わたしは、随分神威に大事にされてきたのだなぁって思った。夜兎の惑星で育った地球産…海坊主さんに拾われて娘のように育ててもらった弱い弱い地球産…それがわたし。当然海坊主さんや神威や神楽のように戦えないし、すぐに怪我するし、いっぱい迷惑かけてきた。それでもみんないつも笑顔でわたしに話しかけてくれる。遊びに誘ってくれる。


「俺さ、ここ出て行くよ」


あの日、何故か神威はわたしにだけそれを告げた。少し困惑して、そしてとっても悲しくなった。


「もう会えない?」


そう聞くと、神威は青くて綺麗な瞳でわたしを射抜く。


「一緒に行く?」


わたしは何回か瞬きして、質問の意味を噛み砕く。神威と一緒に行けば、神威とは一緒にいられるけど、神楽や海坊主さんとは会えなくなるのだろうか…?でも残れば神威とは会えなくなってしまう。どうしよう…どうしよう…
幼いながらにこれは重大な選択だと思って考えると、頭がパニックになる。視界がぼんやりしてきたなぁと思ったら、


「名前ごめんネ?困らせたかったわけじゃないんだ」


そう言って優しい笑みと共に頭を撫でてくれた。
そんな、そんな優しい神威が海坊主さんの片腕を奪って宇宙へ旅立ってしまった。あの時、わたしがちゃんと答えを見つけて言葉を紡いでいれば、こんなことにはならなかったのかな?そんなことを考えて涙が溢れだす。神楽が泣かないでとわたしを励ます。優しい兄ちゃんに置いてかれて、神楽だって泣きたいだろうに、幼い手でわたしの頭を撫でる。情けなくってさらに涙が溢れた。
時が流れれば気持ちは少し落ち着きを取り戻した。海坊主さんがあまり帰ってこなくなった。神楽があまり笑わなくなった。今度はわたしが頑張らなくちゃと思う。神楽のためにいろんなことを試みた。一緒に散歩もしたし、料理も洗濯も買い物も全部一緒にした。笑顔を心がけた。そんなふうに時は流れる。でも、わたしの努力は実らない。神楽も、ここを出て行ってしまった。わたしは、一人になった。夜兎でもないのに、夜兎の惑星に一人になった。


「久しぶりだね名前」


曇り空の下、ゆっくりゆっくり散歩していた時にふとかけられた優しい声に振りかえる。そこにはわたしが大好きな優しい桃色。


「あ、…」


最後に見たときよりも大きくなったその体。長くなったみつあみ。


「…神威?」

「うん、名前迎えにきたよ」

「え?」


神威がわたしを迎えに来たのだと言った。一緒に宇宙へ行こうと言った。でも、わたしは俯いてしまった。ここにはいっぱい幸せな思い出がある。初めて幸せを感じれた場所。みんな出ていってしまったけれど、ここはわたしの宝物なのだ。出ていくことがためらわれる。それに、わたし弱いから、神威の役にはきっと立てないし…神威の邪魔になりたくない。


「…一緒に行くのイヤ?」


小さく頷いた。


「そっか」


すると小さな返事がすぐ背後から聞こえた。びっくりして振り返るとさっきまで前にいた神威がそこにいて、


「でもごめんネ、連れてくって決めたんだ」


少し衝撃があって、意識を手放す。

気づけば灰色の天井。温かい布団に寝かされている。少しだけズキンと痛む頭を押さえて起き上がると、小窓から宇宙が見えた。神威に連れてこられたんだと瞬時に理解した。


「名前」


名前を呼ばれて振り向くと神威がいる。


「ごめんネ、痛かった?」


そうやって頭を撫でられる。少し痛かったけど首を振る。そうしたら安心したように神威は笑った。


「名前、今から地球に向かうからネ」

「地球…?」

「そう、名前の故郷だよ」

「…」

「そこに着いたらさ、聞いてほしいことあるんだ」

「…うん」


何か真剣な空気だったから、迷わずに頷いた。神威はありがとうと笑った。
そこから、何日間か宇宙船での生活をした。神威が今何をしているのかも聞かされた。夜兎らしいことだと思ったから、あまり嫌悪はしなかった。もとより夜兎とわたしの違いを身近に感じながら生活してきたから、動揺は少ない。そのことに阿伏兎さんが少しばかり驚いていた。


「名前、地球に着いたよ」


神威はそうやってこちらに手を差し出した。どんなに戦場を駆け抜ける恐ろしい春雨の団長と聞かされても、この優しい笑顔を見ると安心してしまうから不思議だ。差し出された手に自分のを重ねる。手を繋いで船を出る。神威は傘をさした。


「やっぱ包帯も必要だったかな…」


そんな呟きを聞いた直後、眩しい光に目が眩んだ。


「わ…」

「…ここが名前の故郷だよ」


眩しくて明るい世界にびっくりする。地球にいた頃の記憶はほとんどないからこんな明るい世界が自分の故郷だってことに少しばかり驚いた。鉛色の空ばかり見ていたから、鮮やかな青いそれに目を見張る。


「…きれい」

「うん、そうだね」


そう言った神威に視線を送る。傘の隙間から青空を見ていた彼はこちらを見てニコリと笑った。そして口を開く。


「話、聞いてくれる?」


無言で頷く。


「俺はね、あの日から名前を忘れたことはなかったよ」


あの日って、神威が出て行った日かな…?もう一度無言で頷く。


「出来たらさ、一緒に来てほしい」

「…」

「でも、もし名前が嫌なら強制はしたくない」

「…」

「だけど、あの惑星に一人残しておくのは嫌なんだ」

「…」

「名前は地球産だから、もし定住を望むならこの地球にしてほしい」

「…」

「俺と来るか、地球に住むか、どっちか選んで」


目の奥がじわりと熱くなって、涙で視界がかすむ。


「名前?」


神威が心配そうにこっちを覗く。涙をぬぐう。
だって、わたし、神威や神楽にとって邪魔な存在なのかと思っていたから、捨てられたと思っていたから、そんなふうに言ってもらえるなんて思ってなかったから…


「か、神威と、一緒がいい…」


小さく呟くと、ふわりと抱きしめられる。


「…良かった」


左耳に優しい声、視界の端にふわりと転がる傘。ぼやけた視界に青空が眩しい。





空が青いね


「…神威」

「なに?」

「もう少し空見てていい?」

「いいよ、…名前は地球産だもんね」

「うん」





Thanks.紀紗@kisaさま
20100207白椿


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