どうしてこんな気持ちになってしまったのか誰か教えてくれないだろうか。さっきの薄暗いパイプの場とは逆のキラキラした世界。まさに遊郭という名のイメージに重なるこの街。きらびやかな光と妖艶な女の人たち。ようやく吉原に来たという実感が沸いてくる。あまり嬉しくはないけれど。


「…」


隣を歩く神威団長。吉原に太陽の光は無い。そのため、顔に巻いた包帯はもう用を成さないらしく、団長はクルクルと包帯をほどいていた。あたしは団長から少し距離を取って歩く。先ほどの光景が脳内から離れなくて、どうやって話せばいいのか、どうやって今まで接していたのか分からなくなってしまったのだ。


「…」


さっきから会話ゼロ。包帯をほどき終わった団長に、遊女さんたちの熱い視線が注がれている。当たり前だ。神威団長顔はいいもの。彼女であるのなら嫉妬の一つや二つ嫉くのが普通であろうが、今のあたしにそんな余裕は無かった。むしろ、誰か神威団長を誘って連れて行ってくれないか、などと考えている。今は彼から離れたい。そう思いながら歩いていれば、神威団長との距離はさらに遠くなっていて、


「もっと近く歩きなよ」


そう言われてドキンと脈打つ心臓。おずおずと少し歩み寄れば、


「もっと近く」


と手を引かれた。


「どうしたの雛?なんか変だよ」


なんて優しさ言葉すら、今は恐怖で。

一体、何にこんなに怯えているのか自分でも分からない。どうしてしまったのだろう。あたしはゆっくり神威団長を見上げてみる。そこにニコニコ笑顔はなくて、


「もしかして怖がってる?」


真剣な瞳に捕らえられた。


「…」


あたしはドクドクうるさい心臓の音を聞きながら俯く。


「雛?」

「…なん…でもない」

「ん?」

「ごめんなさい」


逃げ出したい。すぐに神威団長から離れたい。なんでこんなこと思ってしまうの?神威団長があたしに好きだと言ってくれた時のことを思い出す。あの時団長は、ただあたしのことが好きだと言った。特に好きになった理由はない。ただ好きなんだと。それは今もこれから先も変わらない事実ですか?あたしは弱いのに、神威団長が求めるものとは対局の位置にいるのに、好きでいてくれるんですか?考え出せばきりがない。
ダメだ…。神威団長が怖いだなんて、失礼にもほどがあるだろう。団長はあたしの彼氏であって、優しい大切な人であるはずなのに。


「…雛?」

「…」





-----*





繋いだ手から伝わってくる小さな振動。雛が震えていた。顔色も冴えない。一体どうしたというのだろう?俺何かしたっけ?しかしどうしたの?と訊けば何でもないと言うし、それどころかごめんなさい?なんで謝られたのだろう?意味が分からない。だけど何となく分かる、

雛は俺を怖がってる

こんなこと初めてじゃないだろうか。いや、出会った最初はこんなんだったかも。でもこんなパターンは初めてだ。


「…もしかしてさ、俺のこと怖がってる?」


そう問えばビクリと揺れる体。ああ、やっぱりそうだったか…。でもなんで?


「酷いなぁ、俺だって少しは傷付くんだよ」


笑ってそう言えば、


「ご、ごめんなさい!!」


そう慌てて、


─スルリ


繋いでいた雛の手が、俺の手から離れていった。あり?そんなに怖がってるの?なんで?少し距離を空けて、俯きながら歩く雛。行き場を無くした俺の手が中途半端な位置でブラブラ。本当は繋ぎなおしたいのにそれが出来ないのは、雛に拒絶されるんじゃないかという不安からか。


「…」


気まずいなぁなんて俺らしくもない。ただ、雛に怖がられているという事実が非常に不愉快で、少し悲しくて、せめて理由を教えてくれたらなと、隣の彼女に歩幅を合わせていた。










訳を聞かせてよハニー

二次元兎は悩む
三次元少女も悩む










20090502白椿


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