二十世紀が終わり二十一世紀が幕を開けてから随分経つ。二十一世紀ということは、かの有名な猫型ロボット様がやってきた未来が誕生するまであと百年ほどであり、科学の発展も目覚ましいことになるであろう。輝かしい進展の時代なのだ。

しかしながら私と想い人の仲はなかなか進展しない。






「そっかー。ついに夢子も好きな人と付き合えたんだねえ」
「え?」

昼休み。
友達と机をくっつけて昼食を食べていた時のことだ。
窓際のため夏の日差しがじりじりと照りつけるが、寒いくらいに冷房のきいた教室では大した暑さではなく、むしろ心地よい。微睡ながら現在集めている某メーカーの特典シールが付いたイチゴジャムパンを食べながら先日行われた凰壮とのデートについて友達に報告していると、友達は感慨深いと言ったように呟いた。
私は驚きながらも彼女の言葉を訂正する。

「付き合ってないよ?」
「え?」

今度は友達が驚く番だった。色合いの良いお弁当をつついていた友達の箸から形のいい卵焼きが落ちて、お弁当箱の中で少し歪になる。

「付き合ってないの?」
「うん、付き合おうなんて言ってないし言われてもないよ?」
「え、でも好きだとは言ったんだよね?」
「……んー、まあ一応」
「デートもしたし」
「うん」
「君のことタイプ的なことも言われたのでしょう?」
「……そだね、大分印象変わるけど、まあ要約すると」
「それ付き合ってるんじゃないの?」

友人は不思議そうに首を傾げた。確かに最近では「付き合おう」などという口約束などなくても雰囲気で付き合いだす恋人たちは割といるらしく、私たちのことも漏れなくその例に含まれていると友人は言いたいのだろう。
しかしながら彼女の言葉には賛同しかねる。
何故なら。

「でも私、凰壮に好きだなんて言われてない」

確かに私の告白に凰壮は嬉しそうだったしデートしたいとも言ってくれた。デートではなんだかんだ私のこと大事にしてるとも取れる発言もしていたし、私が思っている以上には私のこと想ってくれているんじゃないか、と思う。愚かにも、凰壮私のこと好きなのかな?って思ったりもした。
けれど、凰壮が私に「好きだ」「付き合おう」などと言っていない以上自信なんて持てるはずもなく、私は凰壮と付き合っているだなんて大それたこと思えるはずもないのだ。
だってそれらの凰壮の行動なんて、幼馴染の延長でしかないと言われればそれまでの些細な出来事にすぎない。

恋人になりえるために必要な決定的な言葉を、私は何一つもらっていないのだ。

「(好きかも、って言った時、ちゃんと返事もらっておけばよかった……)」

はあ、と溜息をつきながらイチゴジャムパンの袋についている一点分のシールをはがして用紙に貼る。もう集め始めてから二週間以上も経つというのに、まだ半分も溜まっていない用紙を眺めて再び溜息をついた。
特典である某ペンギンキャラクターが描かれたお弁当箱までは、まだまだ遠い。

「(全然、届かないなあ……)」

私と凰壮との仲は実は進展などしてなかったのだ。






「夢子さん」
「あ、竜持」

放課後。授業が終わりそれぞれ部活か帰宅に生徒の選択肢が二分される中、帰宅部所属の私が部の活動を全うしようとスカスカの鞄に持って帰るべきものだけせっせと詰めて帰路につく準備をしていた時だった。
ガヤつく廊下から教室を覗き込むようにして、隣のクラスの竜持が私の名前を呼んだ。
一瞬、まだクラスに残っていた女子から黄色い声が聞こえた気がしたが、気にしたらきりがないので聞こえなかったことにする。

「どうしたの?一緒に帰る?」
「いえ、僕は用事があるので遠慮しておきます」
「……じゃあ何しに来たの?」

嫌な予感がする。
竜持がこうやって用もないのにわざわざ私に会いに来るなんて、何か企んでるとしか思えない。
私は警戒するように竜持の言葉を待った。
そんな私を見て竜持は「やだなあ、そんな顔しないでくださいよ。朗報なんですから」と言った。

「朗報……?」
「そうです朗報です。今日は父さんも母さんも用事があって家に帰りません。家の留守を任された僕も用ができてしまったために帰りは遅くなってしまいます」
「……それで?」
「部活でクタクタになってくる凰壮くんは、家に帰ってもご飯がありません、可哀想なことに」
「……だから?」
「野暮ですねえ、言わなければわかりませんか?凰壮くんの分のご飯を作ってあげてください」
「え、私が?」
「そうです。先日のデエトで発揮できなかった、夢子さんのほぼないに等しい女子力をアピールするチャンスですよ」
頑張って凰壮くんのハートを鷲掴みしてくださいね。


そう言って竜持は応援するように拳をつくるけれども、つまりは体よく降矢家の夕食の準備を押し付けられてるだけであった。

しかしながら竜持の言葉もまた事実。
先日のデートでは女子力のじの字も発揮できなかった上、結局喧嘩してしまった。凰壮はそれで良しとしてくれたし、結果的には私も悪くないデートだったと結論づけたけれども女らしさをアピールすることは一切できていない。
それでは女が廃る。
料理ならば、先日のようにぶりっこしたりして凰壮を不審がらせずとも女子力をアピールできる絶好の機会である。

それに、あわよくば凰壮の幼馴染から彼女の立場に昇格するチャンスでもあるかもしれない。
古来より男のハートは胃袋で掴めとか料理の上手い妻を持つ旦那は浮気しないとか言われている。部活で疲れている凰壮においしい手料理を披露して凰壮のハートを掴めれば、私と凰壮のグレーゾーンな関係に終止符を打てること間違いないだろう。

凰壮が私のことをどう思っているか分からない以上、ここで勝負にでてみるのも悪くはない。


「わかった!任せて!」


意気込む私の言葉を聞くと、竜持は「よろしくお願いしますね、夢子さん」と言って教室を後にした。





学校から帰宅し靴も脱ぎ散らかしたまま真っ直ぐ台所に向かう。
冷蔵庫を開けて材料を確認し何が作れるか思案していると、お母さんがリビングからやってきて、ただいまも言わず冷蔵庫の前で考える人のポーズをとる娘の姿を見て不思議そうな顔をした。

「お腹すいてるの?何か作る?」
「違う。作るのは私」
「ええ?」
「今日の夕飯は私が作るから!」
「あらあら、どういう風の吹き回しかしらねえ」
「いいの!料理作りたいの!」
「はいはい、お任せしますね」

そう言ってお母さんは笑いながらリビングに戻っていった。
竜持だけでなくお母さんからもよろしくされてしまったのだ。
やるしかない。最高の料理をつくってやる!





結局、献立はなるべく成功率の高いカレーに決めた。大量に作れるから家族の分と凰壮の分もいっぺんに作れるし、何よりカレー好きだし、私が。
たまねぎにんじんじゃがいもを適当な大きさに刻んで肉と炒めて、水とルーで煮込むだけ。簡単!素敵!スパイシー!

後は凰壮が帰ったら降矢家にお裾分けに行くだけなのだが、早めの準備が功を奏し凰壮が帰るまでに結構時間もあったので、おいしくなるようになるべく長く煮込もうと、グツグツ火にかけたままリビングに行く。
ソファーに腰掛けテレビを見ていたお母さんが私に気付いて「もうできたの?」と聞いてきたので「ばっちり!」と答えると「楽しみねえ」と笑った。

私も楽しみである。
カレーを食べた凰壮はどんな反応をするだろう。目を閉じて思いを巡らす。
折角想像の中なので、普段の凰壮より十割くらい優しく想像してみよう。
「私が作ったんだよ」って言って盛り付けてあげると、脳内の凰壮は「へえ、やればできるじゃん」って言って笑う。ああその笑顔が見たかったの!もう最高!
ご都合主義の想像は膨らみ「俺の彼女にしたいくらだぜ」「本当?じゃあ立候補しちゃおうかな☆」ってとんとん拍子に話は進んで「はい、あーんして」「あーん」「おいしい?」なんてバカップルじみたことをして、二人きりで食卓を囲み「新婚さんみたいだねテヘ」なんて言ってる甘い妄想まで行き着いて、閉じていた目を開ける。
いや、これはさすがにない。「あーん」なんて言ってる凰壮想像しただけで笑える。それに凰壮はこんなうすら寒いこと天地がひっくり返ってもしないし言わない。むしろ目の下痙攣させてドン引くタイプだ。
冷静になった私は、せいぜい「ブスでも料理くらいはつくれるんだな」とかかなあ、と考える。まあどんな言葉でも、褒めてもらえたら幸せ、と笑みがこぼれる。因みに凰壮にとって「ブス」は褒め言葉らしいので、一応これは褒めている部類に入る。

ああ、早く凰壮帰ってこないかなあ。



しばらくするとお母さんが「ご飯にしましょうか」と言ってソファーから立ち上がりキッチンに行く。時計を見ると時刻は十九時半を示していて、あと三十分もすれば凰壮が帰ってくる時間かなと思った。

「(凰壮の分、残しておいてもらわないと)」

私もソファーから立ち上がりお母さんの後を追ってキッチンに行く。
火にかけた鍋の前に立って中身をまじまじ見ているお母さんに向かって呼びかけようとしたら、お母さんの方が先に「夢子」と私を呼んだ。

「なあに?」
「あなた、火止めなかったの?」
「え、うん。煮込んだ方がおいしいと思って」
「それはそうかもしれないけど、そうするんだったら、かき混ぜないとダメよ、焦げちゃうから」
「え」

まさか。

お母さんの言葉に、不安がよぎる。
確かに、この、少しスパイシーな中に香る毒々しい匂いは。

「まあ、食べられないことないけどねえ」

そう溜息をつくお母さんの姿を見て、確信した。


成功率の高いカレーを、失敗した。





「いや、まだ時間はある!」

そう高らかに叫んだ私は家を飛び出た。

失敗したカレーは家族で食べるとして、凰壮に食べてもらう分くらい、おいしいものを作りたい。そんな些細な乙女心から、私は作り直しをすべくルーを求めて一番近いコンビニに全力疾走した。

帰宅部の私は、走るのが得意ではない。
体育の時間でない限り、こんなに全力で走ることはまずないのだが、事は一刻を争うのである。
運動不足の皮膚からは、夜とはいえ蒸し暑い気候も手伝って、たくさんの汗がでる。
息も絶え絶えで、酸素を求めて肺が忙しなく活動を始める。
こんなに走ったの、いつぶりだろうと酸素の足りない頭がぼんやりと考えた。

コンビニの光が見えてきたところで走っていた足を緩め、呼吸を整えつつ歩いてコンビニに向かった。
もうすぐ店内、というところでもう一度大きく息を吸って汗を拭う。
そうして風で跳ねあがった前髪を直してから店内に入ろうとしたところで、声をかけられた。


「よお、夢子じゃん」
「え、あ、うそ……」

あんぐりと口を開けた私に「何驚いてんだよ」と、コンビニ袋をぶら下げた凰壮が言った。






「お前コンビニに用あったんじゃねえの?」
「……いや、もういいんだ」

二人で並んで家の方に向かって歩く。
もう作り直す時間なんてないし……と心の中で呟き溜息をつく私を見て、凰壮は「ふーん」と興味なさ気に言うと、コンビニ袋からあんパンを取り出して食べ始めた。

「あ、買い食い!行儀悪いよ!」
「うるせえな、いいだろ、部活で腹へってんだから」

違う、そうじゃなくて、今食べたら晩御飯食べれなくなっちゃうよ!と私は言いたいのだけれど、私が凰壮のためにカレーを作ったなんてことを凰壮はまだ知らず、さらには失敗してしまったため私は胸を張って「凰壮のためにご飯作ったんだよ」とも言えずにいた。
あんな焦げたカレーじゃ、凰壮のハートを掴むなんて、夢のまた夢である。

私が、食べちゃダメ!と声に出さずに念じるけれども、もちろんそんなことに凰壮は気付かないのであんパンはみるみる内になくなっていく。

「あーあ」

完全に凰壮の胃の中に消えて行ったあんパンを見て批難の声を上げると、凰壮は「なに、お前食べたかったのかよ?」と言った。

「そうなら早く言えよ、わかんねえだろ」
「……違うもん」
「じゃあなんだよ」


食べたかったんじゃなくて、食べて欲しかったんだよ。
既製品のあんパンなんかじゃなくて、私が真心こめて作ったカレーを食べて欲しかったんだよ。焦げたけど。
そうしてあわよくば、私のこと、凰壮に好きになってほしかったんだよ。


そんなこと到底言えずに勝手にいじけだす私を横目で見ながら凰壮が「面倒くせえな」と呟いた。
はいはいどうせめんどくせーですよ。

「ほれ、これやるから機嫌直せ」

凰壮は私の手にあんパンがいなくなった袋、つまりはゴミを押し付けてきた。
これでどう機嫌を直せと?
私をおちょくってるとしか思えない凰壮の態度に、憤慨した。

「ゴミじゃん」
「ゴミだな」
「ちょっと!あんた一体何をし……あ」

憤慨したことで握りつぶしたパンの袋をよく見ると、私が集めているメーカーの商品であることに気付いた。
もしかして、と思い袋を広げてよく見ると、端っこに一点分のピンクのシールがちょこんと貼ってある。

「やった!一点!」

思いがけないタイミングでのシール獲得に、思わず声が弾んだ。

「感謝しろよ」

得意げに笑う凰壮に「うん、ありがとう!」と素直に言う。
やったあ、これで半分だ!

子供みたいにはしゃいで喜ぶ私に凰壮が「お前、本当単純だな」って言って笑った。
その言葉を聞いて、違和感を覚える。

「(違う、私が単純なんじゃなくて)」

「夢子?」

足を止め立ち止まった私を不思議そうに見ながら、数歩先で凰壮が私に振り返る。

「凰壮、なんで私がシール集めてたこと知ってるの?私、言ってないよね?」
「なんでって……最近お前よくパン買ってるし、それに特典のキャラクター好きだろ?」
だから。

凰壮の言葉を聞いて、やっぱり、と思う。

この前のデートでも感じたけど、凰壮は私のことよく知っている。
些細なことでも、私のことよく見てくれてるんだ。
思えばこういったことは初めてではない。
凰壮は他人のことよく見てるし、頭もいいからさり気ない気遣いもできる。
そんな凰壮に何度惚れ直してきたことか。

私に限ったことじゃないと言われればそれまでであるが、でも、私たちは一応グレーゾーンな関係なのだから、少しくらいは自惚れたいと、一点のシールを見つめながら思った。


「凰壮、この前、聞きたいことがあるなら直接聞けって言ったよね?」
「……?ああ」
「じゃあ、聞く、けど」

一度、緊張から大きく息を吐く。
一点分の勇気を握りしめて、そして。



「凰壮って、私のこと、好きなの?」



言った。
こんな自惚れに等しい質問、すごく恥ずかしい。
それと同時に、もし間違っていたら、と思うと怖くてしかたなかった。


凰壮は驚いたように目を見開いて私を見る。
恥ずかしいけれど、私は目を逸らしたりしなかった。
凰壮も同じように私を見つめて、しばらく黙った後「今更かよ」と言った。

「気付けよ」
「……言われなきゃわかんないよ」
「……そうだな」
「……言ってよ」
「……」

少しだけ、声が震えた。
哀しいわけでも腹立たしいわけでもないのに、どうしてこんなに震えるんだろうと思ったけど、きっとこれは緊張だ。


もうすぐ、十年来の関係が、変わろうとしているのだ。


凰壮が黙るから、私も黙って待つ。
時間が止まったような、ってよく使われる表現だけれど、正にこのことかと思った。
心臓が、すごく早く動く。

この沈黙が、永遠のように感じられた。



「好き、だ」



はっと苦しそうな声が漏れる。
胸が、苦しい。
哀しくなんてないのに、目が潤んだ。

凰壮のこと、すごく、愛しいと思った。


ああ、大好き。私の、大切な、幼馴染。



「私も……」
「知ってる」
「……付き合う?」
「……俺はもうそのつもりだったけどな」
「言われなきゃわかんないよ……」
「お前が鈍感なんだよ」

そう言って凰壮は呆れたように、笑った。


ああ、その笑顔が、見たかったの。




「凰壮、カレー作ったんだけど、食べに来ない?」
「カレー?夢子が?」
「そう」
「……食えんのかよ?」
「失礼な!……少し焦げたけど」
「……お前、カレーも満足に作れねえのかよ」

凰壮が溜息をついた。
「ひどい!」と私が息巻くと、凰壮は「あーはいはい、分かったからさっさと行くぞ」と歩き出す。

「行くってどこへ?」
「お前んちだろ?」
「あ、食べてくれるんだ」
「夢子の家族が可哀想だろ、まずいカレー食わされる身にもなれよ」

先をどんどん歩いて行く凰壮の背中を追いかけて、並んで歩き出す。

「凰壮、ありがとうね」
「……なにが?」
「えへへ、別にい」

凰壮と並んで歩いているだけなのに、すごく幸せだから、なんとなく凰壮に感謝したくなった。

「ポイント溜まってお弁当箱もらえたら、お弁当作ってあげるね」
「(……)……うまかったら食ってやるよ」
「うん、がんばるねえ」



ああ私今世界一幸せです。





さようなら幼馴染、初めまして恋人さん!
これからもよろしくね。

















火は危ないので止めましょう。竜持とヒロインは同じ学校です(2012.9.3)

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