女が男ばかりの真選組でやっていくのって、けっこう大変だったりする。女の子特有の悩みとか話の相手してくれるのは女中のおばちゃんたちだけ、刀なんて振り回しているから同い年の女友達とだって話は合わないし、どう考えても職業の選択間違ったなぁと思う。それでも小さい頃から剣道大好きだったわたしは、今一応将来の夢を叶えたわけで、だからこの職を手放すことは惜しく感じているのだ。腕だってそれなりに認めてもらっている。


「名前見回り行くぞ」

「はーい」


煙草の匂いがふわりと香る彼の隣は、跳ねる心臓をよそに心地よい。落ち着く。それは生活を共にし、幾多の修羅場を共に乗り越え、戦場を駆け抜け、そうやっていっぱいいっぱいいろんな思い出を渡って、乗り越えて、そうやって手に入れたわたしの居場所だから。こうやって隣を歩けることはわたしにとって特別なこと。


「今日も平和ですね…」

「だな」


パトロールしてて何か事件に出くわすことなんて、実はあまりない。だから見回りは仕事と言う名のお散歩で、


「美味しそう…」


ふと目に止まった甘味屋の外に立つメニューを見てこぼれ出た言葉。


「…また、来るか」

「え?」


そう言ったのは土方さん。隣を歩いていた彼で、思ってもみなかった言葉だからちょっとびっくりするも、後から零れるのは小さな苦笑。わたしは頷いて口を開く。


「じゃあ、今度の休みにでも」

「おお」

「総悟たちも連れてみんなで」

「…」


そう言って笑顔をつくっておく。土方さんは少し後に煙にまみれた溜息をして、ああそうだなと一つ頷いた。優しさってそんなに簡単に振りかざすものじゃない。土方さんは、わたしが土方さんに思いを寄せていることを知っていた。同時に、わたしは土方さんの思い人がわたしでないことを知っていた。


ミツバさん…


彼は女性への思いやりの使い方をとことん間違える人だった。わたしは、そんな彼の思いを傷つけないように気を配るのが上手だった。だから、こんな奇妙な関係が生まれている。事あるごとにわたしを誘おうとする土方さん、その誘いをひらりとかわすわたし。


「それにしても今日は天気がいいですね」

「そうだな」

「あ、そういえば洗剤切らしてるっておばちゃん言ってたな」

「はぁ?」

「土方さん、ついでにスーパー寄って行きましょう」


別に彼の中にミツバさんがいてもいい。わたしは2番目でもいい。それでもわたしを女として見てくれるなら嬉しいと感じてしまうバカなわたし。そんなわたしが自分にブレーキをかけるのは、そんな関係になったら彼が傷つくことを知っていたから。土方さんは今は気づいていないようだけどね、分かるんだ。わたしなんかと付き合ったら、彼が始終ミツバさんへの思いに苛まれることになると。
わたしは土方さんを傷つけたいわけじゃないのだ。本当ならミツバさんのことも含め、癒してあげられる人になることが望ましい。でも、そんな力はわたしにはない。刀を振るわたし、仕事仲間なわたし。いつも使っている洗剤を手に取って、他に買うものはないかと考えていれば、彼が再び口を開く。


「なぁ名前、今度さ」

「なんですか?」

「二人でどっか行かねぇか?」

「…」


優しく笑ってそれもいいですねと頷く。でもきっと、日取りが決まったらわたしは断るのだろう。ごめんなさい、その日は用事があるんです。親に一度帰ってくるように言われていて。縁談の話がきているんですって。そう言って笑うのだろう。
レジを通り抜けて、買った洗剤の入った買い物袋を土方さんがさり気なく持っていく。それに思わず微笑んで、彼に続いた。買い物袋を持ったまま見回りを続ける後ろ姿にニヤニヤするわたしは気持ち悪い。それでも心地良いと感じて足取りは軽やか。しかし時は過ぎていくもの、


「さぁてと、そろそろ戻りますか」


決まって切り出すのはわたし。


「そうだな」

「ちゃんと洗剤も買ったし、おばちゃんに日頃の感謝を込めて」

「…帰るか」

「…はい」


おそらくそろそろわたしの縁談が成立する。それを彼は知らない。しかし、それを知っても彼が特にショックを受けないことを、わたしは知っていた。彼の中にはミツバさんがいるんだもの。別にわたしは2番目の女でもいい。でも、わたしが土方さんの女になっても彼を癒せるどころか、逆に傷つけてしまうことも知っていた。だからこのまま。このまま時は過ぎていく。


「今日も、平和だなぁ…」


ねぇ、ミツバさん。最近わたし思うんです。貴方は彼の心を独り占めできた代わり、彼と過ごす時間が短かった。わたしは彼と長く過せた代わり、彼の心を掴むことが出来なかった。中身は違えど結果は同じですね。空を仰いで、今は亡き彼女に語りかけてみた。
きっと交わることはない。もう離れていくのみ。だからこそ、わたしは、わたしが手にすることが出来た彼と過ごす時間というものを大切にしよう。残りわずかな時間の中で、彼の中に少しでもわたしがいたという傷跡を残そうと。ミツバさんが彼の心に傷跡を残したように。


「土方さん、」

「なんだ?」

「二人でどっか行くって、どこに行くんですか?」

「…まだ決めてねぇんだけどよ」

「はは、決めてないのに誘ったんですか」

「…おめぇどっか行きたいとこねぇのかよ」

「わたしはですねー」


成立しない未来の計画。それでも、どうか彼の中のわたしが少しでも輝きますようにと願って笑顔を振りまく。





ともに過ごした証を。

そして、笑顔でさようならを言う方法を必死に考える。





Thanks.英里さま
20100207白椿


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