あれから数日。結局凰壮へのプレゼントも思いつかないまま、クリスマス当日がやってきてしまった。鏡の中の私は、ひどく冴えない顔をしている。折角凰壮と二人っきりで過ごす、初めて過ごすクリスマスなのに。
この日のために買ったワンピースを着て、お化粧もした。昨日は早く寝て、体調だって万全だ。けれども気持ちは一向に沈んだまま。

「(プレゼント、用意できなかった……)」

凰壮の喜ぶもの、プレゼントしてあげたかった。でも考えれば考えるほど、わからなくなった。十年分の気持ちが否定されたみたいで、今更たった数日、一生懸命考えたところで納得いく答えがでるはずもなかった。
ブブ、と携帯が机の上で低い音を出して振動する。設定していたアラームで、時計を見ると、家を出る時間だった。遂に訪れてしまったと、はあ、深く溜息を吐いてから、お気に入りのダッフルコートとマフラー手袋を身につけて、家を後にした。



「よお、遅刻しなかったな」

待ち合わせ場所である駅に行くと凰壮は既についていて、携帯をいじっていたけれど、私に気付くといつもみたいにからかうように笑ってくれた。「凰壮も早いね。私だって結構早く来たつもりだったのに」すると、私の言葉に凰壮は一瞬眉を動かしてから目を泳がせて「まあな、早く家出たい気分だったんだよ」とよくわからない返事をした。なんだ?
意味わからないと思って訝しげに凰壮を見つめていたら、フと、凰壮の指先が視界に入ってきて、けれども当然のように手袋はつけていなくて、ため息を吐きたくなるのを飲み込んだ。マフラーはしているくせに。
思わず目を伏せて黙っていると、凰壮が「どうした?」って顔を覗き込んでくるから、悟られないように「なんでもない」って取り繕ったように笑った。

「は、早く行こう、電車きちゃうよ」

そう言って改札の方に小走りに向かう。
プレゼントのことは、一旦忘れてしまおう。とにかく今は、デートを楽しみたいし。
一瞬、凰壮が訝しげに目を細めたけど、すぐいつもみたいに呆れた笑顔を見せて「元気だな」って言って、のろのろと歩き出した。





「スケートなんてはじめて」
「俺も」

都内にある、冬限定に仮設されてスケートリンク。クリスマスなだけあって、たまに親子連れを見る以外は、ほとんどカップルで溢れかえっているようだった。
はじめてだと、飄々と言い切ったはずの凰壮が、たどたどしくはあるものの、氷の上を転ばずに滑っていく。信じられない、と凰壮を後ろから睨みつける。嘘だ。初めてなんて嘘だ。同じ初心者でこんなに差が出るなんて。でなければもって生まれた運動神経だろうか。不公平だ、神様は不公平だ。なんで凰壮って、あんな簡単になんでもかんでもできてしまうんだろう。
人目を縫って滑って行ってしまった凰壮の背中を見送って、私は入口付近の壁際に捕まったまま一歩も動けないでいた。一歩どころの話じゃない。微動だにできない。少しでも動こうものなら、足がツルツル滑る。どうして、ただでさえ滑る氷の上をこんな細い刃で滑らないといけないのか。絶対転ぶに決まってる。転ぶのは痛そう。いや、絶対痛い。それに何より冷たそう。
しばらくすると、壁際から手は離せないけれども、なんとか立つのにも慣れてきた。ふう、と一息ついて顔を上げると、たくさんの人がぐるぐるぐるぐる、リングの中を渦を巻いて滑っている。凰壮、今どの辺なんだろう。目を凝らしてみるけれども、あんまり人が多いし流れも速くて見つからない。ただでさえ気落ちしているのに、立つことさえやっとの場所で一人ぼっちにされるのは、とても心細くて、小さい頃初めてお母さんと別々の布団で寝た日のことを思いだした。

「なに、お前もう一周回って来たのかよ。随分速いな」

顔を上げると、さっきよりも数段軽快に走れるようになっていた凰壮が私の前でシャッと氷を削る音を立てて止まった。ニヤニヤと茶化してくる凰壮に「うるさいなあ、凰壮みたいに運動好きじゃないんだよ」と精一杯言い返す。

「へえ、そんな偉そうな口きくなら、一人で壁と仲良くしてろよ」
「え、ちょ、お、凰壮!」

また私をおいて滑って行ってしまいそうになった凰壮を、声だけで必死に引き留めようとした。名前を呼ばれた凰壮は「なんだよ」と意地悪い笑顔で振り返る。
うう、むかつく。

「お、おいてかないでよ……」
「最初からそう言えよな」

凰壮がスイっと私の傍に寄って両手を差し出した。なに?と首を傾げると「捕まれよ」と凰壮が言う。
え!と思わず声をあげた。だって、それってつまり……手を繋ぐ、ということじゃない?
周りの気温に反して、顔がみるみる熱くなっていくのがわかった。
恥ずかしながら、凰壮と付き合ってから既に四か月が経つというのに、未だキスは愚か手だって繋いでもいなかった。もちろんニアミスはある。このまえだって一緒にごろ寝したし。不可抗力だけど。
できることなら、凰壮と恋人っぽいことしたい。手だって繋ぎたいし……キスとかも、した、い。でも、なんか、これ恥ずかしくないか。だって、こんな人がたくさんいるところで、手を繋ぐのか。しかも滑れない彼女の手を引く彼氏の構図って、なんかすごい絵にかいたようないちゃつくカップルじゃないか。むり。恥ずかしい。手を繋ぐのだって恥ずかしいのに、難易度高い。無理。そして何より、壁際から手を離すのが無理。怖い。めちゃくちゃ怖い。

「あー、うー」
「……早くしろよ」

どうしたものかと、視線を泳がせている私の腕を待ちきれなくなったのか凰壮が強引に掴んだ。や、やだ!と怖さから思わず叫ぶけれど凰壮は至極冷静で「力抜けよ」と言った。

「ほら、そっちの手も」

凰壮が未だ壁際をがっちり掴んでいる方の腕を指差して、「掴め」とでも言うように空いていた方の手をひらひらさせて見せた。

「……離すの怖い」
「大丈夫だっつってんだろ、さっさとよこせよ」

凰壮が焦れったそうに眉を顰める。
でも、だって、怖いし、恥ずかしいし、怖いし……。でも、いつまでもこんなところで震えている場合でもない。凰壮だって折角付き合ってくれてるんだし。
ようし、と私は意を決するように、壁から手を離して差し出されていた凰壮の手を握った。応えるように、凰壮が握り返すのがわかった。

「た……立った!夢子が立った!」
「立っただけで何喜んでんだよ。滑るぞ」

手を繋いでしまった!とか、壁から離れられた!という感動に浸る間もなければ「え?」と聞き返す間もなく、凰壮が私の両手を引いて滑りだした。いきなりぐんぐん景色が動き出す。思った以上に速く走ってしまうので、思わず叫び声をあげた。

「わ、や、やだ!凰壮!滑ってる!やだ!はやい!こわい!こわ!い!」
「うるせえな。おいブス、へっぴり腰になってんぞ。もっとシャキッとしろよ」
「やだ!こわい、無理」

いやいやと首を横に振る。いくら凰壮が手を引っ張ってくれていても、怖いものは怖い。いつ転ぶかわからないのに。半分パニックみたいになって、怖さから目を瞑ろうとするけれど、それはそれですごく怖くて、せめて顔を伏せる。

「夢子」

顔を伏せる私を、凰壮が呼んだ。また叱咤されるのではないかと、恐る恐る顔を上げると、凰壮が真剣な顔でこちらを見ているので、「う」と苦しい声が漏れた。

「な、なに」
「大丈夫だから」
「は」


「俺が支えてやるからさ、だからもっと力抜けよ」


そう凰壮が眉を下げて笑うので、フッと力が抜けた気がした。
握られた手にぎゅうっと力が籠められる。


あれ、こういうこと、前にもあったなあ。
いつだったっけ?


とりあえず「うん」て小さく頷いて、怖くて屈めていた腰をゆっくり伸ばす。
ああ、そうそう。やればできるじゃねえかって凰壮が褒めてるんだかわからない褒め方をした。


ああ、そうだ。思い出した。あの時だ、竜持と喧嘩した時のことだ。
そうだ、本当は、あの時初めて凰壮と手を繋いだんだ。
怒った竜持が怖くて近寄れなくって、でも竜持と仲直りしたくて勇気がなくて、どうしようとおろおろしていた私の手を、凰壮が引っ張って竜持のところまで連れて行ってくれた。今日みたいに、いやいやと嫌がる私を無理矢理凰壮が連れ出したのだ。確かに竜持と仲直りしたかった。でも、謝っても許してもらえないんじゃないかって不安の方が大きくて、怖い怖いと連呼する私に、凰壮が「大丈夫だから」と強く手を握ってくれた。
「さっさと謝っちまえよ、竜持だって謝るタイミング失くしてるだけなんだからさ」
そう、ぎゅうぎゅうと握る凰壮の手に、ひどく安心したのを覚えてる。
いつも喧嘩するのは、凰壮なのに。変なの、とも思った。

思えばあの頃から、凰壮のこと好きだったんだなあ、私。





「まあ、初めてにしてはよく滑れたんじゃね?」

ベンチに座って借りていたスケート靴を脱ぎながら、まるで私のコーチであるような口ぶりで言うが、凰壮だって今日初めてだったのに。なんだ、この差は。隣に座る私は、少しだけふて腐れたように頬を膨らました。
まあ、私も終盤には一人でたどたどしくではあるが滑れるようになったけれど。滑れると、案外楽しいものだと感じた。

「夢子、楽しかったか?」
「え、うん?楽しかったよ」

ああ、そう。と凰壮が軽く笑う。いつもなら「楽しかった?」なんてわざわざ感想など聞いてこない凰壮を不思議に思って「どうしたの?」と尋ねたら、「お前ここ最近元気なかったからさ」と凰壮が言った。

「え……」
「今朝もなんかぎこちなかったし。ま、楽しかったならいいけどな」

凰壮はただ黙々と靴を履きかえていた。

凰壮、気付いてたんだ。私が悩んでること。いつもそうなんだよなあ。気付いてくれるんだよなあ。
……今なら、プレゼントのこと、聞けるかなあ?
今まであげたプレゼント、気に入らなかったのかって聞けるかな。もしも、今まであげたプレゼントが全部押入れ行だったとしても、きっと理由があるはずだ。だって凰壮は、いつだって優しい。私の様子が変だったら気付かれないように気遣ってくれるし、怖いと嫌がる私の手を引いて勇気づけてくれる。
凰壮が、ただただ私の気持ちを無碍にするようなこと、するはずない。と思う。

「凰壮」

小さく、頼りなく、呼びかけると、凰壮はしっかり返事をしてくれる。私の方を真っ直ぐ見て「なんだよ」と首を傾げた。私が自分から喋るのを、待ってくれているようにも感じた。
よし、大丈夫だ。大丈夫。

視線を落とす。太ももに乗った、さっきまで凰壮がしっかりと握っていてくれてた手を、一人でギュウと握った。

「あ、あのね」
「……」
「りゅ、竜持から、聞いたんだけど」
「は?なんだよ」

途端、凰壮の声が低くなったのがわかった。不機嫌というか、怒りさえ感じたその声に驚いて顔を上げると、たいそうしかめっ面の凰壮と目が合った。
え、なに?

「え、どうしたの?」
「は、なにが」
「え、いや、だって怒ってない?」
「怒ってねーよ」

いや、完全に怒っている。いつもより声を荒げる凰壮に、いきなりどうしたんだと思わず顔を顰めた。そういえば、最近どこかで同じような会話をしたような……?そう思って自分の記憶をぐるっと一周高速で駆け巡ると、先日の竜持との会話を思い出した。
そうだ、竜持だ。
竜持もあの日、機嫌が悪かった。威圧的で、ピリピリしていた。何かあったのかな?って確かに思ったのを覚えている。凰壮へのプレゼントのことで、すっかり忘れてしまったのだけれど。そういえば、あの時は凰壮の話をしていたんだっけ。
そこまで考えて、私は一つの仮説に辿りついた。
もしや。もしかして。

「凰壮、竜持と喧嘩でもしてるの?」
「……」

図星だ。
竜持の名前を出した途端、機嫌が悪くなった凰壮。凰壮の話をして、不機嫌だった竜持。面倒くさがりの凰壮が、最近私の家によく遊びに来ていたのも、「デートするの面倒くさい」が口癖の凰壮が自分から外に行くことを提案してきたのも、今思うと竜持のいる家にいたくなかったからではないか。
色々なことがすんなりと一本に繋がった気がした。

「なんで喧嘩してるの?珍しいじゃん」
「……さあな、理由なんて覚えてねえけど」

凰壮がそっぽを向く。本当に珍しい。喧嘩することもそうだけれど、喧嘩が長引くことも。大抵言い合いになっても、次の日にはすぐケロってしてしまうのに。そもそも凰壮と竜持は言い合いにならないのになあ。

「早く仲直りしなよ」
「うるせえな」
「竜持、今日は何しているの?」
「たぶん家にいるんじゃねえの?出かけてくるときにはいたし」

ふうん。と相槌を打つと、凰壮が思い出したように「今日は親父も母さんもいないんだよなあ」なんて言った。そういえば凰壮たちがクリスマス如きではしゃがなくなった頃から、凰壮たちの両親が毎年デートしに出かけてしまうようになったのを思い出した。いつまでも仲が良くて、大変羨ましい。

「じゃあ、竜持、今日は一人なの?」

尋ねると、凰壮は黙ってしまった。
私もぼんやりと、去年までのことを想う。
今までは毎年、みんなで一緒に過ごしてたんだよなあ。別に何をするわけでもなかったけど。でも小さい頃は、みんなでケーキ食べたりしてそれなりにはしゃいで、それがどんどんただ一緒にいるだけになっちゃって。でも、それでも、飽きもせず一緒にいたのになあ。こうやって、みんなでいるはずの時間が少しずつなくなっていってしまうのは、すごく寂しい気がした。ただでさえ、一人、足りないのに。いつか、私たちのそういう時間が全部なくなっちゃうんじゃないだろうか。それはとても、悲しいことだ。

「凰壮……」
「……ん?」
「まだ早いけど、そろそろ帰る?」

凰壮も同じことを考えていたのだろうか。なんで?とか一切聞くこともなく、凰壮が小さく頷いたのが見えて、少し、嬉しくなった。





「おじゃましまーす、竜持いる?」
「おや、随分お早いお帰りで。どうしたんですか、また喧嘩でもしたんですか?」

降矢家に着いて玄関から呼びかけると、リビングからひょっこり竜持が顔を出した。違う、と首を振ってから靴を脱いで、竜持のいるリビングまで行く。凰壮がのろのろしているので、「早く」と腕を強引に引っ張った。
竜持はソファーに座ってテレビを見ていたようで、コートやマフラーなどの防寒具を脱いだ私は竜持の横に腰を下ろした。

「やっぱさ、クリスマスはいつもみたいにみんなで過ごしたいと思って」
「はあ?」
「だから、竜持のところ来たの」

竜持が、ひどくうざったそうに目を細めた。

「別にクリスマスだからってはしゃいでみんなで過ごす意味もないでしょう。カップルに挟まれるのも、僕気まずいんですけど」
「でも、毎年恒例だったじゃん。私も凰壮も、竜持と一緒がいいんだよ。ね、凰壮?」

同意を求めるように話を振ると、リビングの入り口でぼんやり立っていた凰壮が気まずそうに顔を逸らした。竜持の目が鋭くなったのが見えて、やっぱりいつになく険悪だ、と思った。
「早くいいなよ」とアイコンタクトをすると、凰壮はしばらく渋った後に「竜持」と言った。呼ばれた当の本人はまるで聞こえていないと言うように無視し、更に無言でリモコンを操作しカチカチとテレビの音量をあげる。子供か。

「……悪かったよ」
「……」

ぶっきらぼうにだけれども、凰壮が謝った。おお、これも珍しい。謝るんだよ、とここまでの帰り道に凰壮に言い聞かせたのは私だけれども、本当に凰壮から謝るだなんて。なんだかすごく新鮮だ。
竜持はさっきまでうるさいくらいにあげてたテレビの音量をカチカチと下げた。下げながら、本当に消え入りそうな声で「僕も、言いすぎました」と言った。

私が竜持と喧嘩した時を思い出して、思わず吹き出してしまった。あの時の竜持も、ずっとツンケンしていたくせに、こちらが謝ると急にしおらしくなって「僕も、ごめんなさい」と聞こえるか聞こえない程度の声で言ったのを覚えている。
竜持だって謝るタイミング失くしてるだけなんだからさ。
あの時の凰壮の言葉が、どこか頭に響いた。





その後は例年通りだらだらと降矢家で三人で過ごし、いつの間にか夜も更けたので家に帰ろうとしたら、凰壮が見送ってくれると一緒に外まで来てくれた。面倒くさがりのくせに、変なところはまめだなあと思うのだけれど、嬉しい。
「ありがとね」と言うと「……いや、それこっちのセリフ」と凰壮がそっけなく返す。なにが?って顔をしたら、「手、引いてくれてサンキュな」と凰壮が小さく笑って、それもこっちのセリフだなあと思い、自然と笑みがこぼれる。
けれども私には、まだ一つ、問題が残っていた。プレゼントだ。用意できなかったこと、謝るべきだろうか。それともその前に、使わないプレゼントの理由を尋ねるべきだろうか。だって私のプレゼント、いらないなら、「くれなくてよかった」って言われるかもしれない。いくら口が悪くても考えなしなことは決して言わない凰壮が、そんなこと言うとは思えないけれど、どうしても後ろ向きな考えになってしまう。
こちらが切り出そうかどうか迷っていると、凰壮が「あー」と気の抜けた声を出した。なんだ?と首を傾げると、凰壮が少し気まずそうに「これ」と紙袋を差し出してきた。

「え」
「プレゼント」

ぶっきらぼうに凰壮が、早く受け取れよともう一度突き出してくる。
プレゼント、用意してくれてたんだ。
戸惑いながら受け取って「開けていい?」と尋ねると「好きにしろよ」と言った。紙袋の中を覗くと、可愛らしくラッピングされた包みが出てきて、凰壮がお店の人に頼んだのだろうか、と思うとすごく胸が詰まった。見慣れないその包みの中は、どうやらいつものお菓子の詰め合わせではないみたいだ。

「あ、可愛い」

包みを開けると、可愛いイヤーマフが出てきた。私の好きな、ノルディックだ。

「お前、いつも耳寒そうだからさ」

寒がりのくせに。
確かにマフラーも手袋もつけて防寒ばっちりだと思っていたけれど、耳は寒いままだった。凰壮、考えて選んでくれたんだなあ。すごくすごく嬉しくて、本当は子供みたいに飛び跳ねて喜びたいのに、嬉しすぎてなかなかそれが上手く表せなくて、せめて絞り出すように「ありがとう」と小さく呟いた。
凰壮が満足そうに笑う。
その笑顔を見て、ひどく後悔した。
私、なんでプレゼント持ってこなかったんだろう。凰壮の欲しいものあげられなくても、自己満足でも、何か持って来ればよかった。こんなに私ばっかり嬉しくしてもらってるのに、何もあげられないなんて、寂しい。
思わず「ごめんね」と呟くと、凰壮が「なにが?」と訝しげに尋ねた。

「私、プレゼント、持ってきてない」
「別に。期待してなかったし」
「……いらなかった?」

ここ数日、ずっと不安に思っていたことを遂に吐き出した。は?と眉を顰める凰壮に「私のプレゼント、いらなかった?」ともう一度尋ねる。凰壮は不思議そうな顔をした後に「別に催促するつもりはないけど、貰えるなら」と言った。

「本当に?」
「なんだよ、疑り深いな」
「……竜持に聞いたんだけど、凰壮、私の今まであげたプレゼント、全部使ってないって本当?」

はっと凰壮は驚いた顔をした後に、ばつが悪そうに目を逸らす。「竜持、喧嘩の腹いせかよ……」とブツブツ言ったのが聞こえた。
やっぱり本当だったのかと、少し落ち込んでいたら、凰壮が「使えなくて」と呟いた。

「なに?」
「使えなかったんだよ……その、大事、で」

ぼそぼそと呟いた凰壮が眉間にみるみる皺を寄せていく。自分で自分の言っていることが恥ずかしいのだろうか、相当のしかめっ面だった。

大事?

大事で使えなかったの?私のプレゼント。大事でずっとしまってたの?
なんだからしくないなあと思うのだけれど、不機嫌そうに口をへの字に曲げる凰壮に、どうやら取り繕った言い訳ではなく本当のことらしいと納得した。
なんだ、気に入らなかったんじゃなかったんだ。大事にしてくれてたんだ。喜ばせてあげられてたんだ。
でも使ってくれた方が嬉しいのにな。こんなことならやっぱり、プレゼント持って来ればよかった。あーあ。

「……プレゼント、ごめんね」
「だからもういいって」
「でもさ……」


「……じゃあさ、手、握らせて?」


凰壮の冷えた指先がフッと手袋をした私の両手を包んで、ぎゅうと握る。突然掴まれて「わ」と声をあげると、「いーな、手袋。あったかいな」と凰壮。

「きょ、去年、あげたやつ、つけてよ」
「……おう」

スケートの時も手を繋いだけれど、あの時は怖くてそれどころじゃなくて、ここでようやく心臓がバクバク動く。手を繋ぐの、初めてじゃないのに。いっぱいいっぱいになっていたら、凰壮が指を絡ませてきて、いよいよどうにかなってしまいそうだった。ああ、手袋してなければよかったって、恥ずかしいやら嬉しいやらで混乱する頭の隅で後悔した。

こんなの、やっぱり、私ばっかりが嬉しい。


「凰壮」
「あ?」

どうしよう。好きって、言ってみようかな。いいよね、付き合ってるんだし。少し恥ずかしいけど、クリスマスだし。今すごく、嬉しいし。幸せだし。いつも喧嘩してばっかりなんだから、こういう時くらい、甘えたこと言ってもいいよ、ね?

絡めた指に力を入れて「あ、あのね」としどろもどろに切り出した。
照れる、顔が熱い。寒さなんて、凰壮のせいで吹き飛びそう。寒さからか照れからかは分からないけれども、凰壮の頬も心なしか赤くなっていた。

「なんだよ、早く言えよ」
「う、うん、あの、あのね、わた、わた、し」


「よう、凰壮、夢子、久しぶり」


「凰壮のこと」と続けようとした時だった。
聞き慣れた、しかし随分懐かしい声が聞こえて、驚いて、私も凰壮も勢いよく声のした方を向く。
ガラガラ、と何かを引きずる音が一緒に聞こえて、すぐにキャリーケースだと理解した。
暗い路地に設置された頼りない街頭が、そこにいた人の顔を照らす。目の前にいる凰壮と、そっくりな顔をしたその人は、私の大切な幼馴染の一人だった。


「え、あ、虎太……?」
「お前ら、なんで手繋いでんだ?こんなとこで」


虎太だ。スペインにいるはずの虎太が、何故か目の前にいる。
なにこれ、クリスマスプレゼント?


とりあえず状況が上手く理解できないながらも、繋いでいた手を、二人して勢いよく離したのは言うまでもない。










クリスマスは終わりますけど内容的な話はつづきます(2012.12.25)
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