凰壮が知らない女の子とデートしていた。だからと言って私には関係ない。何故なら私はただの幼馴染にすぎないのだ。別にショックなんて受けていない。ただこんなに気分が落ち込むのは、買ったばっかのレギンスに穴があいて、膝がジンジン痛いからなのだ。

「どうでもいいですけど、僕のこと駆け込み寺かなんかと勘違いしてません?僕だって忙しいんですよ?夢子さんのくだらない悩みにばかり付き合ってられないんですけど」
「……助けてよう、リューえもん」
「……ネジの足りないロボットと同列に扱わないでくれますか?」

国民的キャラクターを捕まえて、竜持は不愉快とでも言うようにため息を吐いた。偉そうな奴だとは思っていたけど、まさかここまでとは。

竜持に視線を向けると、ソファーの弾力に体が沈んだ。ふかふかの降矢家の白いソファーは心地よい。さきほどダイブしたコンクリートとは天と地の差だ。
隣に座っている竜持は足を組んでこちらを覗き込んだ。

「痛いですか?」
「……うん」
「自業自得です」
「転んだだけでそこまで言わなくても」
「そっちじゃないです」
「じゃあなに」
「十年も一緒にいてモタモタしてたほうが悪いんです」
「……」
「凰壮くんが他の人を選んだとしても、自業自得だと思いますよ」
「……」

ぐうの音もでないとはこのことだ、と思った。
十年も一緒にいて、告白どころかデートの一つもできないなんて、意気地なしにもほどがある。

「まったく正論、です……」
「ならもう告白でもしてきたらどうですか」
「え、なんで」
「なんでって、言わないと一生このままですよ」
「い、いやだよ、絶対フラれるじゃん」

そういうと竜持は冷たい視線を向けた。
毒舌なのは竜持の特徴だが、こうして何も言わなくなるのは本当に呆れてる時だ。
それに気づいて、思わず口ごもってしまう。

「どんな形でも、区切りはつけたほうがいいと僕は思いますが」
「……」
「言わなきゃ伝わらないこともありますよ」
「う、うん……」

観念したように頷くと、フッと笑った竜持が私の頭を撫でた。

「……竜持はお兄ちゃんみたいだね」
「こんな手のかかる妹は嫌です」
「うん、ごめんね」

頭を撫でる手が心地よくて、竜持の肩に頭を預けて目を閉じる。
告白かあ……。
竜持の言葉を、ぼんやりと反芻させた。


「何してんだよ」

突然低い声が聞こえて驚いたとでも言うように肩が上下する。振り向くと、ドアの向こうで凰壮がこちらを睨んでいた。

「ああ、おかえりなさい、凰壮くん」

竜持はいつものように笑うが、凰壮の眉間の皺はますます増えるばかりだ。
怒ってる? でも、なんで?

「お前ら、なに。そういう関係だったの?」
「は?」
「嫌だなあ、凰壮くん。冗談でもそんな気味の悪いこと言わないでください」
「おいこら」
「じゃあなんでそんなベタベタしてんだよ」

凰壮の声がどんどん低くくなっていく。不機嫌なのは伝わってくるが、何にそんな怒っているかは、皆目見当もつかなかった。

「それは夢子さんが説明してくれますよ」
「え」
「じゃ、僕部屋に戻りますから」

上手くやってくださいね。と私にだけ聞こえるように囁いて、竜持は二階に上がっていった。
え、なにこの状況で丸投げ?

「……」
「え、えっと……あの」

黙って睨んでくる凰壮にしどろもどろになる。
凰壮は思ったことはすぐ口に出すタイプだから、怒ったりしても口を噤むことなどそうそうない。だから黙って怒りをあらわにしている今の凰壮は、すごく怖かった。

「あ、の……」
「お前ら、付き合ってたの?」
「つ、付き合ってなんかないよ!」
「へー、付き合ってない奴とあんなベタベタすんだ?」

呆れたような冷たい視線が向けられる。
な、なにそれ。
次第に、萎縮していた感情が怒りに変わってきたのが分かった。

「な、なんで凰壮にそんなこと言われなきゃいけないの」
「あ?」
「私が、誰とベタベタしてたって凰壮に関係ないじゃん」
「……」

自分だって、可愛い子とデートしてたくせに。

「竜持は、慰めてくれてた、だけ、だもん。それなのに…」
「……夢子」
「お、凰壮のくせに、む、むか」
「お、おい……」
「ひっく……凰壮の、ばかああ」

気付くとボロボロ涙が出てきた。
うえっうえっと嗚咽まで漏れてきて、子供みたいで恥ずかしかった。
驚いたように凰壮が駆け寄ってきて、泣き顔を見られたくなくて両手で顔を覆う。
ソファーに座る私の前に、向かいあうように凰壮がしゃがむのが、気配でわかった。

「お前、なに泣いてんだよ」
「だって、凰壮が、怒るから」
「それは……」
「デート、も、してくんない、ひっく、し」
「……は?」
「しかも、お、凰壮、うう、可愛い子と、う、デート、してて」
「……」
「わ、わたしだっ、てえ、おーぞーと、で、ひっく、デート、したいい」
「ちょ、なんの話?」

泣きじゃくって本音をぶちまける私に、凰壮は話の流れがつかめず疑問符を浮かべていた。

「デート、してたでしょ!女の子と!今日!」
「してねえよ、部活だったし」
「うそだ、見たもん、女の子と歩いてた」
「……部活の買い出しにマネージャーと行ったけど」
「は」
「まねーじゃー」
「…………ひっく」
「落ち着いたか?」
「……まあまあ」

あっけない事実に驚いて、完全に涙がひっこんだ。
ベタすぎ。
子供みたいに大泣きしたことと、勘違いしていたこと、なにより自分の感情を吐露してしまったことにより、顔はあげられなかった。
しばらく沈黙が続くと、凰壮は腰を上げて、私の右隣に腰かけた。右半身が一気に硬直した。

「で?デートしてくんないって何?」
「い、や、あの……今日、断られたから、その……」
「断った?いつだよ?」
「あ、朝……」
「は?何あれデートって意味だったのかよ」

うん、と小さく頷くと「言われなきゃわかんねえよ」と言われた。

「それで竜持に慰められてたわけ?」
「う、うん……」
「ふーん……」

再度沈黙。先ほどの険悪なムードとは違う種類の居心地の悪さが漂っていた。
や、だって、これほとんど言ったようなもんだよね。こんな風に言うつもりなかったのに……。ああ、すっごく気まずい。
なんて思っていたら「俺だって」と凰壮が呟くように何か言った。反射的に凰壮のほうを向く。今度は凰壮がばつが悪そうに俯いていた。

「え、なに?」
「……俺だって、デートしたいって言われたら断らなった……」
「……」
「デートしたい?」

凰壮がこちらを見て、首を傾げるように尋ねる。

「し、したい」
「ん……じゃあしようぜ」

凰壮は心なしか頬を赤くして、顔を背けた。
え、と。これはつまり、そういうこと?
う、わ、なんか、恥ずかしい。手汗かいてきた。

「……お前さ」
「ふ、はい!」
「あんま必要以上に竜持と仲良くすんなよ」
「え?なんで?」
「むかつくだろ」
「……気を付ける」
「ん……」

見慣れた凰壮の横顔が、いつも以上に愛しく感じられた。
相変わらず二人の間の空気は気まずいが、それは心地よさが含まれていた。
ああ、今すっごくしあわせ、だ。

あ、そうだ。

「凰壮」
「ん?」
「……す」
「……」
「す……好き、か、も」

かもってなんだよ、って言って凰壮が笑った。

だって、いきなり素直になるのはやっぱり難しいもの。
と心中で言い訳をした。

でもまあ、凰壮が嬉しそうだから、まあいいか。














結局凰壮マジ空気だった。あと私も凰壮とデートしたいです。(2012.8.8)

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