「あ、えと、はじめまして、本宮雛と申します」


壊れてしまった戸はそのままに、あたしは自己紹介。どうやらあたしが春雨の団員だということはバレているようなので、三人からはすでに疑いの目を向けられている。正直冷や汗もんだ。


「あの、…今日はちょっとお話があって、来たんですけど」

「お前なんかと話すことなんて何もないヨ!!」

「…ですよね」


ケーキも潰れちゃったしね。あたしと話すメリットないよね。


はぁ…


あたしが向こうの立場だったら同じことを思うだろう。向こうからしたら敵なのだから。それに、


「あの、」


あたしは銀さんと目を合わせる。


「怪我の具合は大丈夫ですか?」

「は?」

「痛みますか?」

「…」


そう訊くと銀さんは不思議そうな顔をしてこちらを見る。痛むとは言わないけれど否定もしない。銀さんの体にはあちこち手当てした痕跡が残っていた。痛くないわけがないのだ。
あたしは、ギュッと拳を握って決心する。


「突然押しかけてすみませんでした。もう帰ります」


本当は言いたいこといっぱいある。吉原のこと謝りたかったし、神威団長と戦うことになった時のことも。だけどこんな傷を負って、そんな簡単に敵が許せるはずはないし、敵の話なんて聞きたくもないだろう。考えが浅はかだった。あたしは一礼して背を向ける。何もできない自分にもどかしさを感じながら。


「おい、ちょっと待てよ」


しかし銀さんに呼び止められて立ち止まる。ちょっとはみ出しそうになった涙を堪えて。


「なんですか?」

「俺も行くわ」

「…え?」


思わず目を見開く。


「銀ちゃん何言ってるアルカ!!」


同感だ。


「お前らは留守番しとけ」

「銀さんいくらなんでもそれは危険です!」

「そうアル!!」

「いいから黙って留守番」


銀さんの言葉には有無を言わせぬ響きがあって、二人はそれを察知したのか押し黙った。
銀さんはあたしの隣まで来ると、


「行くぞ」


そう言って歩き出す。あたしは少し動揺しながらも急いで付いて行った。


銀さん、どういうつもりなんだろ…?


胸がドキドキする。無言で歩く銀さんからはどこかピリピリした空気が感じられた。やっぱり警戒されている。
暫くは無言で歩き続けていたけれど、万事屋の建物が見えなくなった頃ふいに銀さんは口を開いた。


「で?」

「え?」


思わず聞き返すと、銀さんは面倒そうにこっちを見た。


「何か言いたいことあるんだろ?」


あたしは瞬きして俯いた。あったけれど、そんな傷付いてる姿見たら自分の言いたいことがどれだけ身勝手なものだったか思い知る。もう言えない。


「…どうした?」

「…」

「何か言いたいことあったんだろ?」

「…ありましたけど、今はもう言えないです、あえて言うなら、ごめんなさい」

「は?」

「…」

「…」


銀さんがこっちを見てるのが分かるけど、あたしは下を見る。また無言になった。神威団長を殺さないでなんて言えないよ。暫く気まずい感じが続いたけれど、再び銀さんが口を開く。


「坂田銀時」

「え?」

「俺の名前だ。まだ名乗ってなかっただろ?銀さんか銀ちゃんでいい」

「…」


さっきまでの硬い表情がほんの少し和らいでいるような気がした。あたしが頷くと、銀さんは言う。


「じゃあ、銀さんから質問してもいいか?」

「あ、はい」

「雛ちゃんは夜兎じゃないよな?」

「地球産です」

「何であんな奴等と行動してるわけ?」

「え…」


それを語るにはいろいろとある。まずトリップの話を信じてもらわないといけないけど、信じてもらうには大変だ。だから、


「ま、迷子になってるの助けてもらったんです」


咄嗟に出た嘘は下手すぎた。まぁ半分は合ってるんだけどね。こんな嘘じゃ誤魔化せないよなぁと窺うように顔を上げると、銀さんは何回か瞬きして、


「へー、あいつらイイとこあるんだな」


と頬を掻きながら言う。なんとか誤魔化せたことに安堵するも、こんな下手な嘘で納得してしまう銀さんは大丈夫なんだろうかと疑問に思ってしまう。


「それからさ」

「なんですか?」

「アイツにとって雛ちゃんは何なの?」

「アイツ?」

「神楽の兄貴だよ…あー神楽っていうのは、」

「神威団長のことですか?」

「…そうそう」


神威団長にとってのあたし?改めて考える。一応彼女?って、なんか…恥ずかしくて言えない。どう言おうか迷ってると、


「ふーん、羨ましいねー」


何かを察した銀さん。見たらいやらしくニヤける顔があった。もっと恥ずかしくなって俯いたら、


「アイツのどこがいいの?」


また恥ずかしい質問をしてくる。どこがいいかなんてそんなの、


「全部」

「プッ」


言ったら噴かれた。失礼だなこの人。少しムキになって、


「神威団長はすっごく優しいんですよ、いっつもあたしのこと気にかけてくれるし」


そう言ってみたけれど、銀さんにしたら信じられないことだったかなぁと思って見たら、すごい優しい目で見られていて少し驚いた。なんていうか見守られている感じ?
何にしても敵に向けるまなざしではない。





-----*





なんてことはない、普通の女の子だ。雛ちゃんがあの兄貴様と一緒にいたのは知っている。吉原で見たのを覚えている。あんな奴等とつるんでいるのだから、どんな子かと思えば警戒して損した気分だ。
話していればこっちの緊張も解けてきて口も動くようになる。


「雛ちゃんはさ」

「はい」

「春雨を降りたいと思わないの?」

「え?」


不思議そうにこちらを見るあたり、そんなことは微塵も思っていないのだろう。


「いや、春雨って言えばイイ噂は聞かねぇだろ?」

「ああ、そうですよね」


申し訳なさそうに俯く姿は本当に普通で、もっと言えば良い子だ。


「…なんて言うか」

「…なんですか?」

「いや何でもない何でもない」


本当にアイツの女なのかってくらい普通だ。だって遊郭をほっつき歩くようなヤツでしょ?見た目だって悪くなかった。女だったら他にも選べそうなもんだ。
それに、雛ちゃんは良い子すぎる。春雨に乗る女ならもっと汚れてなきゃ…というのは偏見だろうか。


「銀さん」

「ん?」


大きな黒い瞳がこっちを見た。彼女は少しその瞳を揺らして口を開く。顔には不安の色が浮かんでいた。


「神楽ちゃんをどう思いますか?」

「神楽?」


雛ちゃんは頷く。


「夜兎のことどう思いますか?」

「…」


彼女はぽつりぽつりと話し出す。


「夜兎と地球産が一緒にいることって可能なのかなって」

「…」

「神威団長が血を求めるのは仕方ないことだと思います」


そう言った後、彼女は少し慌てて、


「で、でもだからって殺しを推奨するわけじゃないですけど!」


そう弁解する姿に口許が緩んだ。黙って彼女の話を聞く。


「だけど、あたしはそういうの慣れてないから、だから神威団長のこと怖くなる時があるんです」

「…」

「銀さんはそういうのないですか?」

「神楽のこと?」

「はい」

「怖いことだらけだよ」

「え?」

「アイツの腕力半端ねぇーからな。何回死にそうなったか。おまけに獣をペットに連れてくるし、食欲は底無しだし、ウチはいっつも破綻寸前だよ」

「はは」


初めて笑った顔を見たと思えば、その笑顔には全く濁りがなくて面食らう。
だいたい分かったよ。君が俺たちの所に来た理由。


「大事なのは一緒にいたいかどうかなんだよ」

「え?」

「それだけなんだよ雛ちゃん」


きっと澄んだ子なんだ。
彼女が戦闘に長けていないことはすぐに分かる。だからこそ、あんなに強さを求めているアイツがどうして彼女を選んだのかいささか疑問があった。彼女は普通すぎる。見た目も能力も。だけどどこか独特の雰囲気があるのも事実だった。今までに出会ったことのないタイプ。どこかに不思議と惹かれる。

一緒にいて、敵の身内と知りながら和んでしまう。

そんな優しい空気を持つ子。

じゃあ、俺も君に訊いてみようか。


「もし、俺とアイツが戦うことになったら、」


雛ちゃんがピクリと反応したのが分かる。


「俺がアイツを殺そうとしたらどうする?」


本当はこれが訊きたかったことなんでしょ?
君は純粋な子だから。









汚れない君の澄んだ心

なんだかアイツが雛ちゃんを傍に置く理由が分かった気がした










20090801白椿


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