雛にはポケポケしたところがあるということを再確認した。頭が悪いわけではない。悪いわけではないのだが、たまにスコーンと抜けるのだ。けっこう肝心なところで危なっかしいことをする。


「団長の部屋ってどこだっけ?」

「え?あ、そこの角を右に曲がって、次のえと、二つ目の角を左で、」

「んー…悪いけど君案内してくんない?」


二人組の男に話し掛けられていた雛は、


「あ、いいですよ」


笑顔で承諾していた。うん、優しすぎるのかもしれないね。この春雨第七師団にいる連中は、皆頭脳派というわけではないけれど、団長の部屋への行き方も分からないような奴はいない。つまり、侵入者だ。今停泊している惑星の治安の悪さは有名だったりする。戦場にこそなっていないが、悪知恵のスペシャリストたちが沢山いるため、スリだの強盗だの強姦などなど日常茶飯事。だから雛を絶対外に出さないようにしてたんだけどね…まさか船に入ってくるとは愚かな奴等め。


「こっちですよー」


二人を引き連れて歩いて行く雛を陰から見守る。何かあろうものならいつでも飛び出せるように。
別に二人を殺すのは簡単だ。だけどその瞬間を雛に見せるのは酷である。彼女に殺しの耐性がないことは吉原の件で痛いほど経験済みだ。
だが、このままいくと奴等は俺の部屋が分かったら必ず雛を人質にとるだろう。それは避けたい。だから、雛を人質に捕られる前に行動に出る。
雛の後ろを並んで歩く二人組の男。二人の後ろに雛に気付かれないように回り込んで奴等の口を素早く塞いだ。


「うっぐ…」

「むっ…!」

「変なこと言ったら殺すヨ」


低く囁くと奴等の体が強張るのが分かる。それを確認して、


「雛ー」


声をかけると呑気に歩を進めていた雛はくるりと振り返る。こちらを確認するとニコッと微笑んだ、可愛い。


「神威団長、ちょうど今団長の部屋に行こうと思ってたんですよ」

「うん、そうみたいだね」

「その人たち団長に用があるみたいですよ」

「うん、俺が部屋に来るように言ってあったんだ。ありがと、もう大丈夫だから。あ、雛さ、ちょっと阿伏兎に外に来るよう言ってきてくれないかな」

「あ、はい」

「あと、雛は絶対外来ちゃダメだよ、危ないからネ」

「何回も聞きましたよー」


そう言うと、ちょっと拗ねたように阿伏兎の部屋へと駆けて行く。雛は今回何回も外に出るなと釘を刺されていたから、もう聞き飽きているのかもしれない。でもどうやら怪しまれなかったみたいだ。俺の隣にいる二人は体を強張らせたまま動かない。敵の強さを推し量るだけの技量は持ち合わせているようで、指一本も動かせずにいるようだ。全く、この弱さに吐き気を覚える。春雨に乗り込んで雛を利用しようとした行為は愚か以外の何でもない。


「さぁ、話を聞こうか?」

「…」

「…」

「くだらないことだったら殺しちゃうぞ…まぁ、くだらないことだろうけどね」





─────**





「阿伏兎さーん、神威団長が外に来てほしいって言ってましたよー」

「あ?」


…団長が?


「用はなんだって?」

「あ、聞くの忘れてました…すみません」

「いや、別にいい」

「でも、他に団員さん二人連れてましたよ」

「はぁ?」


それは珍しいこともあるもんだ。団長が団員とつるむなんて。何かよくないことを企んでなければいいのだが…。


「雛、お前は船から出るなよ」

「…はーい、何回も聞きましたよー」


少し拗ねた感じでそう言う。雛には何回も同じ台詞を言い聞かせていたから、いい加減うんざりしているのかもしれない。だがこれだけは守ってもらわなければ。雛に何かあったら団長がどうなるか恐ろしいのだから。


「じゃあ、おとなしく部屋にいろよー」

「あいよー」


と、適当に返事をしてもちゃんと自室へ向かう姿に思わず口許が緩んだ。手のかからない子だ。
重たい足を引きずって外に出てみれば、


「阿伏兎、何してたの?遅いからやっちゃったよ」

「…」


血まみれの死体が二つ。雛を部屋に帰しておいて心から良かったと思う。


「団長…何事ですか?」

「ん?見て分からない?侵入者を片付けたのさ」

「…そっすか…お疲れさんです」

「後よろしくね」


そう告げると清々しい笑顔で背を向ける上司。一番面白くない仕事だ。もうイヤだ。

「さぁ、雛をかまってくるか」

「…その前に血おとして下さいよ」

「それくらい分かってるよ」

「はぁ…」


我々下々の者は今日も団長様の尻拭いで忙しい。










偽りの平和

こうして三次元少女は今日も無邪気に笑うのだ










20091001白椿


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