「お、凰! 壮!」
「あ?」

朝、部活に行く凰壮を待ち伏せて呼び止めた。夏休みなのにこんなに朝早く起きたのは初めてだ。

「お前どうしたんだよ、こんな朝早くに。珍しいな」
いつもならいびきかいて寝てる時間だろ?

いつものように口の悪い凰壮に、どこか安堵した。

「えっと……凰壮に、用事、が……」
「俺?何?」
「あの、えっと……」

口ごもる私に凰壮は、なんだよ、はっきり言えよ。と催促する。

「あー、うー」
「……部活遅れるから行くぞ」
「え、あ、待って!」

歩き出そうとする凰壮を引き留める。はやくしろよ! と凰壮は怒鳴るが、なんだかんだ待っていてくれる凰壮はやっぱり優しいな、と思った。

「ええ、と、え、映画!」
「映画?」
「そ、う! 見たいのが、あって……一緒に、行かない?」
「……」

言った! 言い切った!
どこか達成感に浸るが心臓はバクバクうるさいし、顔は熱い。
どうしよう、まだ緊張してる。でも解放感にも満たされてて。ああでもまだ返事聞いてないし。どうしよう断られたら。いやでもたかがデートじゃん? 告白でもあるまいし! そんな深く考える必要なんてないんだからね! 今時デートなんて好きじゃなくてもするって! みんなしてるって! って、あ、しまった。デートって言うの忘れt「行かない」え?

「え?」
「部活で忙しいからな。行きたいなら竜持と行けよ」
「え、あ、う、うん……」
「じゃあな。俺行くわ」

そう言って凰壮は早足で去って行った。

デートじゃなくても断られた。





「素直にデートしたいって言えばよかったのに、馬鹿ですねえ」

凰壮と別れてからしばらく立ち尽くしていると、新聞を取りに家から出てきた竜持と出くわした。放心状態でいた私を見かねた竜持は、話を聞いてくれると言って私を家の中に入れてくれた。
竜持はソファーに座って新聞を読みながら、呆れたように呟いた。その横で私はクッションに顔を埋めつつ、体育座りをして身を縮めた。

「関係ないよ、デートじゃなくても付き合ってくれないのに。デートって言ったらなおさらでしょ……」
「そんなことありませんよ。デートじゃない誘いを断られても、都合が合わなかっただけかもしれないですけど、デートしたいって言って断られたら、それはもう脈なしって分かるじゃないですか。こうやってやきもきする必要もなくなるわけです」

励ましてくれるのかと思ったら傷口にどっぷり塩を塗ってきた。竜持は愉快そうにクスクス笑っている。こいつに癒しを求めたのはお門違いだったようだ。

「もーいいよ。竜持にそそのかされた私が馬鹿だったんだ。凰壮なんか知らん。デートなんか一生誘わないし一生幼馴染でいい」
「いじけないでくださいよ。面倒くさいですねえ」

ムカついたのでソファーにゴロンと横に寝転がって、放り出した足で隣の竜持を蹴った。

「……竜持、一緒に映画行かない? 暇だし」
「僕は暇じゃありません。今日は用事があるので。デートなら考えますよ?」

何言ってんだこいつ、と思って、寝転がった体勢から少しだけ体を起こして竜持を見上げると、意地悪く見下した顔でニタニタと笑っていた。
こいつ、本当に性格悪い。
さっきよりも力いっぱい竜持を蹴りあげた。






「(つまんなかったな……)」
結局一人で見に来た映画は、思ったよりつまらなくて、凰壮と来なくてよかったかも、と思うことにした。

映画館から出ると涼しかった館内とは打って変わって、超暑い。しかもコンクリートに照り返した日差しは、純粋に降り注ぐソレよりも、焼けるような暑さを含んでいて、暑いを通り越して痛い。

こんな暑いのにすれ違う周りのカップルは、腕くんだり手をつないだり、より暑くなる行為に勤しんでいる。馬鹿だな、と思いつつ、誰もかれも幸せそうで、知らない人であるが嫉妬してしまう。全員手汗かいて気まずくなれよ。

テンション上げようと思って遊びに来たが、むしろテンションは下がっていく。心の狭い自分にも腹が立ってきた。最悪だ。こうなるんだったら大人しく家で甲子園でも見てるんだった。

さっさと帰って冷房のきいた部屋で布団にくるまって寝よう。贅沢の限りをつくしてやる。

早足で人ごみをかき分けて駅に向かう。

「(あれ?)」

ふと、溢れかえる人の中で、いるはずのない見知った顔を見つけて、そちらに目がいった。

「(凰壮だ)」

見間違えるはずがない、いつも見ている横顔と同じ顔があった。

「(部活じゃなかったのか?)」

そう思いながら声をかけようと思って、少し遠くにいる凰壮の方に向かおうとした。しかし。
「あ」
カツン、と突っかかる感覚がしてすぐ、ガクンと景色が落ちた。気付くと地べたに手を付いて座っている自分がいて、膝がジンジン痛みを伴っていた。
あ、転んだんだ。と気づいくとほぼ同時に、周りを歩く人が忍ぶようにクスクス笑っていたり、迷惑そうに舌打ちするのが聞こえた。

恥ずかしいやら申し訳ないやらで、何事もなかったかのようにすぐに立ち上がる。「そうだ! 凰壮!」と思い出して再び凰壮の方に顔を向けた。凰壮はまだそこにいて、よかった、とほっとして駆け寄ろうとしたら「降矢君」と透き通るような綺麗な声がした。

足を止めて駆け寄るのをやめる。凰壮は声のした方を向いて「おう」と返事をした。
人ごみの隙間から、可愛らしい女の子が凰壮に駆け寄っていくのが見えて、私は心臓が止まる気がした。

「お待たせ、行こうか」
「おう」

そう言って二人は並んで歩き出す。彼女は買い物袋をいくつか抱えていて、それを凰壮が「貸せよ」と言って持ってあげていた。
「ありがとう」と言って凰壮に荷物を渡す彼女の顔が少し赤くなっているのがわかった。

私はただ茫然と二人のやり取りを見ていた。
なんだか二人はすごくお似合いで、はたから見たら恋人みたいだった。
しかし凰壮に彼女がいるなんて話聞いたことがない。告白はよくされているみたいだったか、凰壮は片っ端から断っていたのだ。

「(誰だよ)」
「(っていうか今日部活って言ってたじゃん)」
「(嘘つき)」
「(お似合いだったなあ)」
「(私には付き合えないけど、あの子のためなら時間つくれるのかよ)」
「(幼馴染なんて所詮そんなもんだよ)」

グルグル考えていたら水滴が落ちる感覚がして、何事かと見ると、転んだひょうしに破れたらしいレギンスから覗いた膝から、血が滴っていた。

「(なにこれ。恥ずかしい。……ぶっざまー……)」

ああ、どおりで痛いわけだ。
















(2012.8.7)

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