そういえば、今日は朝からアイツの姿を見ていない。夕日が沈みかけた赤い世界で、ふとそんなことに気づいて少しばかり周りを気にしながらゆっくり歩いてみる。廊下、食堂、道場、自室、…中庭。中庭を最後にしたのは、中庭が一番可能性があると俺の脳が知っていたからだろう。そしてその予感は的中するのだ。手入れされた庭の中で、一番大きくて立派な桜の木。その根元にうずくまる人影。


「こんなところで何やってんでィ」


言っても返事は無かった。幹におでこをくっつけてしゃがみこんでいる、はたから見たら変な女の子。名前は小さい頃から、何か悲しいことや苦しいことがあるとこうやって大きな木の幹にもたれかかって一人で泣いていた。その癖は今も健在なわけだ。


「おい無視すんな」

「いて」


頭にチョップを落とすと短い悲鳴。両手で頭を押さえてゆっくり振り向いた。


「アレ、てっきり泣いてるのかと思ったのに残念でさァ」

「…ひどい」


その三文字を言って再びふいっと顔を背ける。泣いてはいなかったけれど、今にも泣きそうな顔をしていた。俺は溜息して名前の隣まで歩み寄って、同じようにしゃがみこんだ。


「…向こう行ってよ」

「嫌でィ」


こういう時は、実は誰かに側にいてほしいとき。木の根元にいる名前はいつだって心と逆の言葉を吐きだす。いつもの無邪気で素直な彼女はどこへやら。変に意地を張ってつっぱる。バカだからしょうがない。


「何があったのか言いなせェ」

「…別に何もないもん」

「嘘つけ」

「…総悟には関係ないもん」

「…」

「…」

「土方さんのことですかィ?」


ピクリと彼女の肩が反応した。当たり。


「よくもまぁ飽きもせずに」

「うっさい」

「だってお前つい一昨日だって何かもめてただろィ」

「…うっさい」


と言っても決して仲が悪いわけじゃない。喧嘩の理由は、ポテチにまでマヨかけんな、とか、土方スペシャル近くで食うな、とかそんな些細なことが発展して言い争いになる、そんな感じ。たいてい問題なのは土方コノヤロー。でも、彼にとってマヨとニコチンは生きていくための糧。そう簡単にやめられるものではないようだ。マヨとニコチンを除けば、土方さんは名前のことをそれはそれは大切にしている。だから、喧嘩の数の多い二人は、仲直りして笑い合う数も多い。すぐに仲直りして、すぐに喧嘩する。


「まぁ、喧嘩するほど仲が良いとも言うけどねィ」

「…」

「…そんな喧嘩すんなら距離置けばいいと思うけどねィ」

「…だって、」

「…」

「……好きなんだもん」


認めたくはないけれど、お似合いのカップルなのだ…二人は。


「まぁ、頑張りな」

「…」


赤かった世界が、灰色がかったブルーへと。綺麗なグラデーションの空にキラリと一粒光る星。


「名前―、どこ行ったー」


土方さんの声が遠くで響く。名前の肩がまた少し反応した。


「愛しの彼がさがしてるぜィ」

「…」

「上手くやれよ」


立ち上がって一歩、二歩、三歩目でもう一度彼女を振り返り見る。


「もし、」

「…なに?」

「もし、一週間土方さんと喧嘩せずにいられたら、何かおごってやらァ」

「…」

後は振り返らずに歩いて歩いて、青く、黒く染まった江戸の道。序々に暗くなる道を見つめて虚しさに震える心を見ないフリ。
姉上の時もそうだった。名前の時もそうなるのだろう。一週間、本当にあの二人が喧嘩せずに仲良くできたなら、何をおごってやろうか。…やっぱ食いもんだろう、うん、白玉あんみつがいい。アイツの昔からの好物だから。


「…好きな食べ物は白玉あんみつ」


好きな色は空色。嫌いなのは害虫とニンジン。素直ぐらいが取り柄のくせに、いざというとき意地を張って、最後には泣く。女のくせに剣術だけ異様に強くて、でも女だからって少し差別されて、それが気に食わないって怒る。
姉上のことが大好きで、あの事件の日には俺以上に泣いていたっけな。小さい頃姉上から貰ったという桜模様のハンカチを、すでに薄汚れた桜色のハンカチを今でも大切に大切に使っていて、何か悲しいことがあれば桜の木にもたれかかって、誰かが見つけてくれるのを待っている。いや、正確には土方コノヤローに見つけてもらうのを待っている。俺はお前のことは何でも知っているし分かるんだ。好きなものも、好きなことも、好きな場所も、嫌いなものも、嫌いなことも、苦手なことも、何をすれば笑顔を見せるかも、何をすれば涙を流すかも。そして、誰に思いを寄せているかも…誰から思われているかも。歳は俺の方が近いというのに…相談事を聞いた数だって、慰めた数だって俺の方が多いのに。


「…」


完全に暗くなった江戸の道。月明かりに照らされてほのかに浮かび上がる江戸の道。見上げれば今日は満月。どうりで明るいわけだ。


「…二人が一週間仲良くできますように」


一週間仲良くしてくれれば、俺は名前を甘味屋に誘えるし…とか。そんなご褒美でもない限り、俺があの二人を笑って応援なんて、出来るわけないんだ。どうか、笑ってあの二人を応援できますように。満月を見上げて無理矢理微笑んでみる。





に群雲、キミにアイツ





Thanks.相馬 零さま
リク:片思い総悟と土方の彼女
20100307白椿


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