クリスマスが終われば学校も冬休みに突入する。ここ数日、凰壮へのクリスマスプレゼントのことで悩んでいたために、連日安眠を得ることは到底叶わず、寝不足の日々が続いていた。そのため、凰壮の本心を聞いた時、ああ今日は枕を高くしてぐっすり寝られるだろうなあ、と安堵した。凰壮も冬休みに入ればまた部活で毎日忙しくなるし、寝坊し放題だなあとたるんだことを考えていたのだった。
しかし予想以上に目は早くに覚めた。何かに起こされたわけではなく、自然に。いつもはけたたましく鳴り響く目覚まし時計が今日は大人しいのは、目覚ましが鳴る前に起きたからではなく、早起きする必要がないためセットしていなかったからなのだけれど、時計の針を見るまでもなく、相当早い時間に目覚めたことを察する。カーテンの隙間から健康的な光が射しながらも、どこか薄暗さと寒さ、静けさが感じられ、まだ完全に日が昇りきっていないのだと、起き抜けの働かない頭で理解した。
いつもなら二度寝に興じるところだけれど、閉じかけた瞼の裏に虎太の顔が映って、勢いよく起き上がった。

そうだ、今日は虎太がスペインから帰ってきているのだ。

すぐに洗面台に駆け下りて、身支度を整え、朝食を済ませた。因みに、用事のない休日から朝食にありつくのは、実に久しぶりの話である。
支度が済んだら、家を飛び出して隣の降矢さん家に駆けて行き、立派な門に取り付けられたインターフォンを素早く押した。この一連の動作に、幼い頃を薄ら懐かしんだ。昔はよくこうやって、朝から三人の元に遊びに行っていたものだ。
門が開いて、一気に玄関まで走る。
高揚感が抑えきれない。まるで、プレゼントを開ける直前のような。そんな気分。

「虎太―、あーそーぼー」

玄関を開けて、二階に向けて声を張り上げる。
けれども、出てきたのは虎太なんかではなく、竜持だった。リビングのドアに身体を預けて腕を組み、煩わしそうにこちらを見下げる。

「朝からうるさいですねえ」
「おはよ、竜持!虎太は?」

靴を脱いでお邪魔します、と玄関を上がって、竜持と一緒にリビングに入った。

「まだ寝てますよ、時差ボケで」

だから静かにしてくださいよ、と竜持が私を目を細めて睨んだ。ごめんごめん、と謝ると「ごめんで済んだら警察はいらないですよ」なんて小学生みたいなことを言う。竜持って、一度怒ると粘着質だ。だから凰壮とも喧嘩なんてしちゃったんだよ。

「謝るなら誠意を見せてもらわないと」
「誠意?って?」
「これです」

そう言って竜持が差し出したのはお弁当箱だ。赤い箱だから、きっと凰壮のだろう。私は首を傾げながら「そういえば凰壮は?」と尋ねた。

「そういえば、ですか。仮にも彼氏に冷たいですね」
「そ、そんなんじゃないもん。今日は部活だって聞いてたからもう出かけてるのかなあって思ってたの!お弁当あるから、まだいるのかなって」
「その通りです。もう出かけました。お弁当を忘れて」

竜持が私の腕を引く。何かと思ってされるがままにしていたら、掌にお弁当箱を乗っけられた。片手では重いお弁当箱を支えきれず、落としそうになって、慌てて両手で支える。それを見届けた竜持が腕を組んで、満足気に頷いた。

「届けてあげてください」
「え、なんで私が」
「暇でしょう?」
「暇じゃない、虎太と遊ぶ!」
「凰壮くん、お昼ないと困ると思いますけど」
「りゅ、竜持が届けてあげれば」
「それに」
「やだ、虎太と遊ぶんだもん」


「夢子さんに届けてもらった方が、凰壮くん喜ぶと思いますけど」



来てしまった。凰壮の学校に。
竜持に乗せられてしまったという事実がとても腹立たしい。けれどもあんなこと言われては、届けずにはいられない。
本当は、凰壮の学校には来たくなかった。前のデートで凰壮のクラスメイトの子に会ったけど、あの時みたいな想いは二度としたくないと思って、避けていたのだった。凰壮に、私の知らないコミュニティがあるのが、どうにも寂しい。そんなことくだらないなんて分かっているのだけど、思ってしまうのだからしょうがない。

とりあえず、さっと渡してさっさと帰ってしまおう。
けれども初めて訪れる校舎。凰壮がどこで部活をしているかもわからない。メールをしたのだけど、部活中の凰壮から返事はなかった。とりあえず校内をうろつこうにも、私服で他校に乗り込むには随分勇気がいる。もしかしたら、先生に怒られてしまうかもしれない。
どうしたものかと思案していると、遠くに見覚えのある子を見た。
長い髪の毛は栗色で、緩くウェーブがかかっている。小柄で愛らしい身体つきに、くりくりの目とそれを彩る長い睫毛が印象的。まるで人形みたいに可愛い。ジャージを着たその子は、たくさん荷物を抱えていた。

「(マネージャーだ)」

以前、凰壮と歩いているところを見た。彼女かと勘違いしたけれど、凰壮はマネージャーって言ってた。ジャージを着ているし、あの時見た子に間違いない。
ただでさえ人見知りで、自分から知らない人に声をかけるなんて相当勇気のいる行為だったけど、このまま校門でうろうろしているのも居心地が悪いので、意を決して「あの」と声をかけた。

振り返った彼女に駆け寄ると、彼女はビー玉のように丸い目でこちらをジッと見た。見つめられて、思わず金縛りにあったみたいに固まってしまう。こんな可愛い子に見つめられるのは、どこか恥ずかしい。彼女は目線を上から下にゆっくり下げていく。品定めするみたいに何度も何度も、私を見た。知っている人間なのか、思い出そうとしているのかもしれない。私は慌てて「あの、柔道部ってどこにいますか?」と尋ねた。

「柔道部?」

透き通るようなソプラノ声が、怪訝な色を含んだ。

「あ、あの、えっと、降矢くんに、会いたいんです、けど」

段々語尾が小さくなってしまう。目力のある彼女に気圧されてしまっていた。
降矢、という名前を出すと、彼女は眉を顰め、冷めたような視線を送った。その顔に、思わず息を飲む。どうしてそんな顔をされたのか分からず、私何かした?と自分の言動を思い返していたら「そんな人いません」と言われた。

「え」
「降矢なんて人、柔道部にいません」
「え、でも」
「さよなら」

そう言って彼女は、長い髪の毛を靡かせて颯爽と去っていく。一瞬彼女の強い口調に、私が間違えたのかと思ったが、そんなはずない。学校だってあってるし、凰壮は柔道部だ。じゃあどうして彼女はそんなことを言ったのだろうか。

「ま、待って」

思わず引き留めようと声をあげたが、彼女は振り返らずに進む。小走りで彼女の後ろを追いかけたら、突然足を止めた彼女が勢いよく振り返った。長い髪が円を描くように暴れた。瞬間、鬼のような形相の彼女が一言。

「警察呼びますよ!」

どうして警察を呼ばれないといけないのだろうか。他校に無断で入ったからか。でも、彼女がここまで怒る理由には成り得ないだろう。とりあえず、ごめんなさいと謝罪すべきなのだろうか。けれどもごめんで済んだら警察はいらないと、今朝竜持も言っていた。ならば誠意を見せなければいけないのだけど、彼女がどうしてこんなに怒っているのか見当もつかない私は、誠意の見せようがなかったのである。

「あ、あの、えっと、でも」
「あれ、夢子?」

人に怒られるのは得意ではない。(というか得意な人がいるかわからないけど)突然向けられた敵意に半ば涙目になっていると、聞き慣れた声が聞こえて視線を向けた。
そこには不思議そうな顔をした凰壮がいた。私は思わず安堵して、別の意味で涙目になった。

「何してんの、お前」
「お、凰壮が、お弁当忘れたからあ」
「マジかよ。悪いな」
「……降矢くん、知り合いなの?」

先ほど、降矢なんて人いません、と言った彼女が、凰壮に話しかけた。鬼の形相はどこへ行ってしまったのだろうか、元の可愛らしい顔に戻っていた。

「んー、まあね」

まあね、ってなんだよ。と思って凰壮を睨みつけると、今度は凰壮が「なんだよ」と睨み返してくる。わざわざお弁当を持ってきてくれた人に対する態度か。

「なんだ、私またファンの子が部活邪魔しにきたのかと思っちゃった」

彼女がため息交じりにそう言った。
また?ファン?
なにそれ、凰壮、ファンの子なんているの。そんな話聞いたこともない。
ムッとして凰壮を睨みつけたらやっぱり「なんだよ」と睨み返された。

「とにかく、弁当ありがとな。お前帰っていいぜ」

私からお弁当を受け取ると、凰壮はマネージャーに「行こうぜ、お前部長に呼ばれてたぞ」と声をかけて二人並んで去っていった。
折角届けてあげたのに、ちょっと冷たいなあなんて思ったけど、部活中なのだから仕方がない。大会も近いみたいだし。面倒くさいと言いつつも、小学生のころに比べれば、凰壮は練習に対しても幾分か真面目になった。頑張っている凰壮の邪魔はしたくない。
言われた通り帰ろうと、踵を返そうとしたら、去っていくマネージャーが小さくこちらに振り返った。
ジッとこちらを見ている。遠巻きだから、目が合っているのか、よくわからなかった。けど辺りを見ても、他に人はいない。誰かを見ているのなら、私なのだろうか。
私は訝しげに彼女を見返した。
すると、フッと、彼女が笑った。

どういう意味かは分からなかったけれど、それが、今日初めて見た彼女の笑みだった。



(2013.04.01)

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