男前ですねーと言ったら彼は笑った。ニコニコと偽物っぽい気持ち悪い笑顔の彼。笑顔は気持ち悪いけれど、かっこいいのは確かで、だからわたしは別にお世辞を言ったわけではないのだが、


「お客には全員にそうやって言ってるんでしょ?」


そう言った彼に苦笑が零れた。いいえー、神威さんだけですよ、なんて嘘を言えば再び笑う。もう男なんて何人も相手にしてきたから、かっこよくても悪くてもわたしにはあんまり関係ない。いくらかっこよくたって女目当てに金を出すような男であるという根本的な部分は一緒。幾人かの遊女たちはこの客のかっこよさにわいわい騒いでいたが、わたしは正直嫌悪しか感じない。遊女としては失格だ。本当はきゃーきゃー騒いでいる遊女にお客を任せてしまいたいところだが、指名されてはそういうわけにもいかない。


「せっかく指名されたんだから、もっと嬉しそうにしたらどうだい?」

「嬉しそうに見えませんか?」

「せめて愛想笑いくらい練習した方がいいって」

「あはは、…そんなに酷い顔してますか?」


溜息と共に顔に張り付けていた笑顔が剥がれて、素の顔が。


「まだそっちの顔の方がいさぎよくていいね」


正直神威さんには言われたくないことだ。あなたの方がよっぽど笑顔が下手だろう。その顔気持ち悪いからやめて下さいなんてとても言えないけれどね。隣からはケタケタとこれまた心地よくない笑い声。


「またその顔見せてくれるなら、俺は次もあんたを買うよ」


わたしは微笑んで言う。


「じゃあ、もう二度とこの顔は晒さないので、次は他の子指名して下さい」


ケタケタ。


世の中の男皆が、この男みたいに、バカでも賢くもなく、つまらなくもなく自然に素を曝け出させてくれたなら、遊女という職業も多少楽しくなるのになぁと、わたしは次の客のもとへ行くために席を立った。



一晩だけの
片思い





20091007白椿