思わず息を止めた。息を止めて気配を消す。


「本宮さん、ファンタジー好きですか?」

「あ、好きです好きです」

「じゃあ、これとか面白いと思いますよ」

「え?第七師団に何でファンタジー小説あるんですか?」

「さぁ?それは俺には分からないけど、ここの資料室って結構いろいろ揃ってて俺も驚いた」


雛と、聞き覚えのある男の声。途端に真っ黒く重たくなるのは心?よく分からないけど不快。言うなれば心臓が止まりそうな…


「それから、あ、これも面白かったかな」

「不思議の国の…あ、これあたし知ってます」

「あ、これ地球のお話ですね」

「…地球」

「やっぱり、本宮さんは地球の人みたいですね」

「…」


そうだよ。雛は地球人だよ。そう心の中で呟いて、そっとその場を離れた。どうして離れたのか、どうして二人のところに行かなかったのか、そんなこと俺が訊きたい。重たい足を動かして、団長室へと向かう。途中阿伏兎にどうかしたかと訊かれたけど無視しておいた。


バタンッ!!!


予想していたより大きな音をたてて閉まった扉。見たらドアノブが取れている。あーあ、やっちゃった、阿伏兎に直してもらわなくちゃな。


あーあ、雛に口が無ければ良かったのに
…俺以外と喋れなくなればいいのに


下らないこと考えてるなぁ、まるで鳳仙の旦那じゃないか、と思いながらも、考えるだけならただだし、何か影響があるわけでもないし、と思って思考を止めない。


雛に足が無ければ良かったのに
…俺の傍から離れられないようになればいいのに

雛に笑顔が無ければ良かったのに
…君の魅力は俺だけ知っていればいいんだから

雛に自我なんて無ければ良かったのに
…俺の言うことだけ聞いて


さぁ、はたして俺はそんな雛のこと好きになれる?


「…そんなの雛じゃないよ」


誰にでも笑顔で、誰にでも優しくて、みんな大好き、それが雛。思い返してみれば変な子だなぁと笑えてきた。だいたい異世界トリップとか普通の女の子経験しないよね。神威って呼んでって言っても、いつまで経っても団長呼びだし、敬語やめてって言ってもいつまでも敬語だし。血も殺しも大嫌い、平和大好きなのにこんな野蛮な奴らばっかの春雨第七師団に一人でトリップすることを選択したバカな女の子。


代わりはいないんだ…


思っていたよりだいぶ大事になっていたようだ。近くにいて当たり前、俺に笑いかけて当たり前。だから、今こんなにも苦しいのかな…。俺の知らないどこかで、他の誰かと親しくなっていく…そんなこと今までだってあったことなのにね。どうしてこんなに焦るのか…雛が記憶を失くしてしまったから?俺の存在が今は彼女にとって特別じゃないから…彼女を繋いでおく鎖が無いから…俺が記憶を奪ってしまったから…?だったら自業自得じゃないか。


「…はは」


どう接していけばいいのか…分からなくなりそう…また、傷つけてしまいそう…


「え?うっわ!!団長どうしたんですかドアノブ取れてんじゃないですか!!」


声に振り向いたら、胸に数冊の本を抱えた雛が壊れたノブを拾い上げていた。


「…ごめん、力加減間違ったみたいで」

「マジですか、夜兎ってドア開けるのにも手加減必要なんですか大変ですね」

「…」

「あれ?団長…どうかしましたか?」

「え?」

「顔色、あんま良くないように見えますけど」

「そ?」

「…」


雛が不思議そうにこっちを見ている。俺はさっき変なこと考えていただけにそれを直視できずに逸らす。しばらく沈黙が続いた後、


「ココアでも入れましょうか」


見たら優しく微笑んでそう言う雛がいて、なんだか安心した。


雛に口があって良かった、雛に足があって良かった、雛に笑顔があって良かった、雛に自我があって良かった。
そうやって俺に優しく語りかけて歩み寄って、笑顔を向ける。そんな姿を見るだけで狭く小さく縮んでいた心臓が温かい温度を送り出し始める。


「…ありがとう」

「じゃあ、すぐに入れてきますね」


だけど、抱きしめたいと訴える腕に制止をかけたのは、そんなことしたら今の彼女が困ることを知っているから。それを考えたら、やっぱり心臓がぎゅうっと小さくなった。










行きつ戻りつ

安堵する心と不安な心を行ったり来たり





20100210白椿


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