お世話係というのは決して良い役割ではない。
特にこの春雨第七師団では弱いヤツ、つまり戦闘能力が低い種族がそのお世話係なわけで、強い種族の者たちのお世話をしなければならないから、気に入られなければ血を見ることもしばしば。


「名前ただいま」

「…団長」


だから、いつも相手の顔色をうかがって、気に障ることをしないよう心掛けている。
でも、今回あたしはそう冷静ではいられなかった。


「団長…どうしたんですか!?」

「何が?」

「ほっぺたです!!」


そう言ったら、神威団長は自分のほっぺを触ってニヤリと笑った。


「ああ、久しぶりに強いヤツとやったんだ」


団長のほっぺは血で真っ赤だった。返り血ではない。痛々しい傷から団長の血が流れている。


「早く手当てしないと!!」

「いいよ、少し寝たい」


そう言って、団長はスタスタと歩き出した。傷があることがまるで嬉しいみたいにニコニコとして。

任務。そう、春雨の任務で三日間帰って来なかった団長。その三日間に何があったのか、あたしは知らない。
でも、きっと激しい戦闘を繰り広げてきたのだろう。

団長は強い。誰よりも強さを求めて、誰よりも強さを愛する人。それ故に団長は並外れた力を持っていて、今まで傷を作って帰ってきたことは無いのだ。
だからあたしは焦った。いつも無傷で帰ってくる団長しか見たことがなかったから。
歩き去る団長を追いかける。


「ダメです団長!!」

「何が?」

「傷はほうっておいたらバイキンとか入って酷くなっちゃいます、消毒させて下さい!!」

「傷はほうっておいたら治るものだよ、それに消毒はしみるからあんま好きじゃない」


殺し合いしてきた人が何みみっちいこと言ってんだか!!
団長はニコニコニコニコ。あたしはイライラしてくる自分を押さえ込んで言う。


「でも団長!」

「うるさいよ名前」

「でも!!」

「お世話係は素直に言うこと聞いていればいいんだよ」


そうこうしているうちに、団長の部屋の前に着いてしまった。
あたしは何も言えずに、どうしてこんなにイライラするのかも分からずに、ただ団長を見つめて立っていた。
お世話係は素直に言うこと聞いていればいい…それに言い返すことが出来ない。
だってあたしは単なる神威団長のお世話係にすぎないし、お世話係しか出来ないから。


「…あの」

「俺はもう寝るからね」

「…」


これ以上言ったら、団長の機嫌を損ねる気がした。
相手の機嫌ばかり気にして、何も言えないことがなんと情けないことか。
でも、あたしは何も言えない。


「…」


あたしと団長は違う。きっと神威団長は傷を作ることも、作られることも、楽しんでやっているんだと思う。殺すのも、殺されるのも。

神威団長が誰かに殺されるなんて思わないけど、もし殺されるような強い相手に出会ったら、きっと楽しんで死んでいく気がして、少し怖くなる。
それは想像でしかないけれど、あたしには想像するしか出来ない。

あたしは俯いて団長に言った。


「…おやすみなさい」


所詮お世話係なんてこんなものだ。居なくても、団長が困ることなんてない。
あたしが一礼して去ろうとした時、


「ちょっと待って」

「え…わっ!!」


神威団長があたしの左手を強く掴んで引っ張った。


「痛い!!」


夜兎の力は半端ない。あたしは腕が潰れるかと思った。


「これはどうしたの?」

「え…」


団長はあたしの左手を持ち上げて、人差し指に巻かれているバンドエイドを指差した。


「あ…先日、食事の支度の最中に包丁で…」

「ふーん」


ついドジをしてしまったのだ。
団長はジトっとあたしの指を見つめて、おもむろにバンドエイドを引き剥がした。


「っ…!」


ズキンと痛みがはしる。何やってんだこの人!


「こんな小さな傷もまともに塞がらないんだね」


団長が鼻で笑うように言う。
見ると、まだ生々しい小さな傷口から血がにじみ出してきていた。


「名前だって俺のこと言えないじゃないか、これちゃんと消毒してないでしょ?」


あたしはその言葉に少しカチンとくる。


「だ、団長の傷とあたしの傷じゃ規模が違いすぎます!!」

「関係ないよ」

「あります!!そんなに血流して、団長たちは傷にも血にも無頓着すぎるんですよ!!」

「無頓着なんかじゃない。それに名前だって十分無頓着だよ?」

「そんなんで、いつか死んじゃったりしたらどうすんですか!!?」

「それは困るな、もう殺り合えなくなるのは嫌だ」

「何言ってんですか!!」

「名前こそ何言ってんの?」

「は?あたしはだから…!!」

団長が珍しく笑っていなかった。目をうっすらと開いてあたしを見つめている。何故か怒っている気がした。


「俺の知らないところで勝手に傷作って…」

「え…」


団長は低く、呟くように言うと、あたしの血の出た指をそっと口に持っていった。そしてそれを口に入れる。


「いっ…!!」


柔らかい舌の感触が、傷の上を這って指がズキズキと痛む。
ぎゅっと目を瞑って痛みに耐えていると、ようやく指は解放された。
団長は指を放すと、夜兎の唾液はよく効くよと笑った。
あたしは困惑して団長から一二歩後退る。


「あ、あの…」

「俺が知らないところで傷を作るのは許さないよ」

「え…」

「名前と俺じゃ違うんだ」

「…」

「名前は弱い。そんなちっぽけな傷もなかなか塞がらない」

「…」

「もし今度何かで怪我したら、」


ゴクリッ…


「殺しちゃうぞ」


えええええっ!!怪我したら殺されるんですかあたし!!
何かいろいろ間違っている気がするのは、あたしだけですか!!?


「返事は?」

「…はい」


団長は、満足そうに笑うと、


「お世話係は素直に言うことを聞くのが仕事だよ?」


と言った。


「ところでさ」


と団長はいつもみたいにニコニコして首を傾げる。


「そんなに俺が怪我したの嫌だった?」

「はい?」

「だって名前、すごく心配そうな顔してたよ?」

「そりゃ心配しますよ…ってそうだ消毒させて下さい!!」

「まだそれ言うの?」

「はい」

「大丈夫だよ、こんなのすぐ塞がるって」


団長はケタケタ笑って、名前は心配性だと言った。


「ダメです消毒します」

「んーーでもしみるの嫌だなぁ」

「子どもみたいなこと言わないで下さい!」

「じゃあ舐めてくれる?」

「はい?」

「傷、今度は名前が舐めてよ」

「はあ?い、嫌です!!」

「えーー」


だいたいあたしの唾液にはそんなに治癒能力ない。

団長は相変わらずニコニコとこっちを見ていた。きっとあたしの反応を楽しんでいるんだと思った。
この鬼畜団長め!!

でも、あたしはこの団長の笑顔が少し好きだったりする。







弱くて優しい君
どうか俺の目のとどくところにいて










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800キリリク

20090211白椿