この前行った資料室に、個人的に何か借りに行ってみようと思って足を運んだ。少しカビ臭いそこに足を一歩踏み入れると、ドサドサと書物の崩れ落ちる音がしてビクっとなる。急いで音のした方へ行ってみたら、


「いってて」

「あ、藍斗さん?」

「え?あ、本宮さんこんにちは」


そこには崩れてきたのであろう書物と資料に埋もれる藍斗さんの姿があった。急いで彼の発掘作業に入る。しかしさすが第七師団の団員、すぐに自力で立ち上がった。


「ちょっと無理して上の取ろうとして失敗しちゃって」


そう言って笑う藍斗さんに苦笑しつつ、散乱した書物をもとに戻していく。藍斗さんも落ちた書物を拾い出す。あたしは、その作業をしながら口を開いた。


「そういえば、この前の初仕事はどうだったですか?」

「あー、なんか思ったよりは簡単でした」

「簡単?」

「うん、ここの人たち皆さん強いから全く手こずらなくて」

「へぇ」

「俺もそれなりに戦場渡ってきましたから、もっと悲惨な状況いっぱい経験してきたんで今回は序の口って感じでした」

「そうなんですか…じゃあ一応初仕事は成功ってことですよね?」

「え?あ、まぁそうですかね」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


沢山散らばった本はなかなか片付かない。


「そういえば、本宮さんはどうですか?」

「え?」

「その、記憶喪失、何か思い出したりしました?」

「あ、…それが、全然で」

「そうですか、…実は俺あれからちょっと記憶喪失のこと調べてみたんですよ」

「え?」

「やっぱり無理に思い出そうとしたり、失った記憶時のことを無理にインプットしたりしようとするのはよくないみたいですよ」

「…」

「記憶はもしかしたら明日にでも突然戻るかもしれないし、もしかしたら戻らない可能性もあるみたいですけど、とにかく明確な治療法はないようです」

「…」


その意味を理解して、少しだけ落胆した。


「…そうですか」

「あ、ごめんなさい、落ち込ませたかったわけじゃなくて、だから、気楽にかまえていればいいんじゃないかなって」

「え?」

「だって、記憶が無くなってしまったのは事実ですけど、それで本宮さんが何か困っているわけじゃないんでしょ?」

「…」

「この船で一番偉いのは神威団長。その団長が本宮さんに何もしなくていいって言ってるなら本当に何もしなくていいんですよきっと」

「でも、みんな働いているのにあたしだけ…」

「きっとそれも気にしなくていいことですよ。団長もきっとあまり悩んでほしくないって思っていると思いますよ」

「…」

「あまり記憶を失くす前の自分のこと考えない方がいいです。」


いつの間にか本を片付ける手が止まっていた。そして藍斗さんだけが作業を続ける。


「それよりも、今自分に何が求められているか、それを考えてみたらどうですか?」

「…今」

「そ、今できることを探した方がいいです」

「…そですね」





―――――**





微かに本宮さんの唇に笑みが浮かんだのを見て安心した。前に彼女を呼びだした時は不安にさせてしまったようだったから、どうにかして元気づけてあげたいと思っていたから。でも、なかなか彼女とは接触する機会がなくて、だから今がチャンス。このチャンスを逃してはもうやってこないかもしれない。やっぱり笑顔の方が彼女には似合うと思う。
そうして、少しだけ俺はドキドキしながら口を開いてみる。


「…本宮さんは付き合ってる人とかいるの?」


ただの好奇心。彼女がどう答えるのかじっと耳を傾ける。


「え?いませんよー」


笑顔で笑いながらそう言った。ここまでは予想通り。俺はさらに質問してみる。


「…でも、もしかしたら記憶失くす前にいたかも…ですよ?」

「…え?」


彼女を見たら不思議そうにこっちを見ていた。


「もしかしたら、恋人がいたことも忘れちゃってる…とかないかなと思って」


頭には神威団長を思い浮かべて言ってみる。本宮さんがどう反応するのか観察しながら、


「あははは、いや、きっとないですよ」


しかし彼女はあっけらかんと言い放った。


「なんで言いきれるんですか?」

「え?だって、それなら記憶無くなってからでも、そう教えてくれればいいじゃないですか」

「…」

「もしいたとしても、きっとそれは本気じゃなかった」

「…」

「だって、記憶無くなってから、そういうこと言ってくれた人いないですもん。」


彼女は笑いながら語る。


「あたしにもしそういう人がいて、相手が記憶喪失になっちゃったら、あたしまずきっとあたしが貴方の恋人ですよってこと伝えたいって思うと思います」


彼女の言うことは最もで、でも、そんなに単純なことかなと俺は首を傾げる。本当にそんな立場になったら、俺だったら言えるかなと。


「そうですか」


でも、とりあえず楽しそうに語る彼女を見ているのは楽しかったので肯定しておくことにする。でも、ちょっと納得できなかったから、少しだけ踏み込んでみる。


「てっきり俺はさ、神威団長と本宮さんがそういう仲なのかと思ってました」


そしたら本宮さんは少し目を見開いて次にはまた笑う。


「ふふふ、少し前にも同じこと言われました」

「え?」

「藍斗さんと同じ新人の女の子なんですけど、藍斗さんと同じこと言ってました」

「そうなんですか」

「でも、そんな事実ないですよ。どう見たらあたしと神威団長がそんな仲に見えるのかあたしには分からないです」


おかしそうに笑う。


「じゃあ、神威団長とはただの上司と団員の関係?」

「そうだと思います。記憶がないのではっきりはしませんけど、上司と団員の関係以外ないと思いますよ」


いやぁ、でもそれはないだろう。心の中だけで呟く。だってあの過保護具合は絶対何かあるって。でも、彼女が笑顔で語るので頷いておく。


「そうですか」

「あたしと団長じゃ全然釣り合ってませんしねー」


…そうだろうか。本宮さんを見てみる。…まぁ、容姿だけで意見を述べれば確かに釣り合っていると断言は出来ないけど、でも決して不細工ってわけじゃない。…きっと自分の良さが分かってないんだなぁと思う。オーラも人柄も、可愛いと俺は思うけどなぁと。


「じゃあ、本宮さんには好きな人とかいないんですか?」

「いないですよ、そんな余裕もないです」

「ふーん」


と、何となしに言ってみる。冗談のつもりで言ってみる。笑いながら口を開く。


「じゃあ、もし今俺が彼氏に立候補したら考えてくれますか?」


そしたら隣で本を並べていた彼女はびっくりしたように目を見開いてこっちを見る。持っていた本がばらばらと再び床に落ちて、彼女はうっすら頬を赤らめていた。でもすぐにいけないと呟いて本を拾う。そして可愛い声でくすくす笑う。


「もう、そういうの慣れてないんですからやめて下さいよー」


恥ずかしそうに本を拾い上げた彼女は、まだ赤い頬をそのままに笑いながら本棚に散乱していた最後の一冊を戻した。


「さ、片付け終わり。あ、あたし今日本借りに来たんですけど、お勧めとかありますか?」

「…え?あ、」


俺が初めて彼女を一人の女と認識した日。












歯車が狂いだす

不覚にも跳ねた心臓。





20100209白椿


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