遊郭という所には当然ながら訪れたことはない。初めてだ。だけどなんとなくイメージはあって、きらびやかな町並みとセクスィな女の人たちが渦巻く色気たっぷりな感じ。そう思っていたのに何これ。ぱ、パイプ?張り巡らされているパイプの上を歩こうとしてるよ。


「裏道だよ」


包帯ぐるぐるな神威団長はそう言ってあたしの手を引いた。
今回の任務は、団長と阿伏兎さん、それから云業さんの三人で遂行するらしい。いつものことながらあたしはお荷物だ。今回も神威団長の我が儘で来たようなものだしね。それにしても神威団長、マント姿もカッコいいなぁなんて思いながら素直に手を引かれ、太いパイプを道にして歩を進める。吉原は地下深くにあるらしく、太陽の光は微塵も無いため暗くててジメジメ、気分も暗い。それより問題なのが張り巡らされたパイプの高さだった。めちゃめちゃ高いのだ。パイプの端から下を覗き込んでゾクッとする。遥か彼方まで闇が続いていた。こりゃ落ちたら即死ですよ。


「大丈夫、俺と手繋いでるから落ちたりしないよ」

「あは、ちょっとこの高さは怖いなぁ…って」


あたしの考えてることは、すべてお見通しらしい。握り締める手に力が入って、少し引き寄せられた。恥ずかしい…。


「誰か、いるな」


数分歩いた時阿伏兎さんが呟いた。すごいな夜兎は。あたしには何にも分からない。先に目を凝らしてみても闇が続くだけだ。


「うん、阿伏兎と云業で様子見てきてよ。俺は雛とゆっくり行くから」


ひい!!なんて申し訳ないんだろう!!


「か、かか神威団長!!あたしだ、大丈夫だから阿伏兎さんたちと共に!!」

「いや、面倒」

「…」


阿伏兎さんは溜め息を一つ吐いて、


「云業、行くぞ」


そう言うとパイプの上を軽やかに走って行った。


「…ごめん」

「なんで謝るの?」

「やっぱあたしお荷物だから」

「そんなこと気にしなくていーの。俺が勝手に連れてきただけなんだから」


暗いパイプの上を、あたしのペースで歩いてくれる神威団長。暫く行くとうっすら人影のようなものが見え、


ドガーン!!!


「ひゃあっ!!」


何かの破壊音と共にパイプが揺れて、転びそうになったのを神威団長に支えられた。


「大丈夫?」

「うん、何の揺れ?」

「阿伏兎たちが暴れてるね」

「へ?」


言われて人影に目を凝らして気付く、見たことのある人たち。いや、正確には見たことのあるキャラたち。


「…銀さ、ん?」

「…」


紛れもない。それは綺麗な銀髪で。ただ問題だったのは、その銀さんたちに攻撃をしている阿伏兎さんと云業さんの姿だった。銀さんたちに出会えた感動より先に、何が起きているの?と頭が真っ白になる。その刹那シュンッと風を切る音がして振り返ると、先ほどまでいた神威団長の姿が消えていて、


ドーンッ!!


凄まじい揺れに耐えながら見た光景は、傘を振り下ろす神威団長の姿だった。


…神威団長?


その先には神威団長と同じ色素の頭の女の子が。


…え?


そしてあたしは背中がゾクリと冷えるような嫌な感覚に陥る。今までにも戦う神威団長は何回も見てきた。血の飛び交う戦場にだって行った。なのに、今回初めて思ってしまった…。思ってはいけないのに、あたしは揺れるパイプにしがみつきながら、目を見開いていた。


…怖い…


神威団長が怖い…


確か、あれは神威団長の妹の神楽ちゃん…のはず。なんで攻撃しているの?どうしてそんなに殺気を放っているの?ああ、やっぱり漫画を読んでおくべきだったと後悔する。こんな展開だったなんて…。銀さん達と仲良くなるどころではないよ。崩れていくパイプと銀さん、新八くん、神楽ちゃん、それから金髪の女の人。あの女の人は誰だろう?遠くから見つめる景色は映画のようだ。だけど痛ましく、何故か悔しかった。そして頭の中を反射する神威団長の言葉。


『弱い奴に用はない』


ドクン…


確かに聞こえたその言葉。
心臓が嫌に脈打って、胸を押える。なんとあたしの弱いことか…。ねぇ、この矛盾を、誰か解決して下さい。弱い奴に用がないのなら、あたしにだって用はないんじゃないの?教えて。

あたしは暫くの間、神威団長のもとに行くことはおろか、立ち上がることも出来なかった。そんなあたしを迎えに来てくれた神威団長の顔は、いつもの優しい笑顔だったというのに、


「雛大丈夫だった?」

「…は、はい」


あたしは目を合わせることが出来なかった。









もう一人のあなた

二次元兎も気付かぬ矛盾










20090501白椿


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