明日は銀さんの所に行く。行って、きちんと気持ちを伝えよう。それから、出来たら神楽ちゃんとお話ししてみたいな。地球産と夜兎の文化の違いをどう思っているのか聞いてみたい。あ、それから怪我させちゃったこと謝らなくちゃ。手土産に何か持って行った方がいいだろうな。銀さん甘いもんが好きだっけ?とか何とか考えながらシャワーを止めた。タオルで適当に水滴を拭き取って、Tシャツとジャージを着る。早めに寝ようとまっすぐベッドへ向かったら、
「あ」
「お風呂気持ち良かった?」
ベッドに神威団長が腰掛けていた。
「うん気持ち良かった」
「ちょっと来て」
言われて団長のそばに行くと、
「おいで」
軽く両手を広げて言う。あたしは首をかしげる。それは胸に飛び込めと…?飛び込んで来いと…?いやいやいや恥ずかしいでしょ。
「おいで」
いやいやいや恥ずかしいでしょって。団長がニコニコこっちを見つめてる。なんか顔熱くなってきたよ絶対赤いよ。
「おいでって」
だけど、なんかだんだん飛び込んでみたい感じもしてきて、飛び込まないといけない気がしてきて、
「…とぉっ」
いざ恥ずかしさを堪えてダイブ!
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ゴスッ
思ったより勢いよく飛び込んできた。
「…痛い」
俺の顎と雛のおでこが激突した。別に俺は痛くなかったけれど。
「…大丈夫?」
「…痛かった」
「この距離であの勢いはないよ」
「…痛い」
思わず笑ってしまう。ちょっとバカだよね。でもそこが可愛くもある。痛みに堪える彼女をそっと抱き締めたら、少しだけ今までの焦燥感が落ち着いた。細い体は柔らかくて、少し力を入れればすぐに壊れてしまいそうだ。壊れないように、壊れないように、そっと力を込める。
「神威団長…?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「敬語」
「あ…どうかしたの?」
「んーん」
本当は言いたいこといっぱいあるんだけどね。どこまで言えばいいのか、どこまで言っていいのか分からないから言わないんだ。
考えれば考えるほどに不安は濃くなっていく。煩わしいことこの上ない。
君はどこへ行こうとしてるの?
何を考えているの?
何か俺にエスパーみたいな力があって、相手の心が読み取れたらいいのに…なんてね。
暫く無言の時間が続いた。雛はいい子に腕の中に収まっている。少し緊張もとれたのか、頭を肩のあたりに預ける仕草がとても愛しい。そっと頭に手を添えた。洗い立ての髪はしっとりとしていて爽やかな香りがする。あったかいなぁと小さな温もりを感じて目を閉じると、
スッ
急に胸に重みを感じて、見ると、雛はウトウトと瞼を閉じたり開いたりを繰り返す。
「眠い?」
「…んー」
吉原ではいろいろあったからね。雛にとっては不慣れなことばっかだったろうし。雛は俺の胸に完全に体重を預けると目を閉じる。
「…おやすみ、な、さい」
勝手に眠りの世界に旅立つ彼女を見つめた。寝ていいなんて一言も言ってないのに。もう少し起きていてほしかった…というか、あまりに無防備だ。これは、今までに俺が積み重ねてきた信頼の証とも言えるけれど、何と言うか、無防備だ。
「雛…」
「…」
例えば、俺は夜兎だから、今少し力を加えれば雛を抱き潰すのなんて簡単だし、首を絞めることもできる。それに、
「…襲っちゃうぞ」
そういうことも出来るんだ。彼女にとってはいくつもの危険と隣り合わせの状況。だけど、眠る顔はあまりにも穏やかで、純粋で。胸にかかる重みがひどく心地よい。
「女々しいなぁ…俺」
そのままゆっくりベッドに二人で横たわる。起こさないようにそっと。
俺の気持ち、押し通してもいいだろうか…?
明日、もし雛がここから逃げるつもりで出て行ってしまっても、捕まえるのは簡単だ。逃がさないように閉じ込めることだって出来る。だけど問題はその後で、
「それでも笑っていてくれる?」
返事はない。
どれだけ頑張れば、雛は隣にいてくれるのかななんて、いくら考えても答えが出るはずもなく、分かるのは人の心は難しいなということ。
欲しくてたまらないのに、手を出すのも恐い。無理強いは嫌だとか、笑っていてほしいだとか、自分が随分面倒くさくなった。
そういえば、前にもこんな不安を抱いたことがあったっけと思い出す。雛が故郷に帰りたいと言った時、あの時よりさらに臆病になった気さえするよ。全然進歩していないんだなぁ…。むしろ後退してるのかなぁ…。
…うん、面倒だ。
明日考えることにしよう。俺も疲れた。
今晩は隣の温もりを感じながら…
純粋で切ない夜
どうか、今回も、君が帰ってきてくれますようにと…
20090730白椿
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