微妙に空いてしまった雛との距離に少し戸惑いながらも、俺は師匠、夜王鳳仙について簡単に説明した。かつては夜兎の頂点にいた男。今は一人の花魁にお熱だとか。会うのは久しぶりだ。なんにしても本気で戦える相手にワクワクする心は抑えられない。説明の途中、何度か頷いて返事をする雛には元気がなくて、やはり少し気になるが、どう声をかければいいか分からなくて結局は必要なことしか喋らなかった。





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神威団長はどこかウキウキしているように見えた。その師匠と一戦やるつもりらしい。戦いを求めているんだね。それは神威団長が夜兎だから普通のことだ。先ほど銀さん達と接触した時に偶然捕らえた少年が、どうやら一戦巻起こすのに使えそうなのだそうで、でもこのことは阿伏兎さんには内緒。つまり神威団長が勝手にやらかそうとしているらしい。


「大丈夫。雛に怪我はさせないよ」

「…」


そう言う団長はとてもやんわり微笑んでくれた。でもあたしはやっぱり怖くて、でもどうしてだか分からない。あたしは少し勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。


「…あたし、行くのやめようかな」

「ん?」


ニコニコと聞き返してきた神威団長から素早く目を逸してもう一度。


「その、夜王さんのとこ、行くのやめようかな」

「…」


なんとなく、行くのが嫌だったのだ。しかしこの発言に対する神威団長の反応が怖くてなかなか顔を上げられない。おずおずと神威団長の顔を見ると、


「なんで?」


と笑顔。


「…り、理由はないけど…」


嘘ではない。言葉に出来るような理由はないのだ。あえて理由を挙げるとしたら、それは神威団長が怖いというとても失礼かつ酷く自分勝手なもので。すると神威団長は少し考えて、優しく言った。


「うーん、でもこんな遊郭のど真ん中に、雛を一人には出来ないからなぁ」

「…」

「何もしなくていいから、居るだけでいいから、一緒に来てくれない?」


最大限の心遣いが感じられた。神威団長は間違いなくあたしに気をつかってる。


「…うん、…分かった」


そんな貴方を怖がってるあたしをどうか許して。


あたしはなるべく笑顔で答える努力をした。





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やっぱり吉原に連れてきたのは間違いだったのだろうか?無理に笑顔を作ろうとする雛を見て、なんか悲しくなった。もっと笑ってはしゃぐ彼女を想定していたというのに。こんな展開は全くもって予想外であり、初めてな経験で、一体どう対応すればいいのか分からない。何が雛をこうしてしまったのか?いや、考えてみれば吉原ではしゃぐ女なんて遊女くらいかもしれない。実際雛は最初吉原に来ることを少し拒んでいたんだ。吉原なんて男が来てなんぼ。雛には面白くもなんともないのかもしれない。ただ、知っていてほしいことが一つ。俺は、雛と一緒に地球を歩きたかった、


「…それだけなんだけどなぁ」

「え?」

「ううん、独り言」


結局は俺の我が儘でしかないのだが、前に雛の世界にトリップしたあの時、向こうの地球を雛と並んで歩いた時の、彼女の笑顔を思い出す。あの笑顔が見たかったんだ。あの幸せそうな彼女を見たかったんだ。それだけなんだよ。

ねぇ、あの時と何が違う?

やっぱり場所?

何となく、原因は別にあるような気がしたけど、それが何かまでは分からないままに、気がつけば目的の場所に着いていて、










あの笑顔を見せて

三次元少女の顔は曇るばかり










20090505白椿


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