10月10日。宇宙にいると日付とか曜日とかの感覚が狂ってしまっていけない。周りはいっつも夜空だから、いつまで待ったって朝は来ない。太陽なんてもう暫く見ていないだろう。
「お誕生日おめでと、銀時」
だけどこの日だけは忘れてはいけなのだ。どうにかこうにか自分の感覚をフルに発揮させて10月10日という日を見極める。ちょうど今、地球で日付が変わったはずだ。彼がまた、一つ歳をとる日。見えるはずのない地球を探して窓を覗く。やっぱりそこには夜空が広がっていて、
「あり?名前?」
かけられた声にゆっくり振り向けば団長がこちらを見ていた。濡れた髪の毛を見るにお風呂上がりらしい。
「こんなところで何してるの?」
「…いいえ、何も」
「明日任務でしょ?もう休んだ方がいいんじゃない?」
「いえ、大丈夫です」
どうして春雨で働いているのかなんて考えることはしない。だって考えれば辛くなるだけだから。
「なんか変だね?隠し事」
「いいえ」
そうね、わたしに選択権は無かったのよね。ただ、この人に銀時を殺されないようにと考えて、殺されないように必死になって、そしたら今のわたしがいた。他人の命を奪うわたしがいた。その代わり、銀時は地球で生きている…はず…。
「ふーん」
団長はわたしに近づくとそっと抱きしめる。いつからこの人はこんなに優しく抱きしめる術を身に付けたのだろうか。昔は何度死ぬかとひやひやしたものだが。温かい感触に目を閉じる。
「あんま、隠し事しないでよ」
「…別にしてませんよ」
「嘘言うと殺しちゃうぞ」
「…」
「その顔きらい」
今わたし、どんな顔してますか?
自分の顔は鏡でも見ないかぎり見えないんですよ。だけど、団長の声がひどく頼りなく響くものだから、わたしはよっぽど酷い顔をしているのだろうなぁ。
「何かしてほしいことある?」
いつからこの人はこんなに優しくなったのだろうか。強いやつにしか興味を持たなかったこの人が、どうしてこんなわたしを生かすのか。いや、もともと無理矢理わたしを連れてきたのは団長だったけれど、その強引さが今は感じられなくなった。随分わたしの意思を訊いてくるようになった。なぜ…?
「…何か言いな」
だからわたしはこの人を振りほどけない。なんだか、この人、壊れてしまいそうだもの。だけど、わたしは決して貴方を好きにはなれないだろう。だって、
「じゃあ、少しだけ夢見させて下さい」
「ん?」
「今からわたしが言うことはすぐに忘れて下さい、追及もしないで下さい、」
「…いいよ」
目を瞑る。優しく抱きしめられている感触。銀時のそれと似ている。だからわたしの脳は都合良く現状を書き換えて、今の彼は彼であって彼でなく、だから大好きな彼であると、そうわたしに思い込ませ、
わたしは目を瞑ったまま、彼の耳元に口を寄せて言うのだ。
「お誕生日おめでとう、銀時」
抱きしめている腕に力がこもったのが分かった。
“ありがとうな、名前”
遥か遠く、銀時の優しい声が聞こえた気がしたのは、きっと都合の良いわたしの脳が生み出した幻聴だろう。
「…ごめんね名前」
そして近く耳元で聞こえた声に、悲しい響きが混じっていることに、わたしは気づかないふりをする。
スリカエテ、ゴマカシテ
20091011白椿
銀ちゃんお誕生日おめでと。