大丈夫と意気込む姿は強がっているのがバレバレで、楽しかったと笑った顔には悲しみが隠し切れていない。戦場に立つ彼女は強いのに、その存在はあまりにも脆いバランスで不安定に揺れていた。殺しも血も好きじゃないくせに、戦場に立たなくては膨張する夜兎の本能に呑まれる恐怖に苛まれるからと自ら刃を持つ。戦場に立てば辛そうで、戦場に立たなければ苦しそう。名前は夜兎の血を色濃く受け継いだのと同時に、優しさなんてのも色濃く受け継いだ弱い獣だった。
「ぅうっ…ひっく…」
「よしよし」
俺はそんな彼女が嫌いじゃなかった。小さい頃からいつもそう。大丈夫と強がって、楽しかったと血を舐めて、言うことはいつだって心とは裏腹。そうやって上手く夜兎に溶け込もうと必死だったのだろう。だけどそんな心に無理ばかりかける生き方をしていたら限界がくる。彼女はそんな負荷に耐えられるほど丈夫ではないんだ。
「…っ、…っく」
「よしよし」
耐えられなくなって溢れ出るのはいつも透明な涙。溢れ出ると、彼女は決まって俺のところにやって来る。そういうときは、よしよし、って言葉を添えて優しく頭を撫でてあげる。これが一番良い方法だと、小さい頃からの経験で知っている。
「よしよし…」
別に面倒でも何でもない、ただ心地良いこの時間を俺もゆっくり楽しんでいる。彼女は弱くていい、いや、彼女は強い。弱いけど強い。だけどみんなそのことを知らない。みんな、彼女を生粋の夜兎と信じている。血が好きで、殺しが趣味で、冷徹で残酷な、上辺の名前しか知らない。彼女のつく下手くそな嘘を見破れないみたい。
「よしよし」
「…」
何故か、みんなが上辺だけの名前しか知らないってことが嬉しくって仕方ない。泣いてる名前を知っているのは俺だけ、それを思ったら笑いが止まらないよ何でだろう。
「よしよし」
「…ありがと…も、大丈夫…」
「そ?」
だから彼女が泣く時、なるべく俺は彼女の全身を包み込むようにする。なるべく外気に晒さないようにする。人目に触れぬよう、誰かに知られぬよう。
「まぁ、またいつでもおいでよ」
「…神威は優しいのね」
「まぁね」
「くすくす、じゃあ、…また、来る…」
「うん」
彼女が俺に信頼できる場所を望むのならそうなろう。泣く場所を望むのならつくろう。笑いたいというのなら笑わせる努力もしてみよう。抱いてほしいのなら優しいのも激しいのも思うようにしてあげるし、誰か殺してほしいというのなら喜んで血を浴びよう。君の望むことは何でもしよう。だから、どうかその儚い強さを持ち続けておくれ。俺だけが知るその弱さをいつまでも持ち続けておくれよ。
「それじゃあね、神威、大好きよ」
嘘ばっかり。夜兎なんて大っ嫌いなくせして、でもすがれるのも夜兎だけなんだもんね?可哀相に。下手な笑顔で手を振る彼女に手を振り返す。
「…またおいで」
それでも彼女は強いから。
「俺も名前のこと好きだよ」
「…ありがと」
俺は少なからず惹かれていているのは事実。
でも、彼女の心はここにはなくて、心どころか身体さえ、俺たち二人が交わることはないだろうと、俺はもう随分前から確信している。
君は僕の腕の中で泣く
だから、彼女の弱さを知るのは俺だけと、その事実だけで満足しようと足掻くんだ。
Thanks.NaANさま
20100210白椿
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