幼い神威がわたしに言う。「弱いやつは嫌いだよ」わたしだって嫌いだよ。嫌いだけど人ってそう簡単に強くはなれないからさ、最近はただ弱いからって嫌いなんて軽々しく言うのはやめている。それは少なからず自分の弱い部分を知ってしまったからなのだろう。だけど神威は再び笑顔で言うのだ。「弱いやつはいらない」そっか、神威は強いから弱い者の気持ちなんて分からないんだろうね。それでいいと思う。貴方は弱いってどういうことなのか知っちゃいけない人だ。ただ強さだけを求めて、そして自らも強くさらに高みを目指さなくちゃいけない。そんな貴方が大好きです。幼い神威は優しく微笑んだ。そして、どんどん遠く小さくなっていく。最後にとっても無邪気な笑顔で口を開いた。


「バイバイ、名前」


少年の神威がわたしに言う。「俺は女と子供は殺さない主義なんだ」そうか、だからわたしは生かしてもらえたのかな。どうしてそれほど強くないわたしをここまで連れて来て、しかも生きるための面倒を見てくれているのかよく分からなかった。だいたい強いやつにしか興味を示さない神威がわたしに興味を示すなんてありえないだろうし、つまり女だから、「将来俺の子供産んでネ」やっぱりそういうことだった。とらえようによっては素敵な口説き文句でもあるけれど、神威にはそんなつもり一切ないのだろう。「強い子産んでネ」そんで、自分の子供と戦う気なんだ。まぁ別にいっか。神威の役にたてるならそれくらいしてもいいかな。生まれてくる子供には酷な話ではあるのだけど。少年の神威がどんどん遠く小さくなっていく。最後にニコリと微笑んで手を振りながら彼は言う。


「名前、またね」



青年の神威がわたしに言う。「鳳仙の旦那が死んだよ」盛者必衰。あのバカ強いおじさんの時代も終わったのね。時は流れていくもの。仕方のないことだ。「地球の侍に殺されたんだ」それはまた情けない死に方ですね。でも、不思議とわたしは夜王に拍手をおくりたくなった。夜兎としては素敵な最後だったのではないかと、一人の女を愛し、太陽を求め、手に入れることは出来なかったにしろ、自分の欲に忠実に生きたのではないかと思ったのだ。わたしみたいに無理に力のある人たちと肩を並べたり、行きたくもない戦場に赴いたり、そんな無理をせず、ただ自分の生きたいように生きて、そして理想の死を遂げたのではないかと。「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどさ、今度一緒に地球に行こうよ」神威は言う。名前まだ行ったことなかったよね?あそこのご飯は美味しいんだ。そうか、地球のご飯は美味しいのか。一緒に行くの楽しみだなぁ。青年の神威がどんどん遠く小さくなっていく、ゆらゆら揺らめいて、そして、


「名前、さよなら」


血まみれの神威がわたしに言う。「ねぇ、死ぬの?」でももう声を出す元気もなくてさっきから頭はゆらゆらぐらぐら、空を飛んでいるような水の中に潜っているような。「ちょっと、誰も寝ていいなんて言ってないんだけど」それでも瞼が重くて重くて…どうしても瞳が閉じたがる。必死で目を開けようとしても言うことを聞いてくれないのだ。戦場では一瞬の気の緩みも命取り。今回よくそれを実感したよ。まぁ今さら学んでも遅いんだけどね。「ねぇだから寝ていいなんて言ってないってば、まだ俺名前に一発も突っ込んでないし、」残念、ついにわたしの瞼は幕をおろした。もうどんだけ頑張っても持ち上がらない。「子供産んでくれるって約束は?地球にも今度一緒に行こうって言ったのに」そういえばそうだったなぁ。でも無理っぽいです。お腹の痛みが…痛すぎて痛くなくなってきた…「名前、寝たの?」ゆらゆらふわふわ「死んだの?」ゆらゆらふわふわ…遠のいていく意識の中で、神威がわたしに言う。


「ねぇ、お願いだからまだいかないで…」


血まみれの神威がもう見えない。脳はふわふわ宙を漂う。声が神威の声がどんどん遠く小さくなっていく…「まだ死ぬの早すぎるよ」わたしは少し微笑んで心の中で囁く


「神威、さようら…





暗転





20100217白椿