「神威団長?…団長って…」


黒髪の男はひどく驚いたように雛を見た。雛は笑顔で答える。


「はい、この第七師団の団長ですよ」

「え!!わっ、あ、はじめまして!!」


途端引きつった顔で挨拶をした。まぁ、さっきの女よりはいい反応だと思いながらも、多少不愉快であることも確かで、俺は適当によろしくと返す。すぐに雛に向き直った。


「雛、もう用終わったなら戻ろう。トランプするよ」

「え?あ、分かりました」


雛は抱えていた最後の本を素早く戻して、


「では、失礼します」


律儀に男に頭を下げた。その一つ一つの行動にも何だかイライラして、俺は足早に資料室を出た。後ろからパタパタと雛の足音が付いてくる。それを聞きながら溜息した。
今の男も、さっきの女も新人。なんだか面白くない。すっごく嫌な感じがする。


「神威団長、どうかしたんですか?」

「なんで?」

「なんか、いつもと…もしかしてあたしが遅かったのが原因ですか…?」


心配そうにこちらを窺う彼女に笑いかける。


「正解」


言えば目を見開いた。その後慌てて謝罪体制に入るのを眺める。


「ご、ごめんなさい!!あの、次からは余所事せずに仕事頑張りますから!!」


大真面目に謝る姿に吹き出しそうになるのを堪えて、謝り続ける彼女の声に耳を傾けた。君の記憶が失われてなかったなら、こんな気持ちになることもなかったのだろうか。逆に、君が早く記憶を取り戻してくれたならこのざわざわする胸も鎮まるのだろうか。


「神威団長、ごめんなさい!!あの、あたしの話聞いてますか!!?」

「ん?聞いてる聞いてる」


言ったらまた少し顔が歪んだ。このままいじわる続けたら泣いちゃうかな?そう頭の片隅で思いながら考えるのは何故か吉原で見た鳳仙の旦那の姿。なんか、今、自分が旦那の姿に重なる気がした。弱くなっている気がしてならない。雛のことは雛のこと、戦場のことは戦場のこと、と区別してきたつもりなのに、実はそうではなかったのかもしれない。団長室が見えてきた。とりあえず、トランプでもして気持ちの整理をつけるとしよう。





―――――**





どきどきする胸を抑えて静かになった資料室に一人佇む。まさかこの師団の中で最も強いと称される団長にばったり出くわすなんて驚かない方が無理だろう。しかも、もしかしたら目をつけられてしまったかもしれない。本宮さんが団長のお気に入りだったとは。おいおい、俺の師団ライフは最悪なスタートをきってしまったよ。
ふと、さっき本宮さんが戻していった本に目を止める。

『宇宙の拷問方法ベスト30』

サーっと背筋が冷えた。これはあの本宮さんが借りていたものなのか、それとも団長が借りていたものなのか、それは定かではないけれど、あの二人に接するときはそれなりに覚悟しなくてはいけないだろう。安心できる存在に巡り合ったと思ったのに、とんだ誤解だった。


「はぁ…」


それでも、俺は次に本宮さんに会ったらいったい何から話しだせばいいのだろうと考えていて、もう関わるのを止めようという考えは微塵も頭になかった。それどころか、強さを求めると聞くあの団長が傍に置いている存在にも関わらず戦闘に全く縁のない女の子、いったいどういうことなんだろうという好奇心ばかりが膨らむ。俺の夜兎に対する認識が間違っていたのか、はたまた本宮さんには何か特異な能力があるのか。
再びどきどきと脈打つ始めた心臓。今度は緊張からではなく、わくわくからである。










知りたい確かめたい

それが特別な感情にすり変わるのも時間の問題





20091222白椿


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