「おや、夢子さんじゃないですか。おはようございます」
「げっ!竜持」

凰壮と待ち合わせた駅へ行く途中、竜持と出くわした。
私が明らかに嫌そうな顔をすると、竜持はクックッと喉で笑って「そんな顔しないでくださいよ」と言った。

「そのワンピ―ス、見たことありますねえ」
「そ、そりゃあ、たまに着てる、し……」
「ほう、四時間迷って選んだ結果が着古した服ですか。人様の睡眠を妨害してまで選んだ服が特別感の欠片も感じられない服ですか」
「……(だから昨日相談したんじゃん…)」

これだから会いたくなかったのだ。
昨日電話越しであんな冷たかったくせに、自分が絶好調だと嫌なくらい絡んでくる。
そんな私の考えなどムカつくくらい察しているのだろう、竜持はこちらの気持ちを的確に逆なでしてくる。

「ねえ竜持、瞼腫れてるの気になるかなあ?」
「瞼?別段腫れてるように見えませんよ、いつも通りのパッとしない容姿です」
「……(化粧したのにな…)」

まあ気にならないならいいかな、と安堵したのも束の間。「そんなことより」と竜持は言葉を続けて、私のことを上から下まで品定めするような目つきでジロジロ見てきた。

「なに……?」
「いえ。ただ、僕が凰壮くんだったら、幻滅しますねえ。初デートで変わり映えのしない服着てきて太い足晒されて寝癖みたいな髪形して、萎えますね、即帰りますね、さよならですね」
「そこまで言うか!確かに変わり映えしない服だけど今日は女らしく足を見せて凰壮のハートをドキドキさせようという作戦なのだよ!足太いかもしれないけど!昨日竜持が言ったんだよ、色気見せろみたいなことをさ、眠くて覚えてないかもしれないけど!あと、この髪は寝癖じゃなくてアイロンでわざわざ巻いて「夢子さん」

二時間しか寝てない私が朝から慣れないなりにも努力した証をぼろ糞に批判されたことに憤り、捲し立てるように反論するとそれを遮って竜持が私の名前を呼ぶ。
そしてにっこりと思わず見惚れてしまうような笑顔で一言。


「焼石に水って言葉、知ってますか?」


「(こいつ、昨日のこと根に持ってるな……)」








「お、凰壮、おはよう」
「……おう」
「やあ凰壮くん、朝ぶりですね」

竜持も駅に用事があるというので、必然的に待ち合わせ場所まで一緒にすることになってしまった。どうやらこいつ、私のデート失敗させたいらしい。
駅までの道でたっぷり竜持に凹まされた私は、睡眠不足も手伝ってすっかり憔悴しきっていた。

「なんでお前いるの?」

凰壮が不思議そうに竜持に尋ねる。

「たまたまですよ。じゃあお二人とも楽しんでくださいね、デエト」

「デート」を強調するように言われ恥ずかしいやら腹立つやら色んな感情が湧く。
失敗させたいっていうか、面白がってやがる。
去っていく竜持の背中を見送ってやれやれというように溜息をつくと、凰壮がチラっとこちらを見た。
まずい、と私は手で口を押える。デート中に溜息なんかつく女がいるか!まだ始まってないけど。

私が取り繕うようにニコっと笑って「ま、待った?」などとお決まりの台詞をかますと、「待った」と凰壮。
いやそこは「ぜんぜ〜ん!今来たとこ☆」だろ。と内心思ったが、今日のテーマは「いつもより積極的に!素直に!可愛らしく!女らしく!」であるため、言葉には出さずにツッコんだ。

それにしても今日の凰壮は十割増しくらいでかっこよく見える。いつも十割でかっこいいので、つまり二十割でかっこいいということになるが……ん?どういうことだ?
服装も見覚えがあるいつもの凰壮で普段となんら変わりなんてないのに、やっぱりデートというシチュエーションがかっこよさを増大させているのかもしれない。凰壮が横にいるだけでドキドキする。ああ、一緒に出掛けるのなんて、初めてじゃないのになあ。こんなに気持ちがはしゃいで緊張するのは、やっぱりデートというシチュエーションのせいかもしれない。
まだ合流して二分も経ってないのに、息するのがつらい程度には心臓の鼓動が通常の倍速である。今日は一日一緒かあ、と考えるとどうしようもなく緊張して、あ、手汗かいてきた。

「待たせてごめんね、今日は、楽しもう、ね!」

本日のテーマである「いつもより積極的に!素直に!可愛らしく!女らしく!」をさっそく実行すべく、昨日さんざん鏡の前で練習した極上のスマイルをお見舞いするが、凰壮はそんな私の気持ちなど露知らず「なんでぶりっこしてんだよ。さっさと行くぞ、ブス」と言って先にどんどん歩いて行ってしまった。

「(確かに、いつもの凰壮で普段となんら変わりなんてなかった……)」

いくらいつもよりかっこよく見えたところで、凰壮はいつもの凰壮だった。
ほぼ徹夜で選んだ服も普段隠している足も慣れない化粧も手間かけた髪の毛も、トキメかせるどころかブスという言葉で片付けられては一溜りもない。
いつもより気を使ったつもりなのに、凰壮にとっては普段と変わりなく映るのだろうか。変わり映えのない服装に太い足晒して寝癖みたいな髪形している、と思われているのだろうか。萎えられているのだろうか。

「(やっぱり、焼石に水だったのかもしれない)」

肩を落としてモタモタ歩く私に凰壮が「のろま」と言ってくる。
ムッとして言い返そうとしたが、今日のテーマを思い出して言い返すのをやめた。

「(喧嘩するくらいなら、凰壮に、可愛いって言ってもらいたい)」

せっかく今日のデートのために私らしくないことまでして頑張ったのだ。
くだらない喧嘩でやっと叶えたデートを台無しになどしたくない。


「(あのブスブス言ってくる凰壮を、どうトキメかせるがポイント……)」

しかしながら凰壮の好みのタイプとか好きな女優とか、そういう恋愛に関係ある方面の情報について全く知りえない私が、自力で凰壮をトキメかせるのは至難の業だろう。

どうしたものかと首をひねった瞬間、脳内によぎった「下着見せればイチコロですよ」と言う竜持の言葉を、首を左右に動かして「それはない」と振り払った。


「(とにかく今日は、いつもより積極的に!素直に!可愛らしく!女らしく!)」


朝から何度も唱えている言葉を、まるで無敵の呪文のように繰り返した。

















竜持が出張るシリーズになりつつありますね(2012.8.23)

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