幼いころに見た絵本に、女の子が隣の席の怪獣みたいな男の子にいじめられる話があった。あの、有名なやつ。となりのせきのなんとかくん、とかそんなん。

怪獣くんは、境界線越えたらぶつ、とかなんか横暴なことばっかり言っていた気がする。
その本を読んだ当時は、可哀想だなあくらいにしか思わなかったけど、今ではいじめられてた女の子に、全力で同情する。共感もする。

なぜなら私の隣の席も、いじめっこな男の子だったりするのだ。もっとも私の場合は、怪獣じゃなくて悪魔だけど。



「おはようございます。夢子さん」
「ひっ」

朝。登校してから朝の会まで少し時間があったので、自分の席で本を読んでいた。昨日図書館で借りたばかりのサスペンスものの児童書で、なかなか面白く夢中になっていた。
主人公が何者かに追われる、緊迫したシーン。怖がりながらも、続きが気になって、ドキドキしながらページをめくろうとした時だった。

耳元の、息がかかる距離で朝の挨拶をされた。ただでさえこんな近距離で喋られたら吃驚するだろうに、タイミングがタイミングなだけに、私は肩をビクつかせて驚いてしまった。そのひょうしに手を離してしまい、本がゴトンと音をたてて机に落ちる。

声のした方に振り向くと、となりのせきの悪魔くん、もとい降矢竜持くんがランドセルをしょって立っていた。

「いやだなあ、夢子さん。こちらは朝の挨拶をしただけだというのに。そんなにおびえられては傷つきますよ?」

そう言う竜持くんの顔はいつものようにニヤニヤ笑っていて、とてもじゃないが傷ついた風には見えない。

「お、おはよう……」

私は警戒するように挨拶を返した。竜持くんの攻撃は、どこから来るかわからないのだ。

そんな私の気持ちなど気にも留めない竜持くんは、何を読んでいるんですか?とランドセルを自分の机に置きながら聞いてきた。

私はおずおずと読んでいた本の表紙を差し出して見せた。
席についた竜持くんは、本を手に取って、ああこれ読んだことあります。と言った。

「コックが犯人のサスペンスものですよね。高学年対象になってますが、低学年レベルの子供だましな本でしたよ」
「……」

楽しそうに話す竜持くんとは対照的に、私はただただ口をあんぐりさせて言葉を失った。
さらっとネタバレした上にけなしてきた。私が夢中になって読んでいた本を。

竜持くんは「はい」と言って本を私に返してきた。意地悪く笑う竜持くんを見て、わざとだ……と心の中で呟いた。

竜持くんから本を受け取って、机の中にしまった。その動作を見て、竜持くんが「続き読まないんですかあ?」と声を弾ませて言った。
私が不機嫌そうに睨むと、竜持くんは楽しそうに笑った。


竜持くんはいつもこうやって私の嫌がることをする。
ただし怪獣くんみたいにぶったり物を盗ったりするのではない。さっきみたいな些細な、ネチネチとした嫌がらせをしてくるのだ。
そして、私が嫌そうにしたり困ったりすると、心底楽しそうに笑う。クスクスって笑う。何が楽しいのか、私には全然わからない。

人の嫌がることをして楽しんでいるなんて、まるで悪魔だ。

私にとって、竜持くんは悪魔だった。



竜持くんは女子にモテる。頭がいいし、運動神経もいい。小学生にしては背も高いし、顔も綺麗に整っている。物腰が柔らかで、言葉遣いも丁寧だ。しばしば兄弟の虎太くんと凰壮くんの三人で先生から問題児扱いされていたが、大人をも言い負かしてしまう姿に、女子たちは「すごい!」「かっこいい!」などと騒ぎ立てた。(先生には同情する)落ち着いた雰囲気は同学年の男の子と比べるとずっと大人びていて、クラスの、否、学校中の女子から憧れられているのだ。

誰が『落ち着いて』いて『大人びて』いるんだか。
大人はあんな子供じみた嫌がらせなんてしないどろうに。
皆騙されているんだ。だってほら、竜持くんは悪魔だし。
人間の皮をかぶった悪魔なんだ。そして私は可哀想な迷える子羊。
ああ神様、私どうしたら救われるんでしょうか?


「じゃあ、次の段落を、夢山読んでくれ」
「え?」

名前を呼ばれ我に返ると、教卓にいる先生がこっちを見ていた。
今は国語の授業中である。音読の続きを読むように指名されたのだ。

「はい」と立ち上がったはいいが、全く授業を聞いていなかったので続きがどこかわからず困っていたら、竜持くんが小声で「112ページの8行目からですよ」と教えてくれた。
天の助け!と思い、ありがとうとお礼を言って教えてもらったところを読みだすと、先生が「そこじゃないぞ」と言った。

え、と私が困惑していると、先生は「お前話ちゃんと聞いてたか?」を眉を顰めた。
「あの、えっと、ごめんなさい……」
「ちゃんと授業聞いとけよ」
先生は軽い注意をして、私に席につくように指示し別の子を指した。

怒られた、と思い溜息をついて席につくと、横からクスクス声が聞こえる。
見ると竜持くんが嬉しそうに肩を震わせて笑っていた。私が睨むと「ごめんなさい、間違えちゃいました」と言って、テヘ☆と効果音が付きそうな笑顔で首を傾けた。いや、ぶりっこしても全然可愛くないからね。

「嘘つき」と批難すると「間違えただけじゃないですか。ひどい言いぐさですねえ、夢子さんは間違いを犯したことはないんですか?」と屁理屈じみた言い訳をする。負けじと「わざとだったくせに」と言い返すと「そうやって人をむやみに疑うのはどうかと思いますよ。それに、もし仮に僕が悪かったとしても、授業を聞いていない夢子さんも悪いと思いますがね」などと諭すようなトーンで言い返してきた。なにこれすっごいムカつく。

「竜持くんて人を不快にさせる天才だね」
「いえいえそれほどでも」
褒めてねーよ。
声に出すとまた言い負かされそうなので、心の中で毒づいておいた。


竜持くんの嫌がらせは、今日も冴えわたっていた。

理科の時間には、実験の記録のために秒数を数えている私の横で、タイミングをずらしながら声に出して数を数えてきた。おかげで混乱して、どこまで数えたか分からなくなってしまった。

給食の時間では、デザートに出たケーキの苺を最後の楽しみに残しておいたら「いらないんですか?もったいないから食べてあげますよ」と言って止める間もなく奪われた。

掃除の時間になると、「掃除が終わらないんです」とか言って男子トイレの掃除を手伝わされた。男子トイレになんか入るのは初めてで、なんかすごく恥ずかしかった。

どれもこれも、怒るレベルじゃないが確実に苛だたせられる、絶妙なラインの嫌がらせばかりだった。

その度に愉快そうに笑う竜持くんを見て、一泡吹かせたいと思った。

「どうにかして……ぎゃふんと言わせたい……」
「へえ、ぎゃふんと言ってほしいんですか?そんなのいくらでも言ってあげますよ。ぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふん」

こいついつかぜったいなかす。



「そんな目くじら立てなくたっていいじゃん」
下校中、一緒に帰る友人に竜持くんへの愚痴を言ったら、落ち着けと言わんばかりに宥められた。

「いいよね、いじめられてない人は。余裕そうで……」
「そうじゃなくてさ、夢子がそうやって嫌がったり困ったりっていうのを態度に出すから竜持くんが面白がるんでしょ?」
反応しなきゃ、竜持くんも嫌がらせしなくなるんじゃない?と友人は言った。

なるほど!と私は目からうろこが飛び出る勢いだった。
確かに言われてみればその通り。ああいう人はこっちの反応見て楽しんでいるんだから、反応しなきゃいいわけだ。
私は友人に激しくお礼を言い、明日からの平穏な生活を想像して口の端を釣り上げた。










続きます(2012.8.9)
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