正義は勝つとはよく言ったものだ。かつては夜兎の頂きに立った男。その男が最後に相手にしたのはただの地球産。力の差は圧倒的だったはずなのに、勝利したのは地球産で、いや、ただしくは太陽を味方につけた地球産だろうか。夜兎の王は太陽に負けたのかもしれない。
「いやー、面白いもの見れて良かったね」
あたしは苦笑しながら頷いた。神威団長が楽しそうにニコニコしているから、あたしまで嬉しいような錯覚に陥りそうになるけれど、云業さんは命を失って、阿伏兎さんは片腕をなくした。それに、夜王さんだって死んだんだ。決して面白いだけですまされる出来事ではない。
「阿伏兎ー次に地球に来るのはいつになるかなぁ?」
「っ…さあな」
ボロボロになった阿伏兎さんに手を貸しながら歩く団長。どうやら神楽ちゃんに負けたらしい。こんな大の男、しかも夜兎の男を倒してしまう少女。さすが神威団長の妹と思うが少し恐ろしくもある。先ほど神威団長は弱い奴に興味はないと、阿伏兎さんまで殺してしまうんじゃないかってドキドキしたけれど、結局はこうして手を差し延べている。自分は世渡りが下手だとか、いろいろ御託を並べてはいたけれど、きっと阿伏兎さんに死んでほしくないという気持ちがどこかにあったはず。団長がどこかに優しい心を持っていることは今回でよく分かったから。
「今度地球に来る時は、あのお侍さんどんだけ強くなってるかなぁ」
「…さあな」
「逆に言えば、どのくらい間あけて来れば強くなるのかなぁ」
神威団長は銀さんといずれ戦うつもりらしい。当たり前といえば当たり前だ。銀さんは強くて、神威団長は強いものが好きなのだから。
あたしは何となしに口を開く。
「神威団長」
「なあに?」
「団長はいつか銀さんを殺すんですか?」
そう質問したら目をパチパチさせた後に困ったように笑って言う。
「殺してほしくない?」
その質問に今度はあたしが目をパチパチさせた。
「あ、いや…そりゃ殺しはあんま好きじゃないから…」
「…だろうねー」
「…」
「俺も一つ訊いていい?」
「え?」
まだあたしの質問に答えてもらってない。けれど、神威団長は話題を変えるように言う。
「雛はあの侍のこと知ってたの?」
「…?」
「なんとなくだけど、昔から知ってるような素振りだったよ」
そういえば神威団長たちは銀さんとは初対面だったのだ。ついそんなこと忘れて銀さんの応援してれば変に思われても仕方ない。銀さんなんて馴々しい呼び方してたし…。
「あ、まぁ…えと」
「ん?」
「知ってるような…知らないような」
「何ソレ」
ケタケタ笑う。
あたしは笑えない。もし、神威団長が銀さんに勝負を挑んだら、おそらく負けるだろうと思うから。何と言っても銀さんはこの物語の主人公。かなりの確率で神威団長は負ける。
「神威団長」
「なに?」
「地球にはどれくらい滞在しますか?」
「阿伏兎どんくらい?」
「…特に決めてねーが」
その言葉を聞いて決心する。
銀さんたちに会いに行こう
次に地球に来た時では遅い。神威団長は迷うことなく銀さんに勝負を挑みに行ってしまう。チャンスは今しかない。
「あの、」
「ん?」
「ちょっと、この江戸の中見て回ってきてもいいですか?」
その言葉に団長と阿伏兎さんが一斉にこっちを見た。
「せっかく来たし」
と、咄嗟に言うけれど心臓はヤバいくらいドキドキ言っている。暫く二人に見つめられて居心地が悪い。そんな中で、
「いいよ、ねぇ阿伏兎」
「あ?…まぁ団長がいいなら俺はいいが」
「うん、でも今日は一旦船に戻るよ、いいね?」
「あ、はい、ありがとうございます」
思ったよりすんなりOKが出たことに安心するけれど、
「だけど雛、敬語はやめてね」
そう言った団長が少し切なく見えたような気がして、なんだか泣きたくなる。少し後ろめたさがあるのだろうか…?
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江戸を見て回りたい…これが口実だったらどうしようか…?そんな思いが頭の中をぐるぐるする。そのまんまどっかに行ってしまったらどうしようかと。
俺も行っていい?と言い出せない。断られるような気がするから。
吉原に連れて来て、今までに見せたことのない俺を晒してしまったのは事実。そのせいで泣かせてしまったのも事実。だけど、あれは本能。直そうと思って直せるもんじゃないし、直そうとも思わない。
もし、雛が船を降りたいと思っていたら。
「ねぇ雛」
「なに?」
「…」
「…ん?」
「やっぱいいや」
雛の気持ちを優先するか、俺の気持ちを押し通すか。
今夜中に気持ちに整理がつけばいいのだが…。
小さな誤解
好きだからこそ
20090729白椿
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