お前って趣味悪いよなあ。

コンビニで身を乗り出すようにして熱心にアイスを選んでいたら、凰壮がしみじみと呟いた。凝視していたアイスのパッケージから視線をあげ、ゆっくり凰壮に振り向くと、流れる景色の中から現れる。私の隣で、同じようにアイスを選んでいた凰壮は、いつもと寸分違わない。アイスに視線を配る横顔が見える。ガリガリくんのコーラ味を手に取って、品定めするようにパッケージを眺めると、お気に召さなかったのだろうか、量産されたガリガリくんコーラ味の群の中に、その手に取った一つを戻した。

「凰壮は、雪見だいふく嫌いだっけ?」

趣味が悪いとは、先程まで私が悩んでいたアイスのことを言っているのだろうか。通常の雪見だいふくか、新発売抹茶味か、どちらを買おうか思案していたのだが、こんなに全国各地で長い間愛された商品を捕まえて食べ物の趣味が悪いと言われるなんて。それとも、抹茶味が嫌いなのかな?などと首を傾げると、「なんの話だよ」と呆れた声が聞こえた。違った。

「男の趣味だよ、おとこ」
「おとこ?」
「景浦のファンクラブ入ったんだろ? 竜持からきいた」

凰壮がアイスケースから離れ、私の後ろを横切っていく。凰壮の動作を目で追って、私もアイスケースから体を離し、凰壮の後について行く。

「つーかなんだよファンクラブって。芸能人かっつーの」

自分から話題にしたくせに、景浦くんの名前が出てから、少しだけ機嫌が悪そうで、吐き捨てるような口調をした。ときどき、こういう喋り方をする。凰壮。面倒くさい時なんかに。でも今日は、それに加えて声がふて腐れてる。凰壮は、景浦くんのことになると、いつもこうだ。嫌いというわけでは、ないと思うんだけどなあ。気に食わない、らしい。

「ファンクラブまであるくらい人気なんだから、趣味が悪いってことはないと思うけどなあ」

凰壮の言葉が納得いかず、先程とは左右逆に首を傾げた。論拠のある、至極まともな意見である。けれども凰壮は、レジの前で止まって「肉まんかあ」と、まるで私の話を無視した。

「これだけ寒いのにさあ、なんでアイスなんて選んでたんだろうな」
「なんでだっけ? 肉まんかあ、私はあんまんかなあ。ああ、でも肉まんもいいなあ」
「お前、アイスはどうしたんだよ」
「アイスを食べるには今日は寒いし」

アイスが食べたいって言い出したのはお前だろ。
凰壮が呆れたように眉を顰める。そうだっけ。確かにそう言われてみれば、部活中はアイスが食べたいなあって、そんなことばっかり考えていた気がする。けど、そんな前のこと、忘れちゃった。

「すみませーん、肉まんください」

愛想のいい笑みを浮かべていたレジのお姉さんに声をかけると、「はあい!」と元気のよい返事が返ってくる。軽快にレジを数回打って「百三十円です」と言い残すと、お姉さんは肉まんを迎えにいった。財布をカバンから取り出して小銭を漁っていると「お前、あんまんじゃなかったのかよ」と凰壮が言う。

「うーん、あんまん……あんまんもねえ、食べたいんだけどねえ、でも部活終わりで、いまお腹空いてるし、そうしたらやっぱりお肉の方がいい気がした」
「あっそ。すみません、あんまんもください」
「はあい!」
「凰壮、肉まんじゃなかったの」
「んー」

私の横で、お尻のポケットから財布を取り出した凰壮が、ぼんやりとした返事をする。見つけた百円を、私が出していた百三十円の上に軽く落とした。
肉まんとあんまんを持ってきたお姉さんが「二百三十円、ちょうどお預かりします」と、やはり愛想のいい笑みを浮かべて、肉まんとあんまんが入った袋を差し出す。凰壮がそれを受け取ってコンビニから出ていくので、後ろについて行った。ありがとうございましたあ、とお姉さんの声に見送られて、寒々とした外に出る。
外は暗い。すっかり日が短くなった。部活帰りはいつも、もう夜だ。
日が短くなってから、凰壮は部活終わりに、柔道部よりも先に部活が終わる私を待たせて、一緒に帰らせるようになった。送ってくれているのだろうか。気まぐれかもしれない。凰壮とは小学生のころからの腐れ縁だし、単純に、家が近いのだ。

「ほらよ」

凰壮が袋から取り出した肉まんを私に差し出す。お礼を言って受け取ると、今度はあんまんを取り出して、紙袋を開けた。二つに割って、一つを私に差し出す。

「え、くれるの?」
「なんでだよ。お前も半分よこせよ」
「ああ、なんだ」

凰壮にもらった肉まんを半分に割って、半分になったあんまんと交換した。紙袋の中で、歪な中華まんが出来上がる。

「ありがとう、凰壮」
「なにが」

凰壮はつまらなそうに呟いて、肉まんを頬張った。

「そんなことより、なんで入ったんだよ」
「? なにに?」
「鳥頭かよ。ファンクラブだよ、かげうら」
「ああ、そのこと」

指先が熱い。きっと、肉まんとあんまんがおしくらまんじゅうして温かいからだ。控えめにあんまんを頬張る。食べられなかったはずのあんまんの甘さが口の中で広がって、幸せ。

「あんまり言いたくないなあ。凰壮に恋バナなんて、気恥ずかしくてしょうがない」
「なんだよ、お前景浦のこと好きだったのかよ」
「んー、そーかなあ」

曖昧な返事で濁すと、凰壮は「あっそ」と呟いたあと、それ以上何も聞いてこなかった。実際は、さほど興味なかったのかもしれない。
二人で肉まんとあんまんの双子を頬張って家路を歩く。
美味しいなあ。

「げ」

凰壮が、足を止めた。同じように、その場に留まる。

「なに?」
「かげうら」
「え?」

やあ、降矢くん。
向かいからゆっくりと、けれども大きな歩幅で近づいてくるのは、凰壮の言った通り、紛れもない景浦くんだった。
なんで景浦くんがこんなところに。
噂をすればなんとやら、だが、桃山町で会うなんて思わなかった。

「お前、なにしてんだよ……」

凰壮が怪訝な声できいた。眉に皺ができていて、機嫌が悪いと顔に書いてある。

「翔くんに用事があってね。まさか降矢くんに会うとは思わなかったけどな」

わあ、あの景浦くんが目の前で喋ってる。やっぱりかっこいいなあ。サッカーだってすごく上手い。彼をはじめて見たのは未来カップの決勝戦に応援に行ったときだけれど、あの凰壮が本気になっていたくらいだもの。
じっと眺めていたら、景浦くんがこちらに視線をよこして、思わず顔を逸らした。なんでよりによって、肉あんまんなんて食べているところを。折角なら、パフェとかプリンとか、可愛い食べ物食べてればよかった。あ、でも歩きながらパフェとかプリン食べられないよね。行儀悪いよね。じゃあやっぱり、肉あんまんでよかったのかなあ。

「降矢くんはなにしているんだい?デート?」
「バカじゃねえの?そんなんじゃねえよ」

バカってなんだ。私とデートするとバカなのか?
凰壮を小さく睨むと「こいつなんて、趣味悪すぎだろ」と付け足された。ムッ。

「そうかな、僕はお似合いだと思うけど」
「お前、それバカにしてんのかよ」
「ちょっと、凰壮」
「いや、その子可愛いじゃないか」
「え」
「は」

私と凰壮から、同時に驚きの声があがる。その反応に、景浦くんも不思議そうに首を傾げた。
まじか。

「景浦って、女はみんな同じ顔に見えるタイプだろ」
「こら、凰壮」
「僕は一度見たものは忘れない記憶力を持っているんだ。似ている顔はあっても、同じ顔には見えないね。みんなそれぞれ違いがある」
「あーっそ」

凰壮が煩わし気に相槌を打った。望ましい答えではなかったのだろう。景浦くんって、受け答えがひどく真面目だ。人のことからかいたい凰壮とは、相性悪そう。
それにしても、まさか憧れの景浦くんに可愛いなんて言われるなんて、まるで天と地がひっくりかえったかのようだ。
照れている私を察したのか、凰壮が嘲け笑いながら「よかったじゃん。夢子、景浦のファンクラブ入ってんだろ?」と言った。

バカ!なんで本人の目の前で言うの!

怒鳴って窘めたい衝動に駆られたのだけれど、目の前に景浦くんがいるのだから、そんなはしたないことできない。代わりに、肉あんまんを持った指先くらいに、頬が熱くなったのがわかった。

「へえ、そうなんだ」

どうしてこんな恥ずかしい思いをしなければならないのだろうか。景浦くんの視線が痛い。ひどく痛い。真っ直ぐに私を見る。何を考えているかわからない。居た堪れない。顔はますます熱くなって、思わず伏せた。

「君、僕のこと好きなのかい?」

ド!直球!

あまりの衝撃に頭は真っ白になり、言葉はたどたどしく「あ」「い」「う」と五十音を上から連ねるだけで精一杯になってしまった。
景浦くんだけじゃない。
隣の凰壮も目を細めて私をジッと睨む。余計に頭の回転は鈍くなって、言葉が出てこない。なんで凰壮、助けてくれないの。いつもなら、助け船だしてくれるのに。

「あの、その……あ、憧れているっていうか……」

やっとのことで絞り出すと、景浦くんは「へえ」と興味のなさそうな相槌を打った。

「それじゃあ今度僕の試合見にきなよ。チケットあげるから」
「え、あ、い、いいんですか!」
「ああ。いいだろう?降矢くん」
「……なんで俺に聞くんだよ」

暢気に喜ぶ私を余所に、景浦くんは再び凰壮へ視線を戻した。話を振られた凰壮は、先程よりもずっと不機嫌そうに、声を低くした。凰壮、何怒ってるの。

「許可をもらっておこうと思って」
「嘘吐け。おい夢子、たぶらかされてんじゃねえぞ。こいつお前なんかに興味ねえからな。俺のこと煽りたいだけだから」

凰壮の矛先が、私に向く。
しかしながら、凰壮の忠告虚しく、私は首を横に振った。

「別にいいよ。折角景浦くんが招待してくれるって言うんだもん」
「はあ?なんだよ、お前本当のバカかよ」
「バカで結構ですよ。どうせ趣味悪いもんね」
「はい。じゃあこれチケット」

景浦くんがエナメル鞄から取り出した試合のチケットを差し出した。肉あんまんを持たない方の手で受け取って、極上の笑みでお礼を言う。黒字に赤い文字で描かれたチケットは、懐かしいプレデターのユニフォームを思い出して、どこか親近感を持たずにはいられなかった。ざっと瞳を泳がして、試合の詳細を確認した。

「おい」

あ。


「……行くなよ」


……。


「……景浦くん」
「ん?」
「ごめん、これ行けないや」
「? どうしてだい」
「あの……この日、凰壮も試合あるの」
「は」

凰壮が目を丸くするのが、夜道を照らす現代的なコンビニの灯りに助けられ、見えた。

「そうか。それじゃあ仕方ないね」

実にあっさりと、景浦くんは私からチケットを受け取って、再びエナメル鞄にしまった。

「また負けてしまったようだね、降矢くんには」

凰壮の言う通り、景浦くんが興味を持っていたのは私でもなんでもなく、凰壮だったようだ。凰壮は溜息を吐いて、やはり煩わし気に、頭を乱暴に掻いた。

「別に張り合ってねえけど」
「そうかな。不機嫌そうに見えたけど」
「それはお前のせいだろ」
「? なにか違うかい?」
「ああ、もういいよ。お前と話してると、調子狂うんだ」

シッシッと、犬でも追い払うように、手をはじく動作をした。
すると、ずっと無表情だった景浦くんが、脱力したように笑った。

「次はサッカーで勝負したいな」
「……機会があったらな」
「君、今度は試合見にくるといいよ」

景浦くんは私たちの横を切って、去って行った。
残された私たちは、景浦くんの背中を見送ってから、どちらともなく歩き出す。けれども、先程よりもずっと、小さい歩幅だった。まるで歩き方を忘れてしまったように、たどたどしく黒のコンクリートの上を歩く。ずっと放置していた割に、未だに指に抱えた肉あんまんが温かい。思い出したように頬張ると、冬に入りかけている秋の風に晒された中身が、少しだけ冷えていたけれど、食べ進めると、再び熱を取り戻した。

「お前、行かなくてよかったのかよ」

降ってきた言葉が、夜道の暗さに消えてしまいそうだった。聞こえてくる声が、本物かどうかわからなかった。たぶん、緊張しているからだ。凰壮と、こんな雰囲気、初めてだから。
凰壮に視線を送る。凰壮も、横目で私を見た。
景浦くんに痛いほどの視線を刺されていた時よりも、ずっと緊張していた。

「……景浦くんは、好きだけど」
「……」
「それは、恋じゃないし」
「恋バナするの恥ずかしい、って言ってたじゃん」
「そうだっけ。そんな前のこと、忘れちゃった」

なんだよ、それ。と凰壮が、やはり納得いかないように呟いた。

わからないかなあ。凰壮に恋バナなんて、恥ずかしくてできないって、私言ったじゃない。凰壮のこと、本気にさせちゃう、景浦くんに憧れてファンクラブ入ったんだよ、私は。凰壮、そんなこと、わからないかなあ。

食べ進めたあんまんがいよいよ終わりを迎え、肉まんに突入した。割ったことでむき出しになっていた断面を齧ると、微かにあんまんの味が移っていて、少しだけ甘かった。
不思議な味だった。

「……凰壮」
「なんだよ」
「美味しいねえ、肉あんまん」
「なにそのネーミング。お前、やっぱ趣味悪いよな」

凰壮が笑った。

幸せの味がする。



あかしさま
初めまして、ナコといいます!
企画への参加、ありがとうございました!
大変遅くなってしまってすみません…><
いかがでしたでしょうか……ちゃんとVSになってるか不安ですが…><
景浦くんはじめて書きました……!ど、どんな口調だったっけ…
とたどたどしく書いたので至らないところあるかとも思いますが、
宜しくお願いします…!
素敵な夢、と言って頂けて、とても嬉しいです!
ありがとうございます;;
この話もあかしさまに気に入っていただけることを祈っています……!

それでは、ありがとうございました!^^
今後ともよろしくお願いいたします!
では!
(20131023)
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