、記憶を失った雛に俺から離れるなとはなかなか言いづらい。かと言って野放しにしておけば必ずこの女は何か行動に移してくるはず。友達ヅラしてるのもきっと今だけ。だからこうして三人でいるのが一番なんだ。と思ってみたって面白くないのは事実。だいたい、…そうだ。記憶があろうがなかろうが、俺から離れるなって雛に言ってしまえばいいのに、何に俺は戸惑っている?
配り終えられたカードを集めて柄を確認する。
まずまず、と言ったところか。
それにしたってこんなうじうじは俺らしくない。もっとこうズパッっと明快な解決方法はないものか。考えながらカードを出していく。
例えば、雛に俺から離れるなと命令したとする。そうしたら彼女はおそらく、
『どうしてですか?』
そう首を傾げるだろう。俺がそれに答えるとしたら、
『あの女が怪しいからだよ』
でも、そんなこと言っても、
『え?それは勘違いですよ、紅衣さん良い人ですよ』
雛はそう言うに決まっている。それでも強引に団長命令としてそうさせてしまってもいい。けれど何か納得できない。
もし、この女が俺の気を引こうとしているからなんて言ってしまえば、雛は疑問に思う間もなく女を応援すると言いだす可能性だってある。そんな状況になったら、もうどうしようもない。ん?どうしようもないってどういうことだ?
自分の思考に首を傾げる。
楽しそうにゲームを進める雛を見る。
その笑顔に、胸の辺りがぎゅうっと痛くなって、同時にひどくイライラする。最近よく起こるこの現象。俺は溜息した。
んー、なるほどね。まさか自分がこんなに情けない奴だとは思っていなかったよ。でも、今は何もしない方がいい。もう少し様子を見るべきだ。
俺は長い溜息を吐いて、そして考えることを止める。
いや、薄々感づいてはいたんだ。きっとずっと前から気付いていた。でも認めたくなかったのだろう。
「神威団長、大丈夫ですか?疲れました?」
気遣ってくれた雛に笑顔を向けた。
「大丈夫、もう少ししたら話すから」
「?」
この小動物のように怯えた心の原因は君にあったよ。
君があまりにも鈍感で良い子すぎるから、それが原因だったんだ。そろそろ認めることにしよう、
君は俺の弱点だ…。
でも、溺れるわけには
まだ、弱点なんて必要じゃないんだ
弱くなんてなるのはごめんなんだ
20100210白椿
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