雛が記憶喪失だろうが何だろうが、春雨の仕事の量は変わらない。けれども団長は前以上に雛に付きっきりで、今まで気が向いた時にしていた極わずかな書類整理すらしなくなっていた。が、団長も少なからず自分の行いに傷付いているらしく、俺は何も言わない。
「団長は訳あって今ここにはいねぇが、とりあえず自己紹介を頼む」
そんな中、第七師団に新人が送り込まれて来た。ざっと数えて20人弱。自己紹介なんてしたってこっちは覚えられるわけないのだが、まぁ一応通過儀礼として…。
どいつもこいつも一癖二癖ありそうな奴等ばかり。戦場で大活躍してくれそうだ。後で団長にも伝えに行くか。
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正直萎える。だってやっと春雨に入団出来て、ようやく団長さんに会えると思ったのに、何が楽しくてこんなおっさんに自己紹介しなければならないのだろう。気合いを入れて巻いた自慢の栗色の髪が虚しく揺れた。
「紅衣(くい)です」
けれども、きっとこのおじさんは団長に近しい人だろうから、出来る限りの笑顔で挨拶する。が、特に反応なしに隣の子の挨拶に移ってしまって少しムカついた。
まぁいっか、わたしが会いたいのは神威団長だけだし、これ終わったら誰かに団長室聴いて行ってみよっと。
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雛は今日も俺の部屋でのんびりしていた。記憶を取り戻そうとしているのか、春雨の書類に目を通してみたり、戦場の話を持ち掛けてきたり。そんなことしたって思い出すわけないのに。だって前の雛はそんなことしてなかったもの。
「ねー雛ーそんなのどーでもいいからまたトランプでもしよーよ」
「またババ抜きですか?」
「うん、だって俺負けてばっかで何か悔しい」
「ははっ、いいですよ」
そう笑って雛がトランプのケースを手にした時、
コンコンコン
ノック音がして、
「団長、俺だ」
阿伏兎の声が響いた。
「どーぞ」
扉が開いて、予想通り疲れた顔した阿伏兎と見慣れない女が顔を出す。その女が瞬時に雛に睨みをきかせたのを見逃さない。
「良い新人が沢山入ましたよ」
「そう、全く興味ないネ」
「まぁそう言わず、団長に挨拶したいってんで一人連れて来たんですよ」
「ふーん」
俺は女を一瞥して溜め息した。こういう勘は当たるから嫌である。きっとあの女、面倒なこと考えてやがる。
「雛」
「はい」
トランプケースをどうしたもんかと考えていたらしい彼女に、本を数冊と書類を差し出す。
「悪いけどさ、これ資料室に返して来てくれる?」
「あ、はい」
ずっと部屋に放置していたものだ。こういう時に役に立つ。
雛は受け取ると駆け足で部屋を出て行った。足音が遠ざかったのを確認してから女に向き直る。
「最初に言っとくけどあの子には手出ししないでネ」
女は少し眉をしかめて、でもすぐに笑顔を作った。
「誰ですか?」
「…教える義務はないよ」
「…」
「もし変なことしたら殺すから」
多少殺気を込めれば動揺した瞳が揺れる。これくらいやっとけば大丈夫だろう。
「じゃあ、挨拶とやらを聞こうか」
後はただニコニコと時間が過ぎていくのを待つのみ。
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神威団長が案内してくれた時のことを思い出して資料室へと向かう。通路は行けども行けども景色が変わらないから迷ってしまいそうだ。
階段を登って登って通路を右に曲がって次に左、そして階段を一つ降りれば、
「無事到着」
扉を開けたら、古い書物の少しカビ臭い空気がひやりと肌に纏わりつく。
第七師団の人たちはあまり書物を必要としないらしく、そこは驚くほど静かだ。けっこう広いのに活用しないなんてもったいない。
資料室の書類を見る。どこにどの本を戻せばいいのか確認しながら一冊一冊返していく。3冊目を返したとき、
「君、だれ?」
声のした方を振り向けば、見慣れない黒髪の青年が一人、本を脇に抱えて立っていた。
「…あなたは?」
思わず問い返せば、彼は人の良さそうな笑みと共に近寄ってきた。
出会うタイミングは大事
二つの出会いに翻弄される
20091201白椿
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