神威団長の言葉は端々に優しさが感じられて、あたしはただただ頷いた。だけど貴方を本当に好きだから、あたしはどんな貴方も受け止めたい。
「…ごめんなさい」
あたしは謝る。少しでも貴方を怖いと思ってしまったことへの情けなさから。でも謝ると神威団長は困ったように笑うから、今は謝る時ではないんだろうね。それはあたしも分かっているけどどうしたらいいか分からないから、ただ抱き締められて、顔を団長の肩に埋めて、そして無言。
「雛」
「…はい」
「これは雛が謝ることじゃないし、雛が気にすることでもないんだよ。むしろ謝るのは俺の方で、」
「ううん、…違う」
だって、戦うことは夜兎にとって、神威団長にとっては睡眠をとるのと同じくらい必要なことなんでしょう?だったら神威団長が謝ることじゃない。
「ちょっとだけ…」
「ん?」
「ちょっとだけ時間が欲しいです…」
「…」
「時間を下さい…」
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時間を下さい…か。雛はまっすぐにこっちを見て言った。俺は抱き締める腕に力を入れて問う。
「…少し距離をおきたいってこと?」
それは例えば一週間会わないだとか、暫くは春雨には戻らないだとか、そういうことなんだろうか…?正直それは嫌。そのままどこかへ行ってしまうんじゃないかって気になるから。だけど雛はフルフルと首を横に振った。
「ううん、戦場に連れて行って下さい」
「…は?」
「ちゃんと本気で戦う神威団長を見せて下さい」
「…それは」
「…」
「あまりしたくないなぁ」
「…」
本気で戦う時、夜兎の血が俺を悦楽の世界へと誘う。そうなると止められないんだ。どんなに愛しい存在でも血で染めてしまうかもしれない。それも楽しみながら。余裕のある戦いならいいけれど、そうでない戦場には連れて行きたくない。
「神威団長」
雛がきゅっと服をにぎる。まっすぐで純粋さが光る瞳に貫かれては、多少居心地も悪い。雛と俺の住む場所の違いを見ているようで、思わず目を逸す。だけど彼女は、その住む場所を少しでも近付けようとしてくれている。怖さに耐えて、まっすぐに俺と向き合おうとしてくれている。
「…ありがと」
雛が壊れてしまわないように優しく強く抱き締めて、
「だけど、そんな危険な戦場には連れていけないよ。俺はそこで雛を守る自信がないんだ」
「…」
「…それどころか、むしろ傷付けてしまうかもしれない」
なんだか弱々しい声が出てしまって気持ち悪くなった。でもしっかり伝えなくちゃいけないことだから、多少格好悪い姿晒してもいいと今は思う。ゆっくり雛の答えを待てば、耳に染み渡ってくる優しい声。
「でも、全部の団長を見たいから、」
ああ、なんて愛しい存在なんだろう。
「大丈夫、あたしは絶対神威団長には殺されない」
「…なんで言い切れるの?雛はとっても弱いのに」
「団長に殺されそうになったら、その前に自害します」
「は?」
何サラっと言ってんのこの子。
「団長に殺される前に自殺します」
「…同じこと二回言ったね」
「大事な決心ですから」
「…」
「…」
「…なんで、自殺?」
「…だって、神威団長はあたしを殺してしまうかもしれないから、戦場に連れて行きたくないのでしょ?殺される前にあたしが自分で死んじゃえば、神威団長はあたしを殺さずに済みますよ」
雛はニッコリと微笑んだ。まだ乾かない涙で潤った瞳を細めて優しく笑う。俺は少し切ない。全く嬉しくないよそれは。俺は君を殺してしまうことももちろん嫌だけれど、つまりは君を失うことが嫌なわけであって、自殺ならOKなんてそんなバカな話はないだろう。
「…そんなことしないでよ」
「はい、させないで下さいね」
雛が夜兎だったら良かったなんて思わない。俺が好きになったのは地球産の彼女。地球産ならではの優しさと弱さを持った君だから。だけど俺は、この時ばかりは自分が夜兎であることを悲しく思った。どんなに君を愛しいと感じても、本気でこの気持ちを行動に表したら君は壊れてしまう。自分の手で崩壊させてしまう。破壊することには慣れていても、守ることには不馴れな俺だから。だから言おう、
「…守らせて」
守ることに慣れていきたいと思う。だからって弱くなる気はさらさらないけれど、雛は守りたい。
「俺は雛がいくら怖がっても、血を追い求めることをやめられないよ」
「うん」
「それに、目指すのは守るための強さでもない」
「…はい」
「でも、雛だけは守りたいと思うよ」
「…うん、ありがとう」
その後雛が言った言葉に、
「でも守られてばっかじゃ悪いから、あたしも強くなれるよう修行します!」
思わず噴いた。
「それはやめときな」
だって全く才能無いと思うよ。たぶん、戦場から一番遠い位置にいる君。君はそのままでいいんだ。
弱さまでもが愛しい
三次元少女は、決して弱いだけの少女ではない
20090523白椿
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