晴太君はあたしなんかよりよっぽど苦労してきて、普通に生きれることの喜びや、親が近くにいてくれる有り難さをよく理解していると思う。普通の子がしなくていい思いを沢山してきただろう。なのに、なのに…


「お前の母親は日輪ではない。とうの昔に死んでこの世におらんわ」


なんて残酷な仕打ちだろうか。こんなにシビアな漫画だっただろうかと目を見開く。目の前に立ちはだかった夜王さんは晴太君の生い立ちを淡々と語った。日輪が母親ごっこを興ずる哀れな遊女だと無情に突き付ける。晴太君大丈夫だろうか…?顔色を窺おうとしたら、


「母親ならいる、ここにいる!」


再び扉に体当たりをする晴太君。その瞳は決して絶望には染まっていなかった。ニコニコとただ見つめている神威団長は何を考えているか分からないけれど、


「常夜の闇からオイラを地上に産み落とし血てくれた!!命を張ってオイラを産んでくれた!!」


ああ、やっぱり晴太君はあたしなんかよりよっぽど強くて真直ぐで、


「血なんかつながってなくても関係ない!!オイラの母ちゃんは日輪だァァ!!」


ビュンッ!!


響く低くて優しい声。


「オイオイ聞いてねーぜ、吉原一の女がいるっていうから来てみりゃよォ、どうやら子持ちだったらしい」


突き刺さった木刀から扉にビシビシと亀裂が入り、やがて扉が崩れ落ちる。


「涙が何よりの証拠だ」


そういう少年には救いの手が必ず伸びる。それが少年漫画。あの木刀は彼の登場を意味していて、あたしは少し見覚えのある木刀からゆっくり顔を振り向けた。


「あ…」


ふわっふわの銀髪に真紅の瞳。どぎついSMプレイとか口走ってるけれど彼は正真正銘この物語の主人公。


「ぎっ…銀さァァァん!!」


晴太君の叫びにあたしの胸もドクンと強く脈打つ。綺麗な銀髪から目を逸らせない。彼のまっすぐな瞳があたしの視線を吸い寄せる。


「呼んでやれ、腹の底から母ちゃんってよ」


晴太君がお母さんを呼ぶ声や日輪さんが晴太君を呼ぶ声が遠くで響いて頭を通り抜けていく。


「…アレはあの時いた」


神威団長の声に頷く。


「銀さん…」

「へぇー生きてたんだ」

「当たり前ですよ」

「…」


主人公だもの。死ぬなんてまずないだろう。自然と緩む頬をそのままに、銀さんを見つめる。これが主人公のオーラか。鋭くて、でも温かい銀色の光。
夜王さん相手に余裕で受け答えする銀さん。銀さんの言葉は一つ一つが重くて素敵でカッコいい。いったいどんな生き方をすればあんなセリフが言えるようになるのだろう?


「天下の花魁様にご立派な笑顔つきで酌してもらいたくてなァ」


なかなか言えないよね。鋭い視線を向けながらニヤリと笑みまで浮かべる。すべては晴太君のためなのか…?いや、きっとあたしなんかには分からないものを背負ってる。だけどここで夜王さんに喧嘩売って銀さんが得することなんて…


「こりゃあ面白い、たかだか酒一杯のために夜王に喧嘩を売るとは地球にもなかなか面白い奴がいるんだね。ねェ鳳仙の旦那」


神威団長が楽しそうに微笑む。こんな緊迫した中面白いだなんてよく言えたものだ。恐ろしい。そして、やはりこれは面白い展開では決してないのだろう、


ゴォッ!!ガシャァァ!!


ものっそい轟音と共にビュンっと視界がかき回されて、


「お〜コワッ、そんなに怒らないで下さいよ」


気付いたらさっきまでいた橋の下の兎っぽい像の上、神威団長に支えられていた。
団長はニコニコと言い放つ。


「心配しなくてももう邪魔はしませんよ」





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求めていた強さはそこには無かった。夜王を腑抜けにした女も所詮はただのみじめな一人の女にすぎない。やっぱり地球に強さを求めてはいけないんだろう、だけど一つ腑に落ちないことがあって、


「銀さん…」


知らない男の名を呟いた雛。まるで昔から知っていたかのような響き。今まで多少なりとも怯えていたオーラが和らいで、笑みまで浮かべるか。あの、銀髪は初対面のはずだけど…。
足の据わりが悪い像の上で、ゆっくり腰を下ろすと不思議そうにこちらを見る。


「ちょっと見物しよっか」

「見物?」

「あの地球人がどこまで出来るのか、ちょっと面白そうだから」

「…そうですね」


あり?
てっきり反対されると思った。見物なんてしないで一緒に戦おうって言うと思った。雛は優しいから殺し合いの見物は嫌がるだろうと思ったのに。なのに、その安心しきった顔は何?雛はあの男の何を知っているの?どうしてそんな親しみある視線を向けているの?いや、知っているはずはないんだ。だって初対面なんだから。なんだろうこの感じ…。









銀色は主人公の色

三次元少女は銀色天パ侍の勝利を知っていた










20090624白椿


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