「おはようございます、夢子さん」

翌日、登校中の通学路で、後ろから声をかけられた。
振り向くといつものように笑みを携えた竜持くんと、兄弟である、虎太くんと凰壮くんがいた。

「……おはよう竜持くん。虎太くんと凰壮くんも」
「ん」
「おはよ」

二人はそっけなく挨拶を返してきた。二人とは特に親しくはないが、今みたいに竜持くんに話しかけられる時によく一緒にいたりするので、ぼんやりと話したことはあった。

「夢子さん」
「……なに?」

私は臨戦態勢をとる。
さあどっからでもかかってこいよ!

「スカートめくれてますよ」
「ぎゃあ!」
「白ですか」
「ぐ、う……!」

わざわざ色まで言わないでよ!……といつもなら言うところだろう……。
しかし今日は違う。平常心平常心。

「お、教えてくれてありがとう」
「……」

ぎこちなくも笑顔で対応すると、竜持くんは少し目を見開いて驚いた顔をした。
どうだ!さまーみろ! 私は心の中でガッツポーズをする。

竜持くんはしばらく考えるような動作を見せてから意味ありげな笑顔で「どういたしまして」と言った。
そして「さあ、はやく学校に行きましょうか。遅刻してしまいますからね」と虎太くんと凰壮くんと並んで歩き出す。

やけにあっさりしてるな、と思い睨むように後ろから背中を眺めていると、振り返った竜持くんと目が合った。私がニコッと笑ってみせると、竜持くんも目を細めてニタァと笑った。

こいつ、またなにか企んでいるな……。
気が抜けない一日が始まりそうだ、と感じた。




しかしながら、常に臨戦態勢を崩さぬ私とは裏腹に、竜持くんはいつも以上に何もしてこなかった。
たまに思い出したように話しかけてくるが、内容は他愛もないものばかりであり、その度に私は拍子抜けすることとなった。

思い過ごしだったのかな……。
そう思い始めたころだった。

事件は起こったのだ。





昼休み、外で遊ぶため靴を履きかえようとした。靴箱を開けると、紙が一切れ入っていた。
見慣れないソレを不思議に思い、手に取って開いてみると『突然のお手紙ごめんなさい。実はずっと君のことが好きでした。返事を聞きたいので、会えないでしょうか。放課後体育館裏で待ってます。』と書いてあった。
これは!ラブレター!
私は生まれて初めてもらったラブレターに有頂天になった。
友人にどうしたの?と聞かれたが「何でもないよ」と咄嗟に隠して平静を装った。
しかしながら頭の中は手紙の主のことで頭がいっぱいだった。
差出人は書いてないが、一体どんな人だろう。同じ学年かな?知ってる人かな?私のどこを好きになってくれたんだろう?
私は放課後を楽しみにしていた。

昼休みが終わって教室に戻り席に着くと、竜持くんが「嬉しそうですね?」と声をかけてきた。「ちょっとね!」と言うと「楽しそうでなによりです」と竜持くんは笑った。

あー早く放課後にならないかな!

私は油断していたのだ。今日一日大人しかった竜持くんに。この時の自分に言い聞かせてやりたい。あいつは、竜持くんは悪魔なんだよ、と。



放課後、いつも一緒に帰る友人に先に帰るよう伝えてから、待ち合わせ場所である体育館に向かったので少し遅れてしまった。
先ほどまでは楽しみだったのが、今は緊張に変わっていた。告白なんてされたことないもの。

渡り廊下を回って体育館に着く。小走りだった足を緩め、ゆっくりと裏に回った。
角を曲がれば待ち合わせ場所、というところまで来て足を止める。大きく一回深呼吸してから、意を決して足を進めた。
さあご対面!

しかしながらそこにいたのは、ご想像通り、あいつだった。

「遅かったですね、夢子さん」
「え……竜持くん?なんで……?」

ランドセルをしょった竜持くんはにっこり笑って私を出迎えた。

「どうでしたか?束の間の時間は楽しめましたか?」
「は……?」

竜持くんが何を言っているのかよくわからない。

「告白のひとつもされたことのない夢子さんに、夢のようなひと時をプレゼントしてあげたんですよ」
いかがでした?と竜持くんは言った。

あまりの真実に言葉を失った。いくらなんでもこれは酷い、酷すぎる。

夢子さん?と顔を覗き込んでくる竜持くんに、私は笑顔で対応なんてできるはずもなかった。

「竜持くん、楽しい?」
「まあそこそこ」
「『そこそこ』楽しいことのためにこんなことしたの?」
「んーだって今日の夢子さん、ニコニコしててつまらなかったですからね」
「人の気持ち弄んで最低だね、竜持くん」
「自負してますよ」

いけしゃあしゃあと。私の怒りは最骨頂に達した。

「竜持くんて、ほんと、悪魔だよね!」

今までにないくらい感情をこめて言い放った言葉は、思いのほか響いて聞こえた。握ったこぶしが震えていて、思った以上に自分が怒っているのがわかった。
竜持くんはいつもみたいに笑わず、じっとこちらを見る。
怒ったのかな?と思うと余計に怒りが込み上げてくる。怒る権利なんて竜持くんにはないじゃないか。
私は竜持くんを睨んだ。目頭が熱く、気を緩めたら涙が出そうだったけど、こんな奴の前では絶対に泣きたくなかった。

しばらくすると竜持くんは困ったように眉を下げて笑って「よく言われます」と言った。
竜持くんはくるりと踵を返して去って行った。
喜んだ自分馬鹿みたいとか、期待した自分恥ずかしいとか、なんで気付けなかったんだろうていう後悔とか、竜持くんなんか大っ嫌いとか、竜持くんなんか口もききたくないとか、竜持くんなんか、竜持くんなんか……といった諸々の感情で頭はぐちゃぐちゃになった。



もう嫌だ。明日学校行きたくない。





しかしながら明日は必ずやってくるし、風邪でもない私は学校を休むことは許されない。教育を受けるのは義務ではなく与えられた権利であるのだが、親には子供に教育を受けさせる義務があるそうだ。法律で決められているのならば仕方ない。親に法律を順守させるため、次の日も私は泣く泣く学校に向かうはめになった。


教室に着くとすでに竜持くんは登校していた。
無言で席に着くと、竜持くんは「おはようございます」と目を合わせずに言った。
無視すると竜持くんはそれ以上何も言ってこなかった。

これでいいんだ。今までの私は甘すぎた。竜持くんのいやがらせなんて大したことないと思ってほっておいたから、あんな調子乗ったことまでさせてしまったんだ。
竜持くんなんか知らん。
もう一生口聞かない。



「おい、夢山」
「はっ!」

移動教室のため廊下を歩いていたところを呼び止められた。目の前には虎太くんと凰壮くん。忌々しい竜持くんと同じ顔が二つも並んでいて、不快になった。
どうやら嫌悪が思いっきり顔に出ていたようで、「なんだその顔」と凰壮くんにツッコまれた。

「なにか用?」
「お前竜持になんかした?」
あいつ元気ないんだよな。

はあ?!と凰壮くんの言葉に思わず声をあげると、虎太くんと凰壮くんは右の眉をほぼ同時に吊り上げた。お、シンクロ。

「なにそれ、なんかされたのはこっちなんですけど!被害者はこっちなんですけど!」と声を荒げると「あーわかったから落ち着けよ」と凰壮くんは至極めんどくさそうに言った。

「で?何があったって?」

凰壮くんが腕を組んで話を促してきた。
声に出すのもおぞましい出来事だったが、なんとなく愚痴ってやりたい気分だったので、私は事の次第を二人に話した。かくかくしかじか。

二人は黙って最後まで聞くと眉間に皺を寄せて「うーん」と唸った。
何さ、と聞くと凰壮くんは「竜持そんなことするかあ?」と疑ってきた。
かばうつもり?

「だって本人がそう言ってんだもん!」
「でもなあ」
「そりゃあ兄弟だからかばいたくなる気持ちはわかるけど」
「いや、そうじゃなくて」
竜持そんな手のかかることしないと思う。と凰壮くんは言った。

そう言われてみれば、今までの竜持くんの絶妙にうざい嫌がらせと比べると、手が込んでいたようにも思える。

「で、でも!証拠だってあんだから!」

そう言って私は筆箱の中から昨日靴箱に入れられていた手紙を見せた。
すると凰壮くんは何か気づいたように少しだけ目を見開いてから何かを言おうとしたが、それより先に今まで黙っていた虎太くんの方が先に口を開いた。

「これ、竜持の字じゃない」





五時間目の理科は理科室で行われた。
先生が黒板に実験の流れを書いている。それを書き写す竜持くんにばれないように、ノートを盗み見た。
竜持くんの字はとめはねはらいがしっかりできていて、お手本の様に綺麗だった。
たしかに違う。
昨日の手紙の字はお世辞にもうまいとは言えない雑な字であり、良くも悪くも男の子っぽい字だった。
竜持くんのことだからわざわざ筆跡をかえたのだろうか?
しかしながら凰壮くんの言った「そんな手のかかることしないと思う」という言葉が頭をよぎった。

じゃああの手紙の差出人は誰?どうして差出人じゃなくて竜持くんがあそこにいたの?どうして竜持くんは自分が書いたと嘘をついたの?私に告白しようとした人は本当はいたの?

謎は深まるばかりだった。





「あの、夢山さん」
「……はい?」

授業が終わり教室に戻る途中、名前を呼ばれた。
今日はよく呼び止めたられる日だ。
しかし私を呼び止めたのは知らない男の子だった。誰?

「えー、と……?」
「あ、あの、昨日のこと、降矢からもきいてるだろうけど俺からも一応謝っておこうと、思って。口止めもしたいし、恥ずかしいからさ」
「え?昨日?」
もしかして手紙のこと……?と聞くと、「そう!ホントごめん!」と謝ってきた。
どういうこっちゃ。

「降矢からきいてるって何?竜持くんのこと?」
「ああ、そうだよ。あれ?降矢からきいてない?」
「うん、詳しく教えてくれないかなあ?」

男の子は少しばつの悪そうに、昨日のことを話し始めた。



教室に戻ると、クラスメイト達は掃除の準備をしていた。竜持くんはすでに教室にはおらず、持ち場であるトイレに行ったのだろうと思った。私は急いで机の中に教科書ノートをしまうと、竜持くんのもとへ駈け出した。





「竜持くん!」

竜持くんはトイレの洗面台の鏡を磨いていた。他の人はそんなところまで掃除しないというのに、まめだなあと思った。
竜持くんは私が男子トイレに入ってきたことにか、話しかけたことにかはわからないが、とにかく驚いた顔を見せた。
しかしすぐにいつものように笑って「スケベですねえ」と言った。

「昨日のことだけど……」
「昨日?白パンツのことですか?」
「なんで嘘ついたの?」
「……」


私がきいた話はこうだった。
ラブレターの主はあの男の子だった。しかし私に宛てたものではなかったのだ。
なんでも入れる靴箱を一段間違えてしまったらしい。
体育館裏など気にも留めずそうそうに帰ってしまった想い人を見て、手紙に気付かなかったのかと思い靴箱の名札をよくよく確認してみたところ、間違いに気付いたそうだ。
どうしたものかと私の靴箱の前でうろうろしていたしていたところを、不審に思った竜持くんに巧みな誘導尋問によって全てを喋らされてしまったとのこと。
竜持くんが「自分が上手く言っておくので先に帰ってください」と言ったので昨日は帰ったそうだが、やはり申し訳なくなって謝りに来た、と男の子は言った。(ラブレターのことを口外しないでほしいとも頼んできたがおそらくこっちがメイン)

昨日のことは竜持くんの企んだ嫌がらせではなかったのだ。
ではなぜ竜持くんは嘘をついたのか?

別になんてことはなく、ただ男の子の失敗を利用して嫌がらせを企んだのだろうか。そう邪推もしてみたが、本当のことは今度こそ竜持くんの口から聞きたいと思った。

「……たしかに僕は白パンツも好きですけど」
「ちゃかさないでよ」
「……」
私の強い言葉に、竜持くんは口の少しだけへの字に曲げた。
拗ねてるのかと思ったが、竜持くんは自分の本音を言うのが少し苦手なんだろう、と思った。どう言えばいいのか、迷っているのだ。

「……夢子さんが」
しばしの沈黙の後、ポツリと竜持くんが呟いた。

「私?」
「夢子さんが……すごく嬉しそうだったから……」
「……」
「間違いだってわかって傷ついて悲しむくらいなら……嫌がらせだと思って怒ったほうがほうがいいと思ったんです」
「……」
「泣くのは、見たくないと、思ったんです」

竜持くんはばつが悪そうに顔を伏せた。
いつも私を困らせて喜んでいる竜持くんの言葉とは到底思えなかった。
調子狂うじゃん。

「どっちにしても傷ついたよ……」
「でしょうね」
「いつも嫌がらせするくせに、泣かせたくはないんだ」
「不快にさせるのと悲しませるのは、違いますから」
「その違い、よくわかんないよ……」
竜持くんはもう一度「でしょうね」と言って楽しそうにクスクス笑った。

ああよかった。いつもの竜持くんだ。

「悪魔なんて言ってごめんね」と言うと「気にしてません。慣れてるので」と竜持くんは皮肉った。

いつもは嫌な竜持くんの皮肉めいたセリフも、今日は心地よく感じられた。

「まあこれに懲りてもう嫌がらせとかひかえてよね」
「それは約束しかねますねえ」
「なんでよ。っていうかなんでそんな意地悪するのが好きなの?」

私が問いかけると、竜持くんはわざとらしく考えるポーズをとって「うーん」と唸った。
そして困ったように眉をさげて笑い「好きな子イジメしたくなる小六男子の心境わかりませんか?」と言った。

一瞬何を言われたかわからなくポカンとしてしまったが、すぐに意味を理解すると顔に熱が集まるのが感じられた。

「え、えと……」
突然のことにどうしたものかとテンパっている私を見て、竜持くんはいつもの意地悪い笑みとは程遠い、嬉しそうな顔で笑った。

人が困ってるのを見て笑うなんて相変わらず悪魔だけど、悪い気はしないので、まあ小悪魔くらいに昇格させてあげてもいいかな。なんて心の中で呟いた。







(おまけ)

「それにしても昨日は嫌がらせせずおとなしかったよね、なんで?」
「ああ、一生懸命笑おうとしてぎこちなくなってるのが、なんか可愛くてですね」
「……」








(2012.8.11)

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