弱い弱いお世話係がいた。部屋の掃除とか洗濯とか食事の準備とか、俺専属でいろいろやってくれる少女が一人いた。掃除した後の部屋は埃一つ落ちていないし、食事は地球産だけあってとっても上手だし、やることなすことすべてに文句のつけようが無かった。でも、ほら、弱いからさ、俺は彼女の作った料理に興味はあっても、彼女には興味がなかったのだ。だけど、


あははははははははっはっ!!!!団長さん、その話面白いですね!!!


ただの気まぐれで聞かせた阿伏兎がこけてカレーまみれになった話。その話が彼女のツボにミラクルヒットしたらしく、彼女は思いっきり楽しそうに笑ったのだ。今までだって仕事の話とか戦場の話とか、たまに聞かせていたのにこんなふうに笑ってくれたのは初めてで、何故かその顔を見たときに少し喜んでいる自分がいた。
そっから彼女に聞かせる話はもっぱら阿伏兎の失敗談。彼女はいっつも楽しそうに笑った。阿伏兎の話は嬉しそうに聞いていた。

ご飯が前より美味しくなった…

部屋がいつも綺麗に保たれていることに感謝するようになった…

血が綺麗に落とされた洗濯済みの服を見て、彼女はどんな気持ちでこれを洗ったのかな…なんて考えるようになった…

でも、それだけで、それ以上の発展はなくて、それはなんでかというと彼女が俺のことを好いてくれることはないだろうと決めつけていたからだったのだろうか。それとも、自分の気持ちに気づかないふりをしていたのだろうか。

気づけば彼女は阿伏兎のものになっていた。俺がいっぱいいっぱい阿伏兎のこと話して聞かせていたから、彼女は阿伏兎に好意を寄せてしまったんだって。

成り行きで、彼女は阿伏兎のお世話係になった。阿伏兎専属のお世話係になった。阿伏兎のためにご飯を作って、阿伏兎のためにお掃除して、阿伏兎のためにお洗濯するんだって。そんで、阿伏兎のために毎晩阿伏兎と過ごしているんだって。そっか、気に入らないネ。

俺には強い強いお世話係が新しく寄こされた。ご飯が作れて、お掃除が出来て、お洗濯もできて、戦うこともできる彼女。試しに彼女にも阿伏兎の失敗談を語ってみた。でも笑ってくれなかった。冷めた目で視線を寄こして、それから怪しく微笑んだ。

「そんな男より、あたし、団長さんに興味があるわ」

甘えた声で言った。そっか、俺は全くあんたに興味わかないんだけどね、世の中上手くいかないね。

ご飯が楽しくなくなった…

部屋に落ちてる塵一つが気になり出した…

数日後、綺麗に洗濯されたはずの服に、血の染みがぼんやり…なんだかイラついて強い強いお世話係の彼女を血まみれにしてしまった。強い強い彼女は強くなかった。ぐったり横たわって、呼吸を止めた。死んじゃった…。

もやもやした気持ちのままぶらぶらと艦内を歩く。そんな時に発見したのは、阿伏兎の部屋の前でうずくまる弱い弱い阿伏兎のお世話係。首を傾げて声をかけたら、涙まみれの顔を振りむけて、その後に急いで顔を袖でこすっている。

「どしたの?」

「…何でもないです」

「阿伏兎と何かあったの?」

「…」

阿伏兎と何かあったらしい。俺は心がニヤリとするのが分かった。

「よしよし、大丈夫大丈夫」

「…」

「阿伏兎のこと好きなんでしょ?」

こくりと頷く彼女。

「何があったか話せる?」

聞くに阿伏兎、浮気しちゃったんだってね。あーらら、人生は重要な選択肢の連続だとか言っておきながら、選択大きく誤ってんのね。

「そんな泣き顔で通路にいられても皆困るんだから、とりあえず俺の部屋おいで」

抱くわけでもなく、キスするわけでもなく、ただそっと頭を撫でてあげて、顔には優しい笑みをたたえ、心でニヤリとほくそ笑む。
阿伏兎、後悔するんだろうなぁ。彼女を一瞬でも手放してしまったことに、後悔するんだろうなぁ。でもね、もう遅いよ。もう隙につけいっちゃったから、あとは少しずつ心に入り込んでいくだけ。ゆっくりゆっくり奪っていってあげる。俺があの時、そうだったように。ゆっくり、奪い返すだけ。

「大丈夫だよ、全部上手くいくよ」

その言葉に泣きながら頷く弱い弱いお世話係さん、ああ、愛しいなぁ。可愛いなぁ。あの時気づいてあげらんなくてゴメンネ。俺の話に笑ってくれてありがとう。

そうだ、もう少し時が流れたら、また阿伏兎の話をしてあげよう。
重要な選択を誤って、愛しい彼女を奪われてしまった、そんな阿伏兎の失敗談で笑わせてあげるよ。


ちょっとんでて、

でも
一途をした



だから、今は思う存分泣いときな名前




20100120白椿