「…、阿伏兎さん、大丈夫なんです、か…?」
「平気平気、これだけで済んだことにむしろ感謝だ」
そう笑って何でもないように包帯を巻いていく左腕は、途中から綺麗に無くなっている。腕ってこんなに簡単に失えるモノだったかしら?包帯を巻くのを手伝いながら、阿伏兎さんと神威団長の会話を無言で聞く。どさくさに紛れて姿を眩ました少年のことや、上も全員皆殺しだとか、海賊王だとか、やっぱりいつもの神威団長とは違う雰囲気。神威団長は手すりに座って、足を外に投げ出してブラブラしている。アホ毛が、楽しそうにピコピコしていた。阿伏兎さんは左腕を失って、云業さんは団長のせいで死んでしまったというのにどうしてあんなに楽しそうなのだろう…。
少し遠く感じる神威団長の背中を見つめていると、包帯を巻き終わった阿伏兎さんは立ち上がる。そのまま、海賊王への道を切り開くだのなんだのと言って、部屋を出て行ってしまった。しっかりと腰に傘を携えたところを見るに、戦うんだろう。フルフルと手を振る団長はニコニコしていて、あたしは溜め息と共に俯いた。
「…」
取り残されたあたしと神威団長との間に沈黙が。き、気まずさMAX…。体の震えMAX!
ニコニコニコニコ…。
視線が、視線を感じる。恐る恐る見たら、やっぱり神威団長がこっちを見ていた。
「雛」
「ひぃ!!、は、はい何でしょう…?」
「ひぃ!!って…、あのさ」
「…」
「俺、何かしたかな?」
「…」
「何かしたなら言って、俺気付いてないから」
予想外な言葉だった。あたしの知っている神威団長だった。怖がってる自分に罪悪感を感じて、小さく頭を左右に振る。あたしが直接何かされたわけではないから嘘じゃない。
「でも雛、俺のこと怖がってるでしょ?」
今度の質問には硬直。それは本当のことだから。俯いて下唇を噛むと優しい声が聞こえた。
「ごめんネ?」
「…え」
思わず顔を上げたら、神威団長の青い瞳が見えた。
「ごめんね」
神威団長は再びそう言うと、スタスタとこちらに歩み寄ってきてふわりとあたしを抱き寄せた。一瞬ビクついたあたしの体には力が入る。
「さっきの戦い、怖かった…?」
分かってたの…?あまりにもさっきの団長とは違う声、行動。優しい…優しいよ。さすられる背中。温かい団長の手。あたしは、もうこの優しい神威団長を逃がすまいと首に腕を回して抱き付いた。
涙が一筋つたって団長の服に染みを作る。
「ご、ごめんなざいぃぃ…」
必死に言った。涙が次から次へと流れ出す。
-----**
小刻みに震える雛を抱き潰さないように優しく抱き締める。彼女は何度も謝った。
「団ぢょー、ごめんなさい"ー」
もう敬語丸出し団長使いまくりだったけど何も言わずに頭を撫でてやる。雛が謝る必要はない。謝るのは俺の方でしょ?
暫くすると落ち着いてきたのか、雛は話し出した。
「あ、あたしは…夜兎を、ちゃんと理解出来てなかったんです…」
「うん」
「本当の団長を、今日初めて知った気がしたんです…」
「うん」
「そしたら、…あたしが好きだった団長が誰なのか、分からなくなって…」
「…」
「団長を怖いって思いました」
そっか…。それはちょっと悲しいなぁ。抱き締める腕に力を入れると、反対に雛の腕の力は緩んだ。少し心配になる。このまま雛が離れていってしまうんじゃないかって。もう俺のこと嫌になってしまったかもしれないって。だけどね、
「…雛の前でこんなに本能むき出しにしたの初めてかもしれないね」
「…はい」
これが夜兎としての俺の本来の姿なんだよ。これも俺なんだよ。どうか受け止めてくれないだろうか。
どう言葉を紡ごうか試案していると、雛が再び話し出す。
「…神威、団長」
「ん?」
「あたしは、」
「うん」
「ち、地球産で、女で、弱いで、す…」
「うん」
「神威団長のか、渇きを、潤すこと出来ないのに…」
「…」
「なんで側に置いてくれるんですか…?」
ああ、
『酒や女じゃダメなんだよ』
あの言葉が脳内を反射する。俺、酷いこと言ってしまったね。そんなつもりじゃなかったんだけど、雛傷付いたんだね。ごめんね。だけど勘違いしないで。
「確かに渇きは雛には潤せないよ」
「…うん」
「だけどね」
「…」
雛といると他の何かが満たされるのは確かなんだ。だけど、それを上手く言葉に出来なくて、
「…今は上手い言葉が見つからないけど、」
「…うん」
「雛は必要なんだよ」
「…」
「…ただ、人にはそれぞれ役割があってさ、雛は渇きを潤してくれる人ではない、そういうこと。雛は他の違うものを満たしてくれる人、ね?分かるでしょ?」
コクリと頷く雛の腕が再びきつく巻き付く。上手く伝わったかな…?
この渇きを、雛で満たそうとするねは間違っているんだ。戦場は戦場。戦いは戦い。区別が必要だと俺は考える。戦場においては、雛はいわゆる邪魔なものである。あえてそう言い切ろう。余計な私情は弱さを生む。今、俺は弱くなるわけにはいかないから。だからこういう俺がいることも受け止めてほしい。戦いに染まる俺がいることも理解してほしい。その部分を愛してとは言わない。そこまでは求めないよ。
だけどね、残念ながら、もう君を手放してあげることは出来そうもないんだ。どんなに君が俺を怖がっても、俺は君を繋ぎとめようと考えてしまう。君をこの夜兎のしがらみから解放してあげようなんて、そんな余裕は無いんだ。君に避けられて、こんなにも動揺している自分がいるのだから。だから、お願い
嫌いにはならないで
君に嫌われたら、それこそ俺は弱くなる…そう二次元兎は考える
20090510白椿
ちょっとは甘くなったかな…
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