あの凰壮が「クリスマスなにしたい?」なんて聞いてくるから、空耳かと思った。夕方、家までの帰り道。十二月下旬の空気は冷たくて、寒いと通り越して、髪から覗く二つの耳はすっかり痛くなってしまっている。私の聴覚が寒さで正常を保てなくなっても、おかしくなかった。信じられなくて「凰壮?」と聞き返すと、隣を歩く真っ赤なマフラーに顔を半分埋めた凰壮がチラとこちらに視線を送ったが、すぐにツンと逸らして「別に何もしなくてもいいけどな」とふて腐れたような声を出す。温めるように裸の指先に息を吐く凰壮に急いで「誰もそんなこと言ってないじゃん!」と反論した。だって、信じられなくたってしょうがないじゃない。今日という折角の日曜日だって、わざわざ珍しいことに私の家まで遊びに来たくせに、寒いから外出たくないと一点張りの凰壮をなんとか説き伏せてお出かけしたっていうのに。クリスマスだってどうせ「面倒くさい」の一言で片づけられるんだろうなって思ってた。だからまさか、凰壮から週末のクリスマスの話題がでるなんて、思いもしなかったんだ。実にらしくないといえばらしくない。凰壮、何かあったんじゃないの?と疑ったけれど、ここは素直に喜んでおこう。

「何かしてくれるの?」
「ま、折角のイベントくらいはな。人並みに。家も飽きたし、どっか行こうぜ」
「でーと!デートしたい!」

子供みたいにはしゃいで強請ると、「お前デート好きだな」って言って呆れたように笑った。

やった、クリスマスは凰壮とデートだ……!





「というわけでして」
「もう恒例ですね。まーた凰壮くんの話ですか」

そう呆れたように言う目の前の竜持の視線はいつものように私なんかに向けず、最近読みふけっている小説に落とされていた。昼休み。私のクラスとは違って、竜持のクラスは勉強している子とか本を読んでいる子とかばかりで、休み時間だと言うのにあまりさわがしくない。それもそうだ。竜持のクラスは特進クラスで、普通クラスよりも断然頭の良い子ばかりが集まっているのだ。別に沈黙に支配されているわけではなく、もちろんそれなりにざわついてはいるのだけれども、それでもやっぱり畏まっている感じもするし、何より他人のクラスということもあって萎縮してしまう私は、いつもよりも小さいトーンで竜持に話しかける。まるであくどい企みでも相談でもしているようだが、私が相談したいのはそういうものではなく、凰壮と初めて二人っきりで過ごすクリスマスのことなのだ。

「よかったですね。せいぜい楽しんできてください」

ヒソヒソと話す私とは違い、教室の静けさなど気にしない竜持はいつもより幾らか棘棘しいトーンで言い放つ。もう!真面目に聞いてよ!と頬を膨らませて抗議すると、竜持の鋭い瞳が不機嫌そうに私を捕え、思わず怯んでしまった。萎縮。

「な、なに、怒ってんの?」
「……いえ」

竜持は少し乱暴に、読んでいた小説にしおりを挟んでから閉じた。読まなくいいの?と尋ねると「夢子さんがいると集中できませんから」とまた不機嫌そうに眉を顰めた。

「で、何を相談したいんですか?どうせまたくだらないことでしょう?」

早く言えよ。と口ではなく瞳で促してくる。いつもは私を馬鹿にするように見下すレンズ奥の竜持の目は、今日はなんだか威圧的だ。何をピリピリしているんだろうか。嫌なことでもあったのかな?竜持は決して自分の弱いところを見せようとしないのだけれど、その代わりに露骨に態度に現してくる。幼稚園の頃だったか、一度だけ喧嘩した時、あからさまに無視されたり仲間外れにされたりと、女子みたいなイジメを受けた。怖かった。凰壮と口喧嘩することは日常茶飯事だったけれど、竜持にそんな風に冷たくされたのは初めてのことだったので、すごくショックだったことを覚えている。結局、凰壮が取り持ってくれて、仲直りできたのだった。
そんな懐かしい話を一人思い出して耽っていると、いつもより少し低い声の竜持が「夢子さん」と催促するように呼ぶので、慌てて相談事を切り出すこととなった。

「プレゼント!凰壮にあげる!何がいいと思う?」
「……まあ、そんな内容だと思ってましたけど」

適当でいいんじゃないですかあ、とわざとらしく溜息を吐きながらやっぱりどうでもよさそうに言う竜持に抗議したくなる気持ちをぐっと抑える。また睨まれたら怖いし。それにしても、いつも以上に適当だな、こいつ。

「プレゼントなんて、今更僕に相談することもないでしょう?毎年あげてるじゃないですか」

ほら、去年のクリスマスだって。と続ける竜持の言葉で、ぼんやりと去年のことを思いだす。そうなのだ。実は凰壮とクリスマスを過ごすのは今年が初めてというわけではない。小さい頃から毎年クリスマスは、凰壮たちと一緒にお祝いしていた。といっても、中学に上がってからは「クリスマスではしゃぐ歳でもないでしょう」と言った竜持の一言で、恒例のプレゼント交換をする以外は三人でなんとなくダラダラと過ごすだけになってしまっていたのだけれど。去年は竜持と凰壮に、色違いの手袋をプレゼントした。二人は「兄弟でお揃いなんて、この歳になってまでつけられない」とかブーブー文句を言っていて、小学生の時なんかは色違いのウェアでよく練習していたくせに、と不服に思ったことを覚えている。竜持からは私が寝坊しないようにと目覚まし時計、凰壮からはお菓子の詰め合わせをもらった。凰壮がお菓子の詰め合わせをくれるのは、こちらも毎年恒例の話で、私の趣味に合わせて選ぶのが面倒くさいからという理由からの消耗品だった。
しかし今年は今までと一味違うのだ。

「いや、今まではさ、お互いリサーチ不足だった感があるじゃん?でも今年は恋人同士としてあげるわけだし!気合入れないと!」

グッと力強く拳をつくった私を、竜持が白けたように眺めた。「……なに?」と尋ねると「いいえ」と先ほどまでの不機嫌な顔とは対照的にニコリと笑うので、逆に訝しく思った。
なんだよ、言いたいことがあるなら言ってよ……。
眉間に皺を寄せる私など気にせず、竜持は「なんでもいいと思いますよ」とやっぱり不気味な感じに笑って、ずれた眼鏡をあげた。

「夢子さんの選んだものだったらなんだって」
「え、そ、そうかなあ……えへへ」
「ええ、だって凰壮くん、夢子さんから貰ったプレゼント、毎年ちゃあんと箱にしまって大切に保管していますからねえ」

え。
ハン、と意地悪く笑う竜持に、ポカンと間抜けな顔をしてしまった。
大事に、箱に、しまって?
それって、竜持くん、それって……。

「よかったですねえ。何あげても、凰壮くんは大事に奥底にしまってくれますよ」

使ってくれてないって意味じゃないですか……。





たしかに、凰壮、手袋してないなあとは思っていた。昨日だって、寒そうな指先に息を吹きかけて温めてた。手袋すればいいのにって思った。でもそれはきっと趣味に合わなかったんだろうなって、竜持とお揃いの手袋が恥ずかしいんだろうなって、そう解釈していたのだけれど、どうやら違ったみたいだ。今まであげてきたキーホルダーもマグカップもパズルも写真立ても安眠枕も、全部全部家で使ってくれていると思っていたのに、それもどうやら、違ったみたいだった。

「(気に入らなかったのかなあ……)」

学校からの帰り道。一人トボトボ歩く通学路は、寒さも手伝ってすごく寂しい。溜息が白くなって目の前に現れるから、自分の滅入った気持ちが形にされたみたいで恨めしく睨まざるを得ない。

「(あ……プレゼント……。どうしようかなあ……)」

折角貴重な休み時間をつかって竜持に相談しに行ったのに、全くの無駄足だったなあと今更ながらに思った。結局凰壮の欲しいものなんてわからなかったし、というかそもそもプレゼントが欲しいのかすらもわからなくなってしまった。
もしかしたら、何あげても、有難迷惑なのかもしれない。場所とるだけの、邪魔なものなのかもしれない。

そりゃあ、今までのプレゼントは、リサーチ不足だったさ。凰壮の欲しいもの、あげれてなかったかもしれないさ。でも、凰壮のために一生懸命選んだんだよ。凰壮、何貰ったら喜ぶかなあって私なりに考えて、何件もお店回って。男の子の欲しいものなんてあんまりわからなかったし、竜持にもあげるものだから相談できなくて、珍しく一人で考えて選んでたのに。でも、それも、全部凰壮にとってはいらないものだったんだ。がらくただったんだ。凰壮のこと、喜ばせてあげられてなかったんだ。
私、竜持がいないと何もできないのかも。凰壮のこと、なんにもわからない、無駄に一緒にいる時間だけを費やした、名ばかりの幼馴染なのかも。そんで名ばかりの彼女。空っぽの、能無し。


「クリスマス……楽しみだったのになあ……」


ビュウ、と冷たい風が、スカートを揺らす。憂鬱に耳が痛い。
十年分のクリスマスプレゼントが、気持ちと一緒に突っ返された気分だった。












(2012.12.25)
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