「うっ…がっ…!!」


細くて白い指が喉を絞める。ぐいぐい持ち上げられて、足がプラプラと頼りなく揺れる。酸素の通り道を塞がれて、苦しみから流れた一筋の涙を、神威はニコニコと眺めながら、嬉しそうに微笑んだ。


「どお?一緒に来る気になった?」


これ以上弱みを見せまいとして下唇を噛む。ゆっくりと、しかしはっきりわたしは首を横に振った。


「ふーん」


途端、景色が反転。思いっきり投げ付けられる。背中を打ち付けてさらに息がつまり、喉から掠れた声が漏れて、次には盛大に咳込んだ。
すぐに人影がさして、ぐいっと抱き起こされる。


「悪いのは君だよ?珍しく話し合いで解決しようと思ったのに、全然言うこと聞かないんだもん」


神威は耳元で囁いた。その声に多少なりとも神威らしからぬ弱い響きが含まれているのを聞き逃さなかった。でもわたしは、そんなことで折れてやれるような優しい人間じゃない。


「ねぇ、俺の何が不満なの?」

「…神威に、不足してゴホッ!!…不足して、るもんはないよ」

「…」

「ただ、わたしが勝手に神威が嫌いなだけ…!!」


そう言い返したら、パシンと頬に鋭い痛み。そのまま地面に倒れ込む。


「さっきから、…自分の立場きちんと理解してないみたいだね…」


神威は言って、わたしの髪を引っ張り上げる。ぐいっと頭を持ち上げられた。


「…っ!」

「俺はあんたなんかすぐに殺せるんだ」

「こ、…殺せ、ば?」


途端にまた景色が反転。そんなことの繰り返し。
だけど、神威は狡い…


「…俺はただ、」


君が欲しいだけなのに…


そんなこと言わずに、欲しいなら無理矢理にだって奪ってくれればいいものを。どうしてわたしにイエスの返事を求めるの…?わたしは絶対に貴方の望む言葉は吐かないよ。だって、


「神威、わたし…もう、さよならは、嫌だから」


先にわたしを突き放したのはそっちじゃない。嫌だって言ったのに、勝手に宇宙に飛び出して行っちゃったのはそっちじゃない。お母さんもお父さんも、神威も神楽ちゃんも海坊主さんだって…!みんな、みんな勝手にわたしを突き放して行っちゃった。


「もう、さよなら言われたくないの…」


わたしは弱いの。こんなに沢山のさよならに耐えられない。だんだん一人になっていく恐怖に耐えられないの。だから、さよならを言わなきゃならないような関係を、つくるのやめたの。一人で生きてくって決めたんだ。
だからゴメンネ。


「わたしは、これからは一人でいる…最初から一人なら恐いもんはない…」


一人なら…
そうやって自分に言い聞かせてきたのだ。今さら馴れ合いなんて出来るものか。
神威は少し考え込むようにしてから言う。


「…もう勝手に離れたりしたにヨ」


わたしは掃き捨てるように言う。


「…うそ」

「嘘じゃないさ、君が俺と来るって言ってくれたら、俺は君を愛してあげる」


虚しさに心が震えた。そんなの違うよ神威。そんなんじゃないんだ。
どんなこと言われたってね、わたしはその先のさよならを見てしまう。またさよなら言われて、絶望する自分が見えるんだ。神威が飽きっぽいことも理解してるつもりだ。


「…もういいから、行ってよ」

「君が一緒に行ってくれるならね」


また少しずつ近付いてくる。

どうしても、引き下がってはくれないんだね。
どうしてもまたわたしに絶望を見せたいんだね。


神威がぼそりと呟くように言葉を放つ。


「今なら、違う選択肢がある。」

「…え」

「あの時には見えなかった正しい選択が何か分かるんだ」

「…」

「もう絶対に置いていったりしないから…お願い」


俺と来て…


わたしは微笑む。


「そっか」


じゃあ仕方ない。


さよならの恐怖に怯えて生きるよりは…


「神威、…バイバイ」


隠し持っていたナイフで、自分の喉を素早くかっ切った。刹那見えた神威の顔が、らしくなく歪んで見えたのは気のせいだろう。







さよならだけが人生だ

もう傷つきたくなかったんだ…





企画『月飼い』様提出
20091218白椿