大きく何かがあるわけでもなく、雛の記憶に何か変化があるわけでもなく、不安な心は消えないまま、日々が過ぎて行く。どこかスッキリしない心をいつも持っていなければいけないのは、あまり楽なことじゃない。
そんな日々の一角、見慣れた通路で見覚えのある女がこちらに歩いてくるのが見えた。栗色の髪をクルクルにした化粧の濃い女の子。できたらあまり関わりたくない彼女に俺はわざわざ声をかけた。





―――――**





神威団長に声をかけられた。


「ねぇ、君」


心臓がドキリと跳ねた。でも、わたしの熱くなった胸とは裏腹に、団長の顔には冷たく貼りつく感情のこもらない笑顔。


「な、なんですか?」


あの入団した日以来、一度も団長とは接触していない。雛さんにはいつでも団長室においでと言われているのだけれど、それを団長が快く思わないのは明白で、そんな団長を想像したらなかなか行動にすることが出来ずにいたのだ。


「何か変なこと企んでない?」


そして今もやはり、話しかけられた理由はわたしを疑う心から。少し悲しくなってくる。


「…何かってなんですか?」

「俺がいない間に雛に近づいたみたいじゃない」

「…」


やっぱりこういうセリフを吐かれると、雛さんへの嫉妬の念が渦巻いていく。すごく大事にされているみたいで羨ましくなる。でも、


「…ちょっと彼女とお話してみたかっただけです」


これに嘘はないから、なるべく平静を装って言った。


「そう、ならいいんだけど、他意があるならもう雛には近づかないでよ」

「…」

「雛さ、本気であんたのこと友達って思ってるみたいだから」


そう言われて、団長にはすべて見透かされているのだと思った。わたしが入団した日、何が目的で団長に挨拶しに行ったのかも、わたしが雛さんにどういう感情を抱いているかも、すべて見透かされているのだと悟った。

団長はそれだけ言うとわたしに背を向ける。背を向けて足早に去っていく。

まるで、わたしの気持ちなんて、小指の先ほどもくむつもりはないと言わんばかりに。

少し悲しかったけど、まだ諦めるつもりなんてないわたしは口を開く。


「神威団長」


無視されるかもと思ったけれど、神威団長は足を止めてくれた。


「なに?」

「やっぱり雛さんって、団長の彼女なんですよね?」


捻り出す言葉が少し震えていた。


「…教える義務はないって言ったでしょ?」

「…」


通路に冷たく響く団長の声。もう何も言葉は出てこない。でも、否定しないのだから、やっぱりそうなのだろうとわたしの中では確定事項になった。雛さんはそのこと忘れて、しかもわたしと団長を応援すると言っている。いったい、どうするのが利口なのだろうか?モラルなんて言葉、わたしには無いって思っていたのに、あの日、彼女に接してからおかしくなってしまったみたい。迷う自分がいる。


「…安心して下さい。雛さんに変な事する気はありませんから」


これは本当。もうきっと力づくでなんてことは出来ないから。


「そう」


神威団長はそう言うと、今度こそ背を向けて去って行った。団長の姿が見えなくなってから呟く。


「まだ諦めてはダメだからね」


頑張ってきたわたしの10年間を無駄には出来ないもの。こんなことで諦められるほど薄っぺらい思いじゃないのだから。今はまだ諦めるには早すぎる。まだ何もしていないのと同じなんだから。
今まで、目的のためにいくつもの犠牲をはらってきたじゃない。沢山の命を踏み台にしてきた。今さら少しばかり優しいだけが取り柄の女の子一人に遠慮する理由なんてない。だけど、彼女に少なからず好意を抱いてしまっているのも事実だから、姑息な手を使うのは辞めようと思う。正々堂々挑んで、掴み取ればいいんだから。女として負けてるとこはないと思うから。


…お友達だけど…ライバルだから。


記憶喪失だってことにも情けをかけるのは辞めよう。それはわたしのせいでも何でもないのだから。一人で頷く。待っていては何も始まらない。行動を起こさなくちゃ!!










恋する乙女は無敵

頑張れ自分と励ましてみる





20100210白椿


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