※以前ゆみさまに捧げた『珍しい笑顔』の続きものです
「名前姉さんただいまー!!」
あら?
元気に響いた声は、さっき家を出て行った神威のもので。
「あらあら、ずいぶん早く帰ってきたのねー」
思わず笑ってしまう。いったいどうしたのだろう、という疑問はあっても、無邪気そうに笑う神威を見るとこっちまで笑顔になる。
神威はニコニコしながこっちに近寄ってきた。
「ちょっと忘れ物しちゃってさー」
「そう、何を忘れたの?」
「姉さん」
?
あれれ、答えになってないぞ。あたしは首を傾げてもう一度訊く。
「何を忘れたの?」
「だから名前姉さん」
「?」
意味が分からなくて口を閉じたら、後ろから疲れた顔をした阿伏兎さんが現れて、何でか申し訳なさそうに頭を下げた。会釈を返す。
「姉さんはさ」
「なに?」
「俺が神楽と親父を殺しちゃったら泣く?」
忘れ物の話から一変。
瞬時には何を言われたのか分からなくて、瞬きを数回した。
そして、パピーが腕を失ったときの光景が蘇ってきてゾッとする。
「神威ちゃん何言ってるの?当たり前でしょ」
「ふーん、そっか」
「何でそんなこと訊くの?」
神威はニコーっとしてから口を開いた。
「あのね、姉さんがこの家を離れられないのは神楽や親父のせいだろ?」
「え?」
「あいつらがいつ帰ってくるか分からないから、姉さんはこの家を離れられない」
「…」
「だからあの二人を殺しちゃえばいいと思ったんだよ」
あたしは笑顔で話す神威に目を見開いた。
「神威ちゃん!冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「冗談なんかじゃないさ」
この弟は相変わらずらしい。発送がどこか突拍子もないのだ。大切な実の弟であるけれど、あの時もそうだったように、何を考えて何を思っているのか分からない。
神威はニコニコしたまま話を続ける。
「だけど阿伏兎がね、そんなことしたら姉さん悲しむって言うからさぁ」
「…」
阿伏兎さんを一瞥すると、困ったように溜め息を吐いた。
「やっぱり姉さんは悲しむんだね?」
「当たり前でしょ!」
「そっか、じゃあ殺すのはやめよう」
阿伏兎さんに感謝しなくちゃいけないと思った。夜兎の血というのは、狂喜的で怖い。神威は特にその気が強いのだ。
だけど、ホッとしたのも束の間で、
「そういう訳で、今すぐ連れて行くことにするね」
「え?」
「姉さん、俺と一緒に来てよ」
「…神威ちゃん、それは出来ないって言ったでしょ?」
「うん、じゃあやっぱり仕方ないから強行突破だ」
そう言うなり、光のごときスピードで間合いを詰めてきた。
「くっ!!」
パシッと鈍い衝撃が腕にはしる。神威の攻撃を腕で受け止めた。
「神威ちゃん!やめなさい!!」
相当手加減したらしいその攻撃は、しかし夜兎だけあってそれなりの威力がある。神威なら尚更だ。
「抵抗しないでよ、大丈夫痛くしないから、あんま姉さんを傷つけたくないんだ」
「じゃあこんなことやめて!」
「…一緒に来てくれる?」
「それは出来ないの」
誘ってくれるのは嬉しい。
でも、あたしがここを離れたら、本当に家族バラバラになっちゃうじゃない。あたしがここにいれば、皆帰ってきてくれるでしょ?家族には、たとえ仲が悪くたって、あたしを通して繋がっていてほしいのよ。
「姉さんは俺と来るのそんなに嫌なの?」
「神威ちゃんと行くのが嫌なんじゃないの、ここに居たいのよ、分かって?」
「んー」
神威はしばらくニコニコと首を傾げていたけれど、
スパッ!!
唐突に第二撃を繰り出してきた。それをまた受け止める。
腕が痛い…
「やっぱヤダ」
「っ…」
「一緒に来てほしーなー」
「神威ちゃん…」
言葉だけ聞いてたら、可愛い弟のわがままなんだけどね。手が出てくるから笑い事じゃない。
神威はニコニコと腕に力を込めながら言う。
「やっぱりどーしても連れて行きたい」
「お願いだから分かって?」
「無理だね」
ギリギリと力が強まる神威の手を必死に押しとどめる。
もうすっかり一人の夜兎の男になった神威の力にジリジリと迫られ、冷や汗がつたった。歯を食いしばって耐えているのに、神威は笑顔で。
とその時、
「ははっ」
「うわっ!!」
神威が無邪気に笑ったと思えば、急にその手の力が抜けて、今まで必死に耐えていたあたしの力は行き場を失い、前のめりに体が傾ぐ。
ギュッ
隙ありとばかりに神威はあたしの腰に腕を回して、強く抱き締めた。おかげで転ばずにすんだのだが、気分は最悪だ。
神威がケタケタ笑って言う。
「必死な姉さんも可愛いね」
ああ、ついに弟に負ける日が来たかと溜め息。いずれ神威の方が強くなると思ってはいたけど、こうも圧倒的に差をつけられると少しショックで…あたしも一応夜兎だから…。
「神威ちゃん」
「なあに?」
「強くなったのねー」
「ははっ」
まぁあたしなんてろくに戦場にも出てないから、当たり前といえば当たり前で。
「神威ちゃんあのね、」
「うん」
「あたしは神威ちゃんのこと大好きよ」
「うん」
「だけど、それと同じようにパピーや神楽ちゃんも大好きなの」
「…」
「皆をここで待っていたいの」
「…」
「だから、ね?」
「いーやーだ」
その瞬間、痺れるような衝撃があって、
─────**
名前姉さんは簡単に意識を手放した。
昔はそれなりに戦いの面でも尊敬していたけど、もう完全に俺の方が強くなっている。
女なんだなぁと華奢な体を抱き締めて思った。
「さぁ、阿伏兎行くよ」
軽々と持ち上がる姉さんをお姫さま抱っこで抱える。
「これはこれで、お姉さん嫌がると思うがねぇ」
「仕方ないよ、だって連れて行きたいんだから」
姉さんは俺だけの姉さんでいてほしい。
神楽の姉さんじゃなくて、親父の娘でもない。俺の姉さん。
もう年頃だし、ほっといたら、その辺の野郎に取られちゃう可能性だってあるもんね。そんなの絶対ごめんだよ。
だから一緒にいよ。
ね?いいでしょ?
我が儘ブラザー
後でお姉さんに土下座だな
by阿伏兎
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ゆみ様へ
キリリク4000
20090311白椿