太陽もだいぶ傾き、辺りはオレンジからブルーグレーへと変わっていく。待ち合わせ場所、大きな木の幹に背中を預けて座って待つ。青葉のおかげで日差しはかなり遮られていた。昼間、雛がアイツに言っていたことをぼんやり考えながら。


「…まだかなぁ」


一番星が輝き出した頃、


「あ」


こちらに向かって駆けて来る雛の姿が見えので立ち上がる。


「あ、神威団長ー!」


俺を見つけた雛の駆ける速度が上がる。重たそうな白い大きな袋を両手で持っていて少し走りにくそうだ。


「雛、転ばないようにしなよ」


ヨタヨタと、危なっかしく走る雛はもう少しのところで思った通りフラっとバランスを崩して倒れそうになる。急いでそれに手を伸ばして、


「おっと」


なるべく衝撃が少ないように支えながら二人で地面に座り込んだ。目線が同じ位置になるとへにゃんと笑って言う。


「あははっ転ぶかと思った」


呑気なもんだ。でも、ちゃんと帰って来てくれたんだね。良かった、と安堵し、


「おかえり」


笑顔で言うと雛は嬉しそうに笑って少し距離を縮めた。


「行ってきました」


その言葉が聞けて嬉しいよ。


「神威団長、まさかずっとここで待っててくれたんですか?」

「散歩ついでだよ」


そう言うと少し笑って、持っていた白い大きな袋をザザザと地面を擦るようにしながらこっちに差し出した。座り込んだまま、服が汚れるのも気にせずに雛は言う。


「あの、お土産買ってきました」


そんな気を使う必要ないのにね。ちょっとでも気を使ってくれる君が温かい。


「ありがと、何?」

「えへへ、みたらしです」


袋を受け取ると確かに重い。どうしてこんなに買ってきたんだろうと首を傾げながら中を覗くと、みたらしの食欲を誘う香りがふわりと漂う。そして、


「?」


その中に紛れ込む桃色の紙切れを見つけた。


「雛…」


何コレ?と訊こうとして、


"バカ兄貴へ"


の文字に口を閉じる。


「何ですか?」

「ううん、何でもない」


雛はたぶんこの紙切れの存在を知らないんだろうなぁと思い、気付かれないように袋の中で開く。


"雛泣かしたら許さないアル"


ただそれだけ書きなぐってあった。一つ溜め息。アイツめ…。
その紙切れをグシャッと握り潰してポッケに入れた。チラリと雛の様子を窺うと不思議そうにこっちを見ている。


「どうだった?楽しかった?」


話題を切り換えようとそう言ったら雛から笑顔が消えて、眉が少し下がる。


「ん?」


俺は首を傾げる。雛は心配そうにこちらを見て、おずおずと口を開いた。


「あのね、神威団長」

「ん?」

「実は今日あたし、神威団長に内緒で…」


と語り出した。驚いたのは俺である。まさか誰に会ってたのか言うつもりなのだろうか…?絶対に秘密にされると思っていたのに…。俺は今にも言葉を紡ぎそうな彼女の口に人差し指をあてがった。


「しー」

「…?」


雛は不思議そうにこっちを見る。
今ので全部分かったよ。俺に内緒でアイツらに会うことに多少なりとも罪悪感を感じてたんでしょ?
ありがとう雛、そこまで俺のこと気にしてくれて、嬉しいよ。俺は言う。


「雛、嫌なことは言わなくてもいいんだよ」

「…え」

「俺に内緒にしときたいことは内緒にしとけばいいんだ」

「…」


驚いたように瞳が揺れる。俺は笑った。
例えばその内緒が浮気だったとしたら許せない。それを秘密にされるのは悲しいよね。それから、例えばその内緒が、雛一人では抱えきれない大きな悩み事だったとしたら、きちんと話してほしい。その悩みに押し潰される前に頼ってほしい。そう思う。だけど今回はどちらでもないでしょ?別に無理に俺に話さなくても、俺にとってはちっとも問題ない。ちゃんと帰って来てくれたことだけでいいと思える。


「みたらし団子一緒に食べよっか」


そう言ったら目をパチパチ。
俺は君が浮気なんて出来るような子じゃないって知ってるよ。重要なことはきちんと話す子だってことも分かってるつもりだ。だから何もかもを義務みたいに報告しなくていい。すべてを束縛したいんじゃないんだ。まぁ、アイツらに面会したくらいで怒るつもりもないのだが、仲良しな相手というわけでもないので、黙って会っていたといきなり知らされたら、そりゃいい気はしない。それを報告する方だって穏やかな気持ちではないはずだ。わざわざそんな緊張はさせたくない。


「美味しそうだね」

「…はい」


一パック取り出して蓋を開ける。一本取り出して差し出すと笑って受け取った。俺も一本取ると、


「あの、でも一つ聞いてほしいことがあって」


と言うので、


「なに?」


耳を傾ける。言いたくないことは言わなくていい。逆に雛が言いたいことがあるのなら、ちゃんと聞いてあげようと思う。


「あたし、今日いろいろ考えてきました…」

「うん」


団子を一口頬張る。


「その経緯を話すと訳が分からなくなりそうだから、結論だけ言うと」

「うん」


このみたらし団子美味しいなぁともう一口。


「あたし、どんなことよりも好きみたいです」

「ん?」


何が?と首を傾げると雛はサッと下を向いて目線を外した。ゆっくり口を開く。


「か、神威団長のこと…」

「…」


言葉の力って、予想以上に強力だと思った。久しぶりに顔が熱くなるっていう現象を味わうはめに…。不意打ちは卑怯だと思う。


「…だからずっと一緒にいます。あ、め、迷惑でなければ…」

「…迷惑なんて俺が思うと思うの?」

「…」

「思うわけない」


雛限定だけどね。


「…うん」


もしかしたら君は、俺の心を感じ取って、敢えて言ってくれたのかもしれないね。そうだよ、すごく不安だったんだ。今までずっと同じ船の中に居て、お出かけする時はいつも一緒で…。そんな君が初めてどこに行きたいか意思表示してきたんだ。初めて一人で出歩くことを許可した。当たり前のことだけど、雛も一人の人間。俺とは別の意思を持った人間。一緒にいられることが当たり前じゃないんだと分かったら、どうしたって不安になる。
…一緒にいてくれないと困るよ。
優しく抱き締めたらすり寄ってくる温もり。一度味わったら手放せるわけがない。








まるで麻薬のよう

重度の依存症である。










20090903白椿


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