「ねぇ、君はリンゴとモモどっちが好き?」


書類で一部分からない事があり、阿伏兎さんに訊きに行こうか、それとも後回しにしようか考えていたときに団長がそう話しかけてきた。正直団長の始末書で忙しく、そんな雑談に付き合っている暇はない。


「モモですね…でも今は食べたくありませんので」


ニコニコとリンゴとモモを持っている団長の顔を見ずにそう言った。


「モモかぁ…今俺ちょうどモモもリンゴも持ってるんだ」

「へぇ、それはいいですね、両方食べられるじゃないですか」

「一緒に食べる?」

「いえ、今はいいです」


さっきも言ったでしょ…とは言わない。ただ目は書類の文字を追ったまま。さっきの分からない書類は後回しにすることにした。次の書類は分かる。よし、ちゃちゃっと片すとしよう。


「そう」

「はい、お気づかいありがとうございます」


一応お礼を言っておいた。


「ねぇ、なんでリンゴよりモモのが好きなの?」


話は終わりではなかったようだ。デスクワーク担当の者はわたし意外にもいて、皆黙々と仕事をしている。どうして最近団長はここに来るのだろうという疑問を抱えながら。気が散ってしょうがないだろうから、早くわたしが会話を切り上げなくちゃと頭の片隅で考えながら、


「…味?ですかね…」

「味?」

「リンゴの酸味はあんま好きじゃないんです」

「そう」


なかなかに素早く切り返して話しに区切りをつける。きっと今ここにいるのも団長の気まぐれなんだろうと思いながら…でも最近やたら団長はここにやってくる。隣の席の桜子ちゃんも、最近よく団長名前ちゃんに話しかけてくるねとからかい交じりに言ってくる。何故か団長はここに来て、わたしに絡んでくるのだ。でも、わたしはきっとこれも団長さんが飽きるまでの何かの遊びなんだろうと思うことにしている。そして、そんな団長の相手をするのも一部下の仕事と割り切ってこうしているわけだ。


「俺はね、リンゴのが好きなんだ」


そして話はまだ終わりじゃなかった。聞いてもないのにリンゴのが好きだという情報を送り込んできた。隣の席の桜子ちゃんの背中が微かに震えている。きっと腹の中は大爆笑中だ。今わたしがどういう状況なのか一番分かっているだけに彼女は大爆笑中だ。


「俺ね、リンゴのが好きなんだ」


二回言ったこの人。


「そうなんですか」

「うん、だって、モモって皮を剥くと手がベタベタになるじゃない」

「…そうですね」

「だからね、リンゴのが好きなの」

「そうですか」


だから何だという話。団長がどっちが好きだって、わたしゃどうでもいいです…とは言わない。


「だから、リンゴ一緒に食べようか」

「は?いえ、わたしはいいです」

「そう」


次の書類に手を伸ばす。少しペースを上げないと今日のノルマは達成できないぞ。隣の席の桜子ちゃんが笑い終わって書類整理に戻っている。みんな黙々と作業している。わたし一人休憩しているわけにはいかない。


「ねぇ、モモってさ、どうやったら綺麗に剥けるのかなぁ」


まだ話は終わっていなかったのか。この部屋にいる全員がそう思った。どこまでリンゴとモモで語る気だろう。そして今すんごくどうでもいい話題だった。


「…さぁ」

「手ベタベタになるの嫌なんだよなぁ」

「じゃあリンゴ食べればいいんじゃないですか」

「でも、名前はモモのが好きなんでしょ」


…あらま、


「団長、わたしの名前知ってたんですか…」

「ん、まぁねー」

「…」

「んー…いっちょやってみっか」

「…え」


団長はリンゴを置いてモモに指を立てる。

グシャっ

可哀相なモモが出来あがった。


「あーあ、手ベトベト」


…あーあ、始末書もベトベト…。団長、なんでこんな近くでモモ剥くの…?とは言わない。気づけば団長は触れるくらい近くに接近していた。思わずのけ反る。


「ね?だからモモは嫌なの」

「…そですか」


とりあえずベトベトになってしまった書類を、他の書類に被害がないようにそっとゴミ箱まで運んだ。阿伏兎さんとこ行かなくちゃ。


「あり?どこ行くの?」

「阿伏兎さんとこ行ってきます」

「え?阿伏兎んとこ行くの?」

「はい」

「待ってよ」

「はい?」

「その前にリンゴ一緒に食べようよ」

「…」


こりゃ下手に会話切り上げようとするより、言うこと聞いておいた方が早いと判断し、


「…じゃあ、お言葉に甘えて」


言ったら団長は嬉しそうに笑った。


「今度モモも上手く剥けるようにしとくからさ」





恋する兎の標的





Thanks.リコさま
20100223白椿


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