銀さんがあたしに別れを告げて帰っていく。優しい人。あたしの話をちゃんと聞いてくれた。命を危機に晒す敵の身内なのに、きちんと目を合わせて話を聞いてくれた。
「ありがとう」
去って行く背中にもう一度呟く。もし、トリップする場所が春雨じゃなく、この江戸の街だったとしても、あたしはきっと楽しく生活することが出来ただろう。困った時、何となく銀さんが声をかけてくれるような気がした。あたしにとって銀魂という世界は、どこも温かくて優しい。
「…はじめまして、」
そしてもう一人。
「…さっきは、急に攻撃して悪かったアル」
敵の身内と知りながら、話を聞きに来てくれた女の子。神威団長の妹。あたしが一番話してみたかった番傘をさした夜兎の女の子。
「…いいえ、あたし敵ですから…当然の行動だったと思います」
言ったら気まずそうに俯いた。
「…名前」
「え?」
「名前もう一回教えて欲しいアル」
「…本宮雛です」
「神楽ヨ…」
遠慮がちに差し出された手をそっと握った。神威団長と同じ、白くて繊細な手。心なしか元気のない顔がまだ幼さを残す。
「ちょっと、お話に付き合ってくれますか?」
「わたしも雛と話したいアル」
さっきの銀さんみたいに、今度は神楽ちゃんと歩き出す。暫くは無言だったけれど、嫌な感じはしない。何となく、神威団長の隣を歩く時と似ている。番傘も、桃色の色素も碧い瞳も全部同じだから。神威団長も神楽ちゃんも容姿端麗で羨ましい兄妹…と言いたいところだけど、神楽ちゃんはきっとそんなこと思ってないだろう。それは神威団長も。何か伝えてあげなくちゃいけないと思いつつも、何を話そうか迷う。何が気になっているかも分からない。あたしは神威団長の過去を知っているわけじゃないから、神楽ちゃんとどんな感じだったのか分からない。考え込んでいると、神楽ちゃんが先に口を開いた。
「雛は地球産アルカ?」
「あ、はい、そうですよ」
「…やっぱりそうアルカ…」
「…やっぱり不思議ですか?」
ただの地球産を、どうして神威団長が傍に置いておくのか。銀さんも同じ質問をしてきた。あたしはよっぽど弱く見えるらしいね。実際弱いのは確かだけど。神楽ちゃんは、やっぱり少し元気なく言葉を紡いだ。
「アイツは、神威は強い奴にしか興味を持たないアル」
「…うん」
「でも、雛はすごい強いわけじゃないし、特別な能力があるわけでもないアル」
「…そうですね」
「…なんでアイツが生かして一緒に行動してるのか、よく分からないヨ」
「実は、」
「…」
「あたしも、よく分からない…んですよ」
本当に、よく分からない。強さだけなら神楽ちゃんの方がよっぽど強い。その妹を捨てて宇宙に旅立った団長が、どうしてあたしみたいな地球産といてくれるのか。それは例えば、あたしがこの世界の人間でなかったからとか、たまたまトリップした先が神威団長の部屋で偶然興味を持ってもらえたからとか、結構微妙なバランスで生まれた奇跡とも言える。神楽ちゃんの疑問なのに、あたしも悩んでしまう。どうしてかな?どうして好きって言ってくれるのかな…?
「雛はどうしてアルカ?」
「え?」
いつの間にか、神楽ちゃんがじっとこちらを見ていて、
「どうして雛はアイツの傍にいるアルカ?」
「…」
言葉に詰まった。どうして傍にいるか?そんなこと考えたこともなかった。だって、正直理由なんてない。
「アイツは、親も妹のあたしにも手をかけようとした薄情者アル」
「…」
「一緒にいて、雛の命の保障ないアル」
「…」
そうか…。そうだね…。神楽ちゃんにしたら、神威団長は、お兄ちゃんは今、危険な存在なんだよね。大切な銀さんや新八君を傷つける存在だ。だけどね、
「ううん、それは違いますよ」
「…」
これだけは伝えよう。
「神威団長がいることは、あたしの命の安全の保証です。あたしは、今までに何度も神威団長に助けられたんですよ。……あたしは、」
「…」
「神威団長のことが好きだから、…だから一緒にいるんです」
神楽ちゃんの瞳が見開かれた。不思議そうにこっちを見ていたけど、やがて、
「そうアルカ」
初めて少しだけ笑いかけてくれた。その笑顔は、やっぱり神威団長に似ていた。
―――――*
―神威団長のことが好きだから……だから一緒にいるんです―
疑ってごめんネ雛。阿伏兎に言われて重たい腰を上げたのは数分前。なんだか独占良くむき出しみたいであまり気の進まない行動。だけど気になるから雛が何しているのか少し様子を見に来たのだ。見つけたのはついさっき。どうして雛がアイツと一緒に歩いているのか、思わず眉間に皺が寄った時に聞こえた言葉がそれだったから、思わず目を見開いた。
「そういうことは、俺に言ってよ」
どうして他人に伝えてるのさ…。思わず苦笑が漏れた。そして呟く。
「器のちっさい男だネ…」
俺のこと。いろいろ疑問は残るけど、雛の言葉で胸の中のザワザワが静かになっていった。戻ろう。尾行だなんて汚いこと、やっぱやめよう。
「雛、俺も…」
ちゃんと好きだからね。戻ってきてよ。今度は疑うんじゃなくて、信じて待つから。おかえりって言わせてね。
静かにその場を後にする。きっと雛は、どうしてアイツと一緒にいたのか、教えてはくれないだろう。何を話したのかも秘密にするだろう。それでもいい。君が何も言わずに逃げるような子じゃないって、本当は分かってたはずだ。何を心配することがあっただろう…?
アイツに、神楽に今だけは貸してあげることにしよう。あげはしないけどね。これは兄としての優しさだよ。
それは秘かな告白と再確認
二人はその影に気づかない
20090810白椿
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