「やあ虎太くんおかえりなさい。思ったより遅かったですね。凰壮くんと夢子さんも。こちらはお早いお帰りで」

とりあえず一旦落ち着こうと、さっき後にしたはずの降矢家のリビングに舞い戻れば、薄く微笑んだ竜持が出迎えた。

「なんだよ、お前虎太が帰って来ること知ってたのかよ」
「ええ。といっても今朝の話ですけどね。皆が出かけてから電話貰ったんですよ」
「もお、それならさっき教えてくれればよかったのに」
「驚かせようと思って」

ニッコリ、とマンガみたいに文字が浮かんで見えてしまいそうなほど満面の笑みを見せた竜持は相変わらず意地が悪い。自分でも言っていた通り、黙っていたのは故意的だ。凰壮と喧嘩した腹いせか。とにかく、純粋なドッキリを仕掛けたかったとかそういうわけじゃないと思う。竜持はいつだって、私たちをからかって面白がるんだ。
頬を膨らませて竜持に恨み言を漏らし拗ねた。すると、やんややんやと会話を交わす私たちから少し離れたところでドサっと音がするので振り向けば、キャリーと背負っていた荷物を置いた虎太が一人ソファーに腰を沈めていた。その姿を見れば、竜持への苛立ちなんて些事。どうでもよくなった。
懐かしい。虎太が、この眩いばかりに白いソファーに座って、じっと前を見据えるその姿が。私たちの会話に黙って耳を傾ける。小学生の時と、一切変わらない、私の知っている虎太がそこにはいて、嬉しいなんて言葉じゃ足りないくらい。胸が詰まる。幸せに。

虎太に最後に会ったのは、実に三年前になる。中学一年生の時の正月に帰ってきていた時に会った以来。毎年時期を見つけては帰ってきていたみたいだけど、私とはタイミングが合わなくて、ずっと会えていなかった。虎太の滞在期間はとても短かったのだ。
時々竜持や凰壮から話を聞いたり、電話させてもらったりしていたから元気なのは知っていたけど、それでもこうして顔を合わせて喋るのは本当に久しぶり。

「虎太」
「ん?なんだよ夢子」

フッとこちらに視線を送る虎太。呼びかければ答えてくれるその視線が嬉しくて、今更虎太が帰ってきたんだっていう実感が湧いて、どうしようもなく気持ちがはしゃいだ。
扉の前に立っていた私は跳ねるように虎太に駆け寄って、隣に腰掛ける。ピッタリ横ですり寄ったら、困ったように眉間に皺を寄せた虎太が「あんまりくっつくなよ」と言って顔を逸らしたけど頬が心なしか赤くて、きっと照れてるんだろうなって思ったら、やっぱり相変わらずな虎太が嬉しくって頬が緩んだ。



「…………」
「凰壮くん、どうどう」
「……なんも言ってねえだろ」
「いやあ、顔が怖かったんでついつい」
「…………」



虎太の肌は真っ白い竜持や小麦色の凰壮と比べて、いくらから黒かった。二人とは違って、外のスポーツだからだろう。足だって、スパイクで蹴られてボロボロだ。頑張ってるんだな、虎太。私たちのいないところで。私たちが届かないところで。そう思うと、寂しい気持ちもあるけれど、それ以上に嬉しい。頑張っているのは虎太なのに。私が嬉しくなる筋合いなんてどこにもないのに。でも、やっぱり嬉しいが込み上げてくる。虎太がサッカーに、大好きなサッカーに打ち込んでいると思うと。虎太が選んだ道が間違いじゃなかったって思うと。変わらない虎太が、どこにいたって楽しそうにボールを追いかけてると思うと。

「夢子さん、そろそろ帰らなくていいんですか」

扉の方から呼びかけるように竜持が声をかけてきた。

「ええ、虎太ともっといたい。積もる話もあるんだし。虎太、泊まっていってもいい?」
「いいけど」
「やった!虎太は竜持と違って話が分かるから好き!」



「…………」
「凰壮くん、どうどう」
「……なんも言ってねえだろ」
「いやあ、今にも壁殴りそうな顔してたので」
「…………」



ブブ、と携帯がポケットの中で振動した。何かと思って見てみれば、お母さんから早く帰ってこい、という催促メールだった。お許しももらったし泊まりたいなあ、と思ったけれど、実際虎太はスペインから帰ったばかりで疲れているだろうから、やっぱり今日は帰ろうと思い直した。学校ももう冬休みだし、明日また来ればいいや。

「お母さんが帰っておいでって言うから、今日は帰るね。虎太、また明日」
「おう、じゃあ送ってってやるよ」
「本当?嬉しい!虎太ありがとう」

一緒に立ち上がり、竜持と凰壮に「じゃあね」と声をかけてからリビングを後にした。



「…………」
「おうぞ」
「うるせえな」
「まだなんも言ってねえですよ?」
「…………」




たった少しの距離だけど、虎太は家の前まで送ってくれた。「ありがとうね」と言うと、言葉の代わりに虎太がニッと小さく笑う。見慣れた笑い方。最近は、記憶の中でしか見たことがなかったから、少しだけ大人びた虎太の顔で見るのはなんだか新鮮だった。

「そういえばさ」
「なあに?」
「さっき、なんで凰壮と手繋いでたんだよ」
「えっ!」

わ、忘れてた。そういえば虎太にさっき見られたんだった。ジッと私を見る虎太。人のことを睨みつけるように見つめるのは虎太の癖で、他意はないのだけれど、こういう時は少し居心地が悪い。まるで問い詰められてるみたいで。悪いことしたわけじゃないのに。私はしどろもどろになって、視線をキョロキョロと泳がすけど、虎太の視線から逃れることができなかった。

「えっと……あの、ね。つ、付き合ってるの。凰壮、と……」

降参して、絞り出すように答えると、虎太は少しだけ目を見開いて驚いた顔をした。その後間を置いてから「……夢子と凰壮?」と確認するように問い返す。
何度も聞かないでよ、と目を伏せてスカートをギュウっと握った。顔が熱い。赤いかもしれない。恥ずかしい。
私が凰壮のことを好きなのは、竜持は大分前から知っていたけど、たぶん虎太は知らなかったと思う。私からそういう話をしたことはなかったし、虎太はサッカー以外のことには鈍感だ。竜持が知っていたのは早々に気付かれたからで、私から教えたわけではない。虎太からしたら、意外な話だったかもしれない。
ずっと一緒だったはずの幼馴染と弟が久しぶりに会ったら付き合っていたって、虎太からしたらどういう気持ちなんだろうか。
私は、ずっと一緒の幼馴染だからこそ、改めてそういう色恋の話をするのは恥ずかしいし気まずい。でも、それ以上に知っていてほしいなって気持ちもあって。複雑だ。
沈黙が訪れて、恐る恐る虎太に視線を送る。考えるように目を伏せていた虎太がまた私をジッと見て「いつから?」と質問した。子供が、わからないことを尋ねる時のような、純粋なものだと思う。首を小さく傾げる姿が、同い年なのにどこか愛らしい。
四か月前くらいかなあ、と答えると「ふうん」と短く相槌を打った。

「夢子、凰壮が好きだったのか?」
「え、えっと、まあ……」
「……ふうん」
「な、なに?」

意味ありげに頷く虎太に不安になって尋ねると、虎太が私の頭をぐちゃぐちゃと撫でた。
わあっと声をあげると、虎太は「またな」って言って帰っていった。髪を直しながら、虎太の背中を見送る。
虎太って、時々わからないんだよなあ……。



「ただいま」
「おかえり」
「竜持は?」
「風呂」
「ふうん」
「……」
「……」
「……」
「凰壮」
「ん?」
「夢子と付き合ってるんだって?」
「…………夢子がそう言ったの?」
「うん」
「……ふうん」
「お前さ」
「……なに」
「夢子のこと好きだったのか?いつから?本気で?」
「……何それ」
「いや、確認」
「……なんでそんなこと虎太に言わなきゃなんねえんだよ」
「何怒ってんだよ」
「……別に。ただ、虎太がこういうことに首ツッコむの珍しいなって思ってるだけ」
「……」
「虎太、なんか首ツッコまなきゃいけない理由でもあるわけ?」
「…………」




とにかく早く明日にならないかなあ。
虎太ともっとたくさん話したいなあ。







とりあえずここまで。つづきます(2013.02.01)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -