それはちょっとした油断から起きた大きな事件だった。
治安の悪い惑星とも明日でおさらば。次の惑星では雛と二人でまた出かけることの出来るところがいい。できたら観光地がいいなと阿伏兎に伝える。阿伏兎もそれがいいだろうと頷いた。
もう一週間この惑星に滞在しているけれど、ここは治安が悪いだけじゃない。惑星の環境もけっこうひどいもので、空気の汚染、衛生面、すべて悲惨なものだ。こんなところにいつまでもいたら、雛は病気になってしまうだろう。地球産は汚染に弱いから。そんな心配も相まって、燃料補給や買い物は早々に済ませたのだが、ここでの取引に苦労していた。一応、明日までに話がつかなければ実力行使ということになっている。俺としては早く実力行使でいきたいところだが、いつものように阿伏兎がダメだと言った。しかもその取引相手というのが面倒な年寄りばかり。頑固で意地汚くて、おまけに我儘。そんなのの相手をしていれば自然とストレスも溜まっていく。
すると雛は言った。


「神威団長、最近疲れてるみたいですね」

「さすが雛、よく分かるねー。ちょっと頑張ってるんだよ俺」

「あんまり無理しないで下さいよ」


そんなこと言われるのは初めてで、ぎゅっと雛を抱きしめて疲れを癒す。確かに、ここまで仕事で疲れたの初めてかもしれないなぁなんて。だけどそれくらい早くここを発ちたいのだ。雛にとってあまりにも危険すぎる環境だし、俺にとっても面白みの欠片もない場所だ。数日前には船に二人も侵入者を許してしまったし。


「大丈夫だよ、こんな苦労も明日までだからね」

「…そうですか」


心配そう微笑む。それに笑顔で頷く。

だが、゛明日゛では遅かったのだ。
今すぐにでも発たなければならなかったと、どれだけ後悔することになるか。今の俺は知るよしもない。


「団長!!!!」


団員が勢いよく部屋の扉を開ける。その慌てように驚きながらも、せっかくの癒しタイムを邪魔されて少々イラッとくる。


「何?手短に頼むよ」

「奴らが大群で押し掛けています!!」

「奴ら?」

「今回の交渉相ぐはぁっ!!!」


その団員は目の前で血しぶきを上げた。急いで雛の頭を胸板に押し付ける。彼女にその光景が見えないように。


「だ、団ちょっくるしっ!!」

「今は我慢」


くぐもった声を無視してそのまま迫りくるであろう敵に殺気を送る。が、敵が来ることはなく、代わりに、


「団長、悪いが手ぇ貸してくれ」


その敵の死体を一つ担いだ阿伏兎が面倒そうに姿を現した。雛を解放する。


「何事?」

「あいつ等攻め入ってきやがった」

「あの頑固じじいたち?」

「の部下だろうな」

「ふーん、状況は?」

「形成はこっちが有利だが、被害も多いな」

「面倒だなぁ」


そんな感じで重たい腰を上げた。あの年寄りどもめ、覚えてろよ。別に被害がどうとかはどうでもいいのだが、何せこの船が無ければここを出発できないわけで。
雛にここを出ないように忠告してから阿伏兎と一緒に部屋を出た。

本当に面倒だった。早く終わらせたかった。軽い気持ちで傘を振り回していた。

最初のうちは…

だけど、だんだんと血が騒ぎ出す…

それは今まで積りに積もったストレスのせいだったのか、今ではよく分からない。あんな弱い奴らに血が騒ぐだなんて。だけどその時は興奮を抑えられなくなっていた。だんだんと呑み込まれていく。だんだんと自分が分からなくなっていく。ただ赤を求めていく。だんだんと大切なものが見えなくなっていって、そして、


「え、神威団長?」

「あはは」

「ひゃああっ!!!」


俺は自分にとって一番大切な存在を傷つけることになった。
吉原で守ると誓った存在を、愛しいと感じた存在を、こんなにも簡単に傷つけることが出来る。それは俺が夜兎だから?強さを一番と決める俺だから?そんなこと、自分に問いかけても分からないのに、自分はそんな訳のわからない行動を簡単にやってのけた。


「やめろ団長!!!」


阿伏兎に止められてもなお収まることのなかった暴走。
阿伏兎も相当の怪我を負ったらしい。敵のせいではなく、俺のせい。どうしてこんなに暴走してしまったのか分からない。久しぶりの暴走っぷりだった。…つまり、俺は定期的に暴走しないと爆発するということなのだろうか。暴走しなければ生きていけないのだろうか?愛しい存在よりも、血を、戦いを愛でなければ生きていけないのだろうか?


俺は、今、悲しんでいるのだろうか…?

つまり弱くなってしまったのだろうか…?


いいや、雛の存在が強さの妨げになることくらい前々から知っていたはずだ。そんなこととうの昔に分かっていた。何を今さら後悔している?今さら雛を手放すことなんて出来ないだろ?だからって、傷つけたいわけでもないのに…


「雛、ごめんね…」

「…」


もちろん返事があるはずはない。彼女の瞳は閉じられたまま、白いベッドに横たわって小さく呼吸を繰り返す。


どうか目覚めますように…


目覚めたらいくらでも謝るから。だからこのまま目を覚まさないなんて冗談はやめてよ。









もう三日も前のこと

彼女は三日間眠り続けたままだった









急展開…うへへ
20091022白椿


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