神威団長の師匠とはどんな人物だろうと少し緊張してしまう。本当は阿伏兎さんたちと襖の外で待機していたかったのだが、神威団長に手を引かれて選択肢は消滅した。ドキドキしながら入った部屋にいたのは白髪のおじさんで、この人が神威団長の師匠かと少し感動を覚える。おじさん、いや、夜王さんの前へと座ると、すぐに綺麗な遊女さん数人とご飯が運ばれてきた。神威団長が大食いであることへの配慮か、ご飯はそれなりに用意されている。
最初のうちこそドキドキしていたものの、会話は神威団長と夜王さんのみで進められているため、そのままやり取りを聞いていれば緊張も解けてきたのか、頭をグルグルするのはやっぱり銀さんたちと接触した時のこと。怖いと感じた神威団長のことで。
「日輪と一発ヤらせて下さい」
そんな神威団長の言葉に少し反応したものの、特に引っ掛かりもせず脳は思考を止めなかった。夜王さんが口を開く。
「おや?てっきりそのお嬢さんは団長殿の大切なお人かと思っておったのだが、いいのですかな?そんな発言を」
心の中で返事をする。別にいいんだと。確かにあたしは神威団長の彼女だけど、団長に他の女とヤっていいと言ったのはあたし自身。それは彼女としてはおかしな発言だろうけど、そう言っておけば神威団長は自由だから。変に束縛はしたくない。それに、日輪が夜王さんの溺愛している花魁様だということも聞かされている。きっと今の発言は、夜王さんを煽るためのもの。戦いたいんだ、神威団長は。だとしたら今の状況で彼女のあたしは邪魔以外の何者でもない。ふと見れば何も言わずにニコニコ夜王さんを見つめる神威団長がいる。あたしがいるせいで言い返せないのだろうか?だったら、
「…いいえ、あたしは神威団長のお世話係です」
あたしのせいで神威団長の目的が果たされないのは嫌だもの。ただでさえお荷物なのだから、これくらいしなきゃ。隣から少し視線を感じたけど気にしない。いや、気になんて出来ないほどにあたしの脳はグルグルしていた。深い深い思考の渦に巻き込まれていって、どうして神威団長が怖かったのか考え続けていた。今までも戦場で戦う神威団長を見てきたのに、どうして今更怖いだなんて…
遠くで神威団長と夜王さんのやり取りを聞きながら、あたしの思考は回り続ける。
ドンッ!!!
そんなあたしを現実に引き戻したのは何かの破壊音。気付けば隣にいたはずの神威団長がいなくて、薄く砂埃の舞う中見えたのは天井に突き刺さってプラプラしている女の人の足。
「…え?」
わたしの世界から音が消えた。
見開いた目に送り込まれる映像。語る夜王鳳仙。泣き叫ぶ着物の女。殺気を放つ二人の夜兎。そう、狂喜的に笑う神威団長…戦いが始まった。神威団長と、夜王さんが戦っている。そして、後から脳内にリピートされるのは、
『酒や女じゃダメなんだ』
胸が押し潰されそうだった。余計に分からなくなる。どうして貴方があたしを側に置いてくれるのか。そして気付く。どうして神威団長が怖いのか…
「これが…」
本当の貴方なんですか…?
目に映るのは血に飢えた貴方。楽しそうに血を浴びる貴方。
分かった、今ようやく…。
あたしは今までにも何回か戦う貴方を見てきた。でも今までの貴方は、あたしを守るための戦いをしてくれていたんだね。自惚れかもしれない。思い上がりも甚だしいと貴方は笑うかもしれない。でもはっきりと分かる。わたしはそういう戦いをする貴方しか見てなかったんだって。今の貴方は純粋に戦いと血を求めている。これが夜兎。これが本来の貴方。そうか、まだあたしが知らない貴方がいたんだね…。あたしは本当の貴方を知らなかった。それはつまり、
わたしは本当の貴方を愛してない…?
激しい攻防戦は目で追えないほどに素早い。不思議なことに、激しい戦闘が繰り広げられる中でも、あたしへの被害は無い。だからこそ、呆然と見つめてしまう。壊されていく壁とか阿伏兎さんの叫ぶ声とか、神威団長に踵音しをくらって埋まる云業さんとか、すべてが映像として送り込まれるが、理解が追い付かない。あたしの脳内は、夜兎としての神威団長を理解しようと必死だった。わたしの中で沸き起こる疑問を抑え込むのに必死だった。
貴方はいったい誰ですか…?
わたしの知っていた貴方は誰ですか…?
わたしは今の貴方を愛せますか?
そしてついにその時はやってくる。
ズシャアッ…
夜王さんと神威団長の間に割って入った阿伏兎さんと云業さん。戦いはとりあえず終わりを迎えたが、
ボテッ…
鈍い音は阿伏兎さんの左腕が落ちる音で、
ドサッ…
云業さんは倒れて動かなくなった。そう、云業さんを死に至らしめたのは、神威団長だった。
わたしはその時、どんな目で貴方を見つめていただろう?一瞬重なった貴方の視線。すぐに逸して俯くと、見えたわたしの手は震えていた。
優しい桃色は闇に埋もれ
もう分からない…三次元少女は涙を流した
20090509白椿
く、暗い…すみません
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