「僕、今日誕生日なんですよねー」

掃除の時間の話だ。音楽室前の廊下を一生懸命雑巾で磨いていると、傍でごみを掃きながら竜持くんが思い出したかのように呟いた。音楽室は二階突き当りの教室に割り当てられているが、クラスがある教室からは大分離れていて人気が少ない。ほとんどのクラスメイトは教室や、教室前の廊下、階段、トイレに掃除場所が割り振られていて、音楽室前の廊下なんて寂しい場所を掃除するのは私と竜持くんの二人きりだった。つまり、必然と、竜持くんの呟きは私に向けられたものになる、ということになる。
私は顔を上げて「そうだったんだ、知らなくてごめんね。おめでとう」と、至極適当な言葉を返した。けれども竜持くんは気に入らなかったのか、無言で私を一瞥した。
膝をついて廊下を拭いていた私を、小学生にしては背の高い竜持くんが箒を手に見下ろしてくる。ちょっとだけ、たじろいだ。

「それだけですか?」
「は?」
「僕、誕生日なんですよね?」

確認するように、竜持くんが首を傾げた。
彼の言葉遣いは丁寧だけれど、何だか刺々しい気がして居心地が悪い。

「プレゼントとかないんですか?」

竜持くんは人に物を強請るような人だっただろうか。思わず眉を顰めた。
大体、先ほど「知らなかった」と言ったばかりではないか。竜持くんって、時々人の話を聞かない癖みたいなものがある。

「ないなら、僕、リクエストしていいですか?」
「え?リクエスト?」

リクエストされたところで、今日中に用意できないし、第一どうして竜持くんに誕生日プレゼントを贈らないといけないのだろうか。私は竜持くんから誕生日を祝ってもらってないのに。ツッコミたいことはたくさんあったけれど、リクエストの内容が気になったので「なあに?」と続きを促した。

「目、瞑ってください」
「え、なんで?」
「今日、何の日か知ってますか?」
「……?竜持くんの誕生日でしょう?」
「それもそうですけど、今日はキスの日でもあるんですよ」
「は?」

キス?
会話の流れからは予想もつかない単語の登場に、思わず首を傾げた。そんな私を見て、竜持くんはフッと、口の端を吊り上げて、意地の悪い笑い方をした。竜持くんの思考なんてほとんど分からなかったけれど、自分の脳みそをフル稼働させて会話の内容を整理した。
キス。目を瞑る。プレゼント。リクエスト。
……ん?

「あ、の……竜持くん?」
「目、瞑ってくださいよ」

私を見下ろす竜持くんが、ニタアと笑った。
瞬間、すべてを理解した私はゾクリと総毛立った。

「いや、あの、え、や、え?竜持くん?」

思わず尻餅をついて後ずさる。ソレを見た竜持くんは愉快そうに唇を歪まして一歩一歩こちらに歩み寄ってきた。
背中が壁にくっついて逃げ場がなくなった頃、竜持くんは私の前まで来て、同じ視線になるように腰を下ろした。

「夢子さん」
「は……はい……」

竜持くんがジッと私を見つめる。
どうしてこんなことになったのだろうか。つい数分前までは床をひたすら磨いていただけだったのに。
今までにない危機に、心臓がうるさいくらいに鳴る。

竜持くんは、先ほどみたいな意地の悪い笑いではなく、年相応の少年のようにあどけない笑みを見せて、言った。

「僕、今日誕生日なんですよね」

竜持くんが近づいてくる。
どうしよう、止めないと。そうは思っても声が出ない。
ああ、竜持くんの目は綺麗な色だなあ、なんて現実逃避みたいなことさえ考えてしまう始末だ。
心臓がうるさい。呼吸も荒くなって、汗もかく。
息がかかる距離まで近づかれて、頭がくらくらした。

「夢子さん、目、瞑ってください」

竜持くんの大人しい声が聞こえて、ギュウっと、力いっぱいに目を瞑る。

どうしよう、私、竜持くん、と、キス、しちゃうの、かな。


パシャ!


「え」
「どうも。ありがとうございました」

カメラのシャッターを切る音がして、思わず目を見開くと、竜持くんはさっきみたいに私を見下ろしていて、愉快そうに笑っていた。手には携帯が握られている。

「夢子さんのキス待ち顔、撮らせてもらいました」
「なっ!」

クスクスと笑う竜持くんが、携帯の画面を覗いて、ますます楽しそうに笑う。
終いには、「これ待ち受けにしますね」なんて言い出した。

「や、やめてよ!」

冗談じゃあない。目を瞑ってる顔なんて、世界一間抜けに違いない。集合写真で一人目を瞑っている子とか時々いるけれど、あの悲惨さと言ったら、もう!

「じゃあ引き延ばして部屋の天井に飾っておきましょうか」
「やだ!だめ!全部だめ!消してよ!」
「ダメですよ、誕生日プレゼントなんですから」

竜持くんの携帯を取り上げようとするけれど、私よりも身長の高い竜持くんが腕を伸ばしてしまえばどんなに背伸びしても届かない。
ひどい、あんな間抜けな顔撮って、笑いものにするなんて、竜持くんは悪趣味だ。

そう思って竜持くんを睨みつけると、竜持くんはまた楽しそうに笑う。

「怒らないでくださいよ」
「消して」
「嫌ですってば」
「何でよ!」
「ただ、夢子さんの写真が欲しかっただけなんです」

だから、ね?


そう言って竜持くんが愛らしさを演出するように、首を傾けた。

調子のいいことばかり言って……。

やはり私は不服で、思わず不満げに頬を膨らませたけれど、もう仕方がない。
見逃してあげよう。今日は竜持くんの誕生日だし。
今日は、特別だもの。

誕生日おめでと。


(2013.05.23)

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