日曜日、竜持と家を出て夢子を迎えに行った。
待ち合わせは午前九時と、学校の登校時間と比べれば大分遅かったが、寝坊常習犯の夢子のことだから時間通りに迎えに行っては遅刻してしまうと思い早めに出向いた。しかしながら、夢子は準備万端で既に靴まで履いて玄関で俺たちを待っていたので、俺は少なからず驚いた。
お前今日は早いな、と言うと「今日は五時に起きたの」と返事が返ってきた。
いや、それは早すぎだろ。

夢子を連れて待ち合わせの公園へ三人で向かう。桃山ダンデライオンの時に皆で練習したあの公園だ。中学に入学したてのころは皆で時間を見つけてはミニゲームをして遊んだりしていたが、高校に入ってからは時間が合わなくなってそういう機会もめっきり減ってしまったので、あの公園にサッカーをしに行くのも実に久しぶりで懐かしく思った。

「ねえ、今日は誰が来るの?」

竜持の横を歩いていた夢子が尋ねてきた。それに竜持が答える。

「翔くんにエリカさん、西園寺さん、それと多義くんといったところでしょうか。他の人たちは都合が悪くて集まるのはこれだけですね」
「夢子はあいつらと知り合いなんだっけ?」
「ううん、応援には行ったことあるから一方的には知ってるけど、話したことはないよ」

「緊張するなあ……」と顔を伏せて不安そうに呟く夢子を見て、そういえばこいつ人見知りだったな、とぼんやり思った。慣れるとあんなにうるさいくせに、初めて会う人間には借りてきた猫みたいに大人しい。なんで初対面ってだけであんなに人が変わってしまうのか、人見知りなんて無縁の俺には全く分からなかった。

「まあ大丈夫でしょう、夢子さんには頼りになる彼氏もついていますし。ね、凰壮くん」

そう俺に同意を求める竜持に、俺が答えるより先に夢子が「皆の前でそうやって茶化さないでよね!」と拗ねたように釘を刺した。
夢子が喚くと竜持は「善処します」と愉快そうにクスクス笑った。
いいように遊ばれてる夢子を横目で見て、馬鹿なやつ、と口に出さずに毒づいた。

「(……やっぱり、いちゃついてるのは俺より竜持だ)」

どうでもいいけど。





「竜持くん、凰壮くん、久しぶり!」

公園に着くと既に俺たち以外の皆は集まっていた。俺たちに気付いた翔がいつもの大声を上げると、続いて気付いた面々が小走りに俺たちに駆け寄ってきた。

「お久しぶりです、皆さんお変わりないようで」
「竜持くんも、前に会った時とあんま変わってへんやん。凰壮くんはまた背伸びた?」
「おー、少しな」
「私、今日が楽しみでなかなか寝付けなかったの」
「玲華ちゃん、それ僕もだよ!」
「ははは、皆同じなんだなー」

口ぐちに声をあげる皆を見ると、この感じも大分懐かしいな、と思った。まるで小学生に戻ったみたいだ。プレデター時に痩せた西園寺みたいに、特に劇的に変わった奴がいるわけでもないしな。

皆で談笑を繰り広げてると、高遠が「ん?」と不思議そうな顔をしてから竜持の後ろを覗き込み「その子、誰?」と尋ねた。
皆の視線が竜持に集まって、俺も同じように見ると、竜持の背中に隠れるようにしがみついた夢子が恐る恐る顔を出して「こんにちは」と小さく言った。
本当に、お前、誰だ。
あまりの変わりように、借りてきた猫どころの話じゃないだろ、と心の中でツッコんだ。

「もしかして、その子竜持くんの彼女?」

突然、閃いたというように高遠が面白そうに言った。その声に反応するように皆が「えっ」と小さく驚きの声をあげる。翔が「竜持くん、彼女いたの?」と聞くと「まさか。夢子さんが彼女だなんて、薄気味悪いこと言わないでくださいよ」と竜持が鼻で笑ったように言った。
いつもならここで夢子が憤慨するところだが、絶賛人見知り中の夢子は苦笑いするので精一杯のようだ。へへ、と頬を引き攣らせて笑った。
……なんでお前、笑ってんだよ。間違えられてんのに。
俺は思わず眉を顰めた。

「彼女は夢山夢子さんと言って、僕らの幼馴染です。因みに、僕じゃなくて、凰壮くんの彼女ですよ」
「えー!凰壮くんの彼女なん?」

高遠が二ヤついて俺と夢子を交互に見る。なんだよ、と俺が眉を顰めると「凰壮くんも隅に置けんなあ」と高遠が肘で突いてきた。その行動に思わず引き気味に「……お前、ばばくさくなったな」と言うと高遠は「なんやと!」と怒鳴り声をあげてきた。

「で、夢子ちゃんはどうする?一緒にサッカーやる?」

収集がつかなくなった場を纏めるように翔が尋ねた。さすが元キャプテン。聞かれた夢子はおずおずと竜持の背中から出てきて「あの……見てるだけでいいです、下手のなので」と消え入りそうな声で答えた。
だから、お前、本当、誰だ。



ひとしきり喋った後荷物を置いて、皆がバラバラに散らばる。竜持の提案で三対三のミニゲームをやることになった。
ベンチの辺りに歩いて行ってポジションを取り、しゃがんでスパイクの紐を結び直していると、高遠がこちらに近づいてきて「なあ」と声をかけてきた。
なんだよ、と視線だけをあげて答えると「あれ、いいん?」と遠慮がちに指を指した。示された先を見ると、荷物置き場のところで竜持と夢子が何やらヒソヒソと近づき合って話をしていた。夢子の手は、竜持の服の裾を掴んでいる。
二人の姿を一瞥してから「何が?」と尋ねると、高遠は呆れたように溜息を吐いた。

「何が?ちゃう。あの二人ごっつ仲ええやん。勘違いしたうちが言うのもあれやけど、あんなに仲よおしとって、凰壮くんやきもち妬かへんの?」
「別に。あんなの今に始まったことじゃねえし」

昔からあいつらは仲が良く、夢子がああやって刷り込みされた雛鳥みたいに竜持について回るのは日常茶飯事であり、見慣れた光景にすぎないのだ。
第一、あいつらにやきもきしたところで仕方がない。そりゃあ、必要以上に仲がいい姿を見れば人並みに苛つくこともあるし、それでつい最近夢子を泣かせてしまったこともある。(ただあれはさすがに度が過ぎていたからだ) だが、二人を見ていればお互いその気がないのがわかるので、そんな二人に対して些細なことでいちいち気を揉むのはくだらないし、正直面倒くさい。

黙々と紐を結び、立ち上がるとそんな俺を見上げて高遠は「ふーん、クールやなあ」と腑に落ちないというように言った。

「凰壮くん、情緒の欠片もないんやなあ」

ほっとけ。
そんなの、充分に自負している。

さあ皆!はじめよー!と翔の大きな声が響き渡って、俺たちはそれぞれのポジションに散らばった。






「そろそろ休憩しないか?」

夢中でボールを追いかけまわし、皆の息があがってきたところで多義が呼びかけた。足を止め周囲を見渡すと、人一倍息の荒い西園寺が目に入って「そうだな」と多義の提案に同意した。

「せやな、うちも疲れた」
「それじゃあしばらく休憩にしましょう。そろそろお昼ですし、ね?」

竜持の言葉にもうそんな時間か、と公園の時計を見上げると、針は長針短針ともに上を向いていた。
汗を拭いながら荷物の傍に歩いて行くと、端っこでジッと体育座りしていた夢子が勢いよく立ち上がり、竜持の傍に駆け寄っていく。
その姿を視線だけで見送って、俺は鞄からタオルを取り出し首に巻いて汗を拭いた。
スス、と静かに高遠が近寄ってきて「あれもやきもち妬かへんの?自分より竜持くんに駆け寄るんやで?」と周囲に聞こえない程度に囁いた。大きなお世話だ、と言うと高遠はやっぱり納得できないというように「ふーん」相槌を打った。

何度も言うように、別にあんなの、昨日今日にはじまったことじゃない。十年間、夢子がああやって竜持に駆け寄る姿を何度も見てるのだ。俺よりも竜持を選ぶ瞬間を、何度も経験している。それがどういう事情とか気持ちがあってしてることかは知らないが、今更、ムカついたってしょうがない。

……しょうがないこと、だ。


しばらく休憩すると翔が「皆お昼どうする?僕コンビニで買ってくるけど」と伺ってきた。
「俺も行くよ」と多義が言い、それに高遠も続いた。翔が「玲華ちゃんは?」と聞くと西園寺は「持ってきているけれど、皆が行くなら行こうかな」と遠慮がちに言うので、すぐさま高遠が「ええでええで、一緒に行こう!」と笑いかけた。
俺たちも昼なんて持ってきてなかったので「俺も」と声をかけて鞄から財布を取り出し、皆でコンビニ向かおうとすると、突然「あ、あの!」と後ろから声がした。「なんだ?」と思って振り返ると、先ほどまで竜持の傍にいたはずの夢子が俺の後ろにいて、俺のことを睨むように見ていた。
なに睨んでんだ、こいつ。なんか怒ってんのか?

「お、おう、ぞう!」
「……なんだよ」

睨みつけてくる夢子に、感じ悪いなと思いつつ相槌を打つ。
力んだような夢子の声に皆不思議に思ったのか、視線が夢子に集まった。
なかなか続きを切り出さない夢子に、また夢子の悪い癖か、と頭の中で溜息を吐いた。
一昨日の夢子がデジャヴュする。
しばらくすると、夢子は一度大きく深呼吸してから、ギュウっと目を瞑った。
そして。

「お、お弁当を!作ったので!」
「……は」
「一緒に、食べませんか!」

そう言い切ると、今度は顔を赤く染めあげて俯いてしまった。

予想外の言葉に、俺は一瞬何を言うべきか戸惑った。
黙っていると竜持の「よかったですねえ凰壮くん、お昼持ってこなくて」と楽しそうな声が聞こえてきて、そういえば、朝「お昼はコンビニで買えば問題ないですよねえ?」と確認するように念を押してきたのは竜持だったと思いだし、一杯食わされたのかと思って悔しくなった。
竜持をジッと睨むとそんな視線に動じることなく「それじゃあ僕たちはコンビニに行きましょうか」と皆を引き攣れて行ってしまった。
去り際に高遠が「凰壮くん、よかったなあ」と笑ったが、やっぱり大きなお世話だと思った。



ベンチに並んで腰かけると、夢子が鞄からペンギンキャラクターが印刷された弁当箱を出した。
「あ、それ」と思わず口にすると夢子は「そう!集めてたシールの特典!たまったからお弁当箱もらえたんだあ」と嬉しそうに笑った。
間抜けな顔で笑う夢子を見て、思わず顔が綻んでしまった。

「お弁当箱もらえたら、お弁当つくるって約束してたでしょ?だから!」
「そういえばそうだったな」
「えへへ、五時起きで作ったんだよ」

俺はなるほど、と合点がいったように頷く。
迎えに行った際「五時に起きた」と言った夢子を不思議に思ったが、このためだったのか。
こいつが訳もなく早起きするなんておかしいと思った。

「竜持も知ってたんだな」

確認するように問いかけると夢子はうん、と頷いた。

「昨日ね、お弁当のレシピ本見ながら相談してたの、凰壮どんなのが好きかなあって」

なら、昨日夢子が隠したのはそれか、と頭の中でぼんやり考える。
竜持のやつ、秘密ですなんて言っておいて、随分くだらない秘密だな。

夢子が俺に箸を渡して、弁当箱を開けた。
中身を見ると、俺は思わず顔を顰めずにはいられなかった。

何故なら、弁当の中身は、俺の嫌いなおかずで埋め尽くされていた。

「(これだから、竜持に相談するのはやめろって言ってたのに)」

俺は夢子に聞こえない程度の小さな声で「竜持め……」と呟いた。


「凰壮、食べてよ」

早く、早く!と無垢な目で訴えかけられ、まるで犬みたいだなと思った。
嫌いと言っても味が嫌いなだけで食べられないわけではないので、俺は箸で一番隅っこに追いやられてたおかずを掴み、口に運んだ。
じくり租借して飲み込むと、夢子が「どう?」と目を輝かせて聞いてくるので正直に思ったことを言った。

「まずい」

好き嫌いの依然に、まずい。
焦げてる。
こいつ、そういえば前もカレーを焦がしていたが、焦がすのが十八番なのか?
っていうか弁当に詰める前に味見しろよ、なんであんなに自信満々だったんだ。

夢子は「ええ!」と驚いた声をあげ、俺から箸をひったくると、同じおかずを掴んで食べた。
しばらく黙って噛み、飲み込んだ後に「……まずいね」と言った。
だからなんで前もって味見してこなかったんだ。

「ごめん……」
「別に今に始まったことじゃねえだろ」
「……食べるの?」

俺が夢子から箸を取って、再び弁当を突き始めると、夢子は遠慮がちに質問してきた。
「しょうがねえじゃん、これしか食べるもんねえんだし。食べてやらないと、お前不憫だしなあ」と悪態をつくと、台詞に反して何故か、夢子ははにかんだように笑った。例の、付き合うようになってから見せるようになった顔というやつで、やっぱりそう悪いもんじゃない。

「凰壮にね、食べてもらいたかったんだよ。だから、嬉しいな」
「……ふうん」

ふうん……俺に、ねえ。

その言葉で、なにかすごく充たされたように気分になった。

同時に、もしかして俺はやっぱり高遠が言うように苛ついてたんだな、とぼんやり思った。

十年間、夢子が竜持を選ぶところを見てきた。別に、あいつらが仲良くたってそれは俺がどうこう言う話じゃない。それが家族だろうが幼馴染だろうが、他人の友好関係について口出しする権利など、どこにもないのだ。大体、仲がいいことは悪いことでもないしな。ましてや夢子と竜持が互いに恋愛感情を持っていないということも重々理解しているため、いちいち俺がそれに口を挟んだりやきもきする必要なんてどこにもない。
これはやっぱり建前なんかじゃない、俺の本心だと胸を張って言える。
しかしながら、それをなんとなく、面白くないと思っていたのも、本当だ。
俺がやきもきすることじゃない、と言い聞かせる内に、しょうがないと割り切っていたのかもしれない。
すぐに竜持を頼ろうとする夢子に、苛ついていたのかもしれない。

季節の移り変わりにも星の瞬きにも感動しない、情緒なんて欠片もない俺が、人並みに妬いていたのかもしれない。

そう思うと、少し、気恥ずかしかった。



「それにしてもお前、料理も作れないなんて本当に女か。さすがブスなことはあるな」
「つ、次はもっと上手く作るよ!」
「……次もあるのか……」
「……何?」
「別に」

拗ねたように頬を膨らます夢子を見て、思わず笑った。
口いっぱいに種を詰め込んだハムスターみたいで、お前それ全然可愛くねーぞ、むしろ間抜け面、と言うと、夢子は顔を真っ赤にして怒った。
ああ、やっぱりこいつと口喧嘩するのは、面白い。


「お前、心優しい俺に感謝しろよ。お前みたいなブスの相手してやろうって男、相当な物好きしかいないぞ」

そう言うと夢子は少し驚いた顔をしてから、またすぐに顔を綻ばせて言った。


「うん、ありがとう凰壮。相当物好きな人が、凰壮でよかった。すごく、嬉しい」


一瞬、俺は固まってから、ぎこちない動作で視線を弁当に落とした。

やはり俺の脳みそは、夢子との腐敗に腐敗を重ねた十年来の腐れ縁が浸食し、腐ってしまったのかもしれない。


だって、顔を赤らめてはにかむ馬鹿で能天気で鈍間なブスのはずの夢子が、可愛い、だなんて、絶対どうかしているだろ。














ヒロインの好きな某ペンギンキャラクターってつまりペンギンはつまり、鳥で、つまり……(2012.10.1)

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