「あほ毛」
「え、どこ?」

虎太に指摘されて、両手で頭を触った。手櫛で自分の髪を撫でるけど、虎太は「違う、そこじゃない」というように首を横に振った。

あほ毛なんて間抜けで恥ずかしい。顔が熱くなっていくのが分かる。一人テンパっていると、目の前のベッドに座っていた虎太がこちらに歩み寄ってきた。虎太は私と向かい合うように床に腰を下ろすと、右手で私の前髪に触れた。

「なおった」
「あ、ありがとう……」
「ん」

先ほどと比べてグッと距離が近くなったことに、さっきとは違う意味で顔に体温が集まった。ただでさえ久しぶりに会えたことで緊張していたというのに、こんなに近くては真っ直ぐ虎太を見れるはずがない。

年下相手に何を緊張しているんだ、情けない。

私は俯いて、正座した膝の上に乗ってるこぶしをギュウ、と強く握った。



虎太に会うのは実に二年振りだった。虎太は、小学生の時に入っていたサッカーチームが同じ、サッカー仲間だった。学年が違ったので在籍していたチーム自体は違ったが、虎太と竜持、凰壮の三つ子はずば抜けてサッカーが上手かったので、三人はよく二つ上の六年生チームに駆り出されていたのだ。歳は違ったが、サッカーを通じて私たちはすぐに仲良くなった。私が小学校を卒業してからはめっきり会う頻度も減ったが、試合があると聞けば必ず応援に行っていたので、交流がなくなることはなかった。

中学生に上がった虎太がスペインに行ってしまってからは時々するメールのやり取りのみで、虎太が帰省していてもタイミングが合わずなかなか会うことが出来なかった。
そして今日、夏休みを機に帰省していると電話をもらい、会いに来たのだ。しかしながら二年前と比べて成長していた虎太は、まるで別人で、私は思いのほか戸惑ってしまった。

二年前は同じだった目線が、今はずいぶん高くなった。
二年前は並べていた肩が、ぶつからなくなった。
二年前は聞きなれていた声が、いくらか低くなった。
二年前はあった幼さが、落着きに変わっていた。
二年前はなかった傷が、服の合間から見え隠れした。

竜持や凰壮も昔とは違っているので、ある程度の成長は予想していたのだけど、思った以上に、虎太は大人っぽくなっていた。海外に行って、もまれてきたのだろう。二年前は二人よりも子供っぽかったくせになあ。

私の愛しい男の子は、知らない男の人になっていた。



「……虎太、なにしてんの?」
「んー」

髪の毛が引っ張られる感覚がして俯かせていた顔をあげると、虎太が私の髪の毛を三つ編みにして遊んでいた。大人っぽくなってもこういう子供っぽいところは変わらないよう。成長したと言っても、まだ15歳だ。

どこか安堵して、私は強く握っていたこぶしから力を抜いた。

「楽しい?」
「別に……」

じゃあやめればいいのに。第一三つ編みできてないし。編む順番が間違っていて、ぐちゃぐちゃになっている。

「虎太、下手だね」

クスクス笑いながら言うと、拗ねてしまったのか、虎太はパっと手を離してしまった。

怒ったかな、と思い盗み見るように視線を虎太に向けると、虎太がじっと私を見ていた。まさかこちらを見ているとは思わず、ばっちり目が合ってしまい、吃驚して目を逸らしてしまった。

しかしながら、目を泳がしてもつぶっても絡みつくような視線は感じられ、至近距離で見つめられているという事実に、顔が赤くなるばかりか汗もかいてきた。

「夢子」
「な、なに……?」

虎太の鋭い視線にドキマギして、顔を逸らして力いっぱい目を瞑った。

「……まだ、俺のこと」
子供扱いしてるのか?

そう言った虎太の声は、いつもより少しだけ、弱弱しく感じられた。

思ってもみなかった台詞に驚いて、思わず私は虎太の方を向いた。虎太は相変わらず私から視線を逸らすことなく、じっと見つめている。私を真っ直ぐ射抜く目に居心地が悪くなって、さっきまでとは違う理由で視線を逸らし、俯いた。

私には、虎太が何故こんなことを言うのかわからなかった。だって私は一度だって虎太のことを子ども扱いしたことなんてない。たしかに私の方が歳は二つ上だし、竜持や凰壮よりも幼いなと思っていたことはあるが、だからといって虎太のことを自分よりも子供だとは思わなかった。むしろ年上のチームに混ざってサッカーをしていたり、人一倍努力する姿は尊敬していたし、憧れもしていた。どちらかと言うと、優秀な彼らに対して引け目を感じていたくらいだ。そしてそれは今も変わらない。

「して、ない……よ」

先ほど緩めたはずのこぶしに、再び力を入れて強く握った。

「なんで、そんなこと、言うの?」

呟くように問いたが、虎太は何も言わない。シン、と静寂が訪れる。

不思議に思って、虎太? と再度呼びかけ、顔を上げると、虎太が私の肩に頭を預けてきた。

一瞬何事かと思い、体が強張った。虎太とこんな風に体を触れ合わせるのは、初めてだった。

さらに虎太は髪に顔を埋めてきた。虎太の顔は見えない。虎太が今どんな気持ちでいるのか、私には全く見当もつかなかった。

「虎太?」
「いつも、遠くに感じてた」
「え?」
「俺が拗ねると、宥めてくれた。調子が悪いと、元気づけてくれた。我がまま言うと、笑っていいよって言ってくれた。いつも俺より少し大人で、一生この差が埋まらないんじゃないかって、どこか引け目を感じてた」

珍しく自分の気持ちを吐露する虎太に、胸が締め付けられる思いだった。虎太は口数が多いほうではなかったので、こんな風に虎太の想いを聞くのは、ほとんど初めてだったのだ。

「子供だと、思われたくなかった」
「……」
「はやく」
はやく大人になりたかったんだ。

そう言った虎太のらしくない、寂しそうな丸まった背中を見ていたら、すごくすごく、哀しくなった。

「虎太ぁ……」

縋るような私の腕が虎太の背中に回ると、私が虎太を抱きしめるような形になった。虎太の肩が驚いたようにビクっと動いた。

「同じなのにね」
どうしてこんなに、かなしいのかな。

私は虎太の肩にもたれるように、体を預けた。

遠くに感じていたのも、引け目を感じていたのも、私なのに。

優秀な三つ子を羨ましく思っていた。その分努力もする姿に尊敬した。高校に上がってからサッカーをやめてしまい、三つ子のようになにかに打ち込んでいない自分が恥ずかしくて、会いたくなかった。二年振りにあった虎太が大人っぽくなっていて、緊張した。知らない人みたいで、寂しかった。
歳の差なんてどんどん追い越していく虎太が、遠い人になっていくのが、哀しかった。

「置いてかないでよお」

喉から出た声が思った以上に鼻声で、自分が泣いていることに気付いた。ああ私、かっこ悪い。

虎太がモゾ、と動いて離れようとするので、私も虎太に回していた腕をほどいた。ゆっくりと向き合う体勢に戻って、互いに視線を合わせる。今度は、逸らさず、しっかりと虎太を見た。昔と変わらない、意志の強そうな眼力のある目がそこにはあって、嬉しくなった。

「泣いてんのか?」
「……知らない」
「子供みてえ」
「どうせ子供だよ」
「俺も」

そう言って虎太は、指を絡ませて私の手を握ってきた。初めて握った虎太の手は、想像していたよりずっと温かかった。

「離れないでね」

そう言うと虎太はフッと笑った。つられて私も笑った。

今までで一番、虎太を近くに感じた。















スペイン留学してすっかりチャラくなった虎太が髪の毛にキスしてくるイチャラブ話になるはずだったのに、どうしてこうなった。(2012.8.6)

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