竜持くんが突然冷たくなった。
どうしてか、私にはわかるはずもない。
出会った時からずうっと、竜持くんのことは、よく、わからないのだ。





「今日は何をしましょうか?」

降矢家にお世話になってから三日目。本日も竜持くんたちのお母さんが用意してくれた朝ごはんを頂いていると、竜持くんがあの貼り付けたような胡散臭い笑顔でニコリと向けながら首を傾げて尋ねた。
出会ってから毎日、幾度となく繰り返されたこの問いも、今日は居心地が悪い。今日は何もしたくない。竜持くんと、いたくない。
私は向かいに座っている竜持くんを一瞥し「観光、とか」とそっけなく答えてから味噌汁をすすった。うちの味噌汁よりも幾分か味付けが濃く、家庭によってこんなにも味が違うものなのか、と思った。

「そうですか、じゃあ適当にルートでも考えておきますね」
「うん、よろしく……」

会話が終わると特に話すこともなく、朝の静寂に包まれながらカチャカチャと食器がぶつかる音が響く。いつもならこうやって会話が途切れると、竜持くんか凰壮くんかはたまた虎太くんが、何かしら話題を提供してくるけれど、虎太くんはここにはいないし、竜持くんも凰壮くんも今日は黙々とご飯を食べているだけだ。しかしながら、私にとってこれは都合がいい。今は楽しくお喋りする気分じゃない。


「ごちそうさま」

一足先に食べ終わって竜持くんが入れてくれたお茶を啜っていた私の横に座っていた凰壮くんが、足元に置いてあった大きな鞄を掴んで、玄関に向かって行った。今日も部活に行くのだろう。私は見送りをしようと、湯飲みを置いて立ち上がり、凰壮くんの後ろについて行った。玄関に座って靴を履く凰壮くんの後ろに立って「いってらっしゃい」と言うと、凰壮くんはこちらに振り向くことなく「おー」と気の抜けた返事をした。

「今日は何時に帰って来るの?」
「さあ、昨日と同じくらいじゃね?」
「……なんか、夫婦みたいな会話だね」
「くだらねえこと言ってんじゃねえよ、竜持に怒られるぞ」
「……なんで」

靴ひもを結んでいた凰壮くんの手がピタリと止まり、ゆっくりと私の方に振り向いた。凰壮くんが、じっと、私を見る。
私は少なからず驚いていた。なんで、と問いかけた自分の声が、思ったより低く、まるで、怒っているように聞こえたからだ。もちろん、凰壮くんに対して怒ることなんて何一つない。なのに、無意識に出た声は、怒気を含んでいたようだった。
どうしてもっと冗談めかして答えられなかったのだろうか。凰壮くんだって、夫婦みたいなどとふざけた私のように、きっとふざけただけに決まっているのに。
そこで何故竜持くんの名前が出てきたのかは、甚だ疑問であるのだけれど。

「……お前さ」

凰壮くんが、何か、尋ねたそうな顔をした。
私はただ「なに?」と答えた。
そうしてお互いしばらく牽制しあうように見つめ合ってから、凰壮くんは「なんでもない」と言って再び私に背を向けて靴ひもを結び直した。
もしかしたら、凰壮くんは何か気づいているのかもしれない。勘のいい人だもの。でも絶対、詮索することはないんだ。思えば十歳の夏休みの時、私たちがどこで遊んでいるのか尋ねた時も、竜持くんのついた嘘を特に疑うことなく信じていたけれど、本当は気付いてて何も言わなかっただけかもしれない。どこで遊んでいるのかは聞かれたけれど、それ以上何かを尋ねてくることは、決してなかった。さっきの台詞から察するにも、きっと何かに気付いている。けれども、凰壮くんが私と竜持くんにあれこれ必要以上に追求してくることは、今まで一度もなかったし今もしようとしない。

「じゃあな、行ってくるわ」
「……うん、いってらっしゃい」

凰壮くんはヒラヒラと適当に手を振って、部活に向かった。
私も手を振ってその姿を見送ると「新婚さんみたいですねえ」と後ろから声がした。
振り向くと、リビングから顔を出した竜持くんが、からかうように笑っていた。
凰壮くんの予想とは違い、竜持くんは怒るどころか茶化してきた。

私は思わず、眉を顰めた。自分で言うのはいいけれど、他人に指摘されるとなんだかムカつく。

「くだらないこと、言わないでよ」
「おや、くだらないですか?まあでも、夢子さんと凰壮くんは、あんまり合わないと思います」
「え、そうかな?」

恋愛感情があるとかないとかに関わらず、私は凰壮くんとも今まで仲良くしてきたつもりなので、合わないと言われるとなんだか釈然としない。別に凰壮くんとそういう関係になりたいだなんて、一度も思ったことも考えたこともないのだけれど。友達として友好的な関係を今まで築いてきたし、合わないことないと思う。それとも、友達関係と恋人関係では、色々と違うことがあるのだろうか。仲の良かった友達も、男女の関係になると途端に合わなくなるのだろうか。今まで誰かと付き合ったことのない私には、到底わかるはずもない未知の世界だ。
……竜持くんは、そういうことに詳しいのだろうか?誰かと、そういう関係になったことがあるのだろうか?
そう考えると、嫌な気持ちになった。
今までも、そしてこれからも、竜持くんとはそういう関係になることはないと宣告された私なんかが、嫌な気持ちになることは、可笑しなことかもしれないけれど。

そんなことを考えていると、私の気持ちなど知ったこっちゃない竜持くんが「そうだと思いますよ」と続けた。

「夢子さんには、凰壮くんより僕の方が合ってると思います」

そう言って、ニコっと顔を歪めて笑った。
私は、そんな竜持くんに、すごく、嫌な気持ちになった。
十一歳の夏休み、ミっちゃんと仲良くする竜持くんに対して抱いた感情よりも、もっともっと、お腹の奥がぐちゃぐちゃに抉られるような気持ちだった。

「……私とは、そういう関係にならないんじゃ、なかったの?」

私は足元に視線を落として、絞り出すような声で尋ねた。
とてもじゃないけれど、竜持くんの方を見ることなんてできなかった。

竜持くんが、言ったんだよ?
昨日、自分から、私に言ったんだよ?
あんな風に私を突き放しておいて、どうしてそういうことを言うのか、私には理解なんてできなかった。
からかっているつもりなのだろうか。そうだったなら、竜持くんは、とてもひどい人だ。

「ああ、そういえばそうでしたね」

竜持くんは思い出したようにそう言って、またフっと笑った。

どうして笑うの、竜持くん。

竜持くんの考えていること、わからないよ。





昼食を食べ終えると、竜持くんと観光に出かけた。
目的地は「渋谷」らしい。

最寄駅から一度乗り換えて、東京駅からくるときに乗った電車と同じ、緑のラインが入った電車に乗った。
その電車に数分乗ると女の人の声で「しぶや〜しぶや〜」というアナウンスが聞こえる。
右から左。我関せずというようにぼんやりその声を聴いていると、竜持くんが立ち上がって「降りますよ」と言った。そうだ、渋谷に行くんだった。あまりに馴染のない地名に、意識がついていかなかったのだ。
急いで立ち上がって、まだ開いていない降車口の前に立つ竜持くんの後ろに並ぶ。私たちの他にも降りる人がたくさんいるようで、先ほどまで数人しか待っていなかった降車口にどっと人が集まった。我先に我先に、と皆が皆出口に近づこうとするので、人波にぐいぐい押されて私は随分後ろに下がってしまい、気が付けば竜持くんとすっかり離れてしまった。
竜持くん、と呼ぶより先に電車の扉が機械音を発しながらゆっくり開いて、吸い込まれるように人の群が外に吐き出されていく。竜持くんも、人波に流れるように電車から降りていった。私の方なんか見ない。
なんとか最後尾でありながら電車から降りると、今度は階段に向かってせかせか歩く人の波が押し寄せた。どうしたものかと立ち止まっていると、あからさまに邪魔だというような目で見られたので、どこかに移動しようとも思うが、どこもかしこも人だらけで、どこに行けば人の邪魔にならないのかすら分からない。おまけに人が多すぎて、竜持くんが見つからない。こんな未知が満ちた世界に一人で放り投げられて、不安で泣き出しそうになった。
このまま竜持くんが見つからなかったらどうしよう。
私一人では帰り方もわからないし、どうしていいかもわからない。
お先真っ暗だ。
先が見えないって、すごく怖くて心細い。

「りゅ、竜持くん?」

小さく漏れた声は、雑踏の中にいとも簡単に消えてしまった。
誰も私なんか見ない。



しばらくすると人の数がまばらになってきて、ようやく聞き慣れた声が「夢子さん」と私の名前を呼んだ。
声のした方に振り向くと、竜持くんが駆け寄ってきた「ついてきてると思ったらいなくなっていたのでびっくりしました」と言った。
私は安堵してまた泣きそうになったけれど、それは格好悪いので耐えた。

「さあ行きましょうか。今度は離れないでくださいね」

そう言って歩き出す竜持くんの後ろをついて歩いた。
そっけない竜持くんの背中を眺めてから、視線を落とした。

「(昔だったら)」

昔だったら、と自分の生まれた村を想う。竜持くんと過ごした夏を想う。

「(昔だったら、竜持くん、私の手を引いてくれたのにね)」

空のままの竜持くんの手を見つめて、そんなことを思った。





改札を潜って駅の外に出ると、まるで別世界のようだった。
乱立するビルで、奥の景色が一切見えない。それは、高い建物がない村で育った私にとって衝撃的だった。東京駅では乗り換えただけだったので、こんなに栄えているところにでるのは初めてだったのだ。驚くと同時に、怖いとも思った。見えないものがあるのは、怖い。
また、駅構内もそうだったけれど、人が多い。そして、とにかくうるさい。なんでこんなにうるさいのか分からないくらいに。それは主に声と足音と音楽と機械音と車のクラクションだったりするのだけれど、どれもこれも、私にとっては巨大な集合すぎて、耳の鼓膜をうるさく揺らした。おまけに夏の日差しがアスファルトを照り返して、不健康な暑さを伴っていたし、加えて何が原因かわからないけれど、すごく臭った。排気ガスだろうか、人の匂いだろうか。ともかくこれだけ文明でごった返している街だ、色んな臭いか合わさって謎の化学変異を起こしても仕方がないだろう。ただ、熱気と臭いが、私に不快な感情を抱かせたのは、事実だった。
加えて、溢れる人ごみを見渡すと、私と同じ歳くらいの女の子がそこらかしこにいるのが目についた。誰もかれも、自分磨きに余念がないのか、髪は明るいし肌もピカピカに白い。身に纏っている服も、村でたまに手に入る雑誌に載っているような洒落たものばかりで、「可愛い」がそこら中に蔓延している。昨日会ったエリカという子も可愛かったし、都会には可愛い子しかいないんじゃなかろうか。
私はふと、自分の格好に目を向けて、思わず眉を顰めた。Tシャツに短パン、サンダルと、なんとも質素な服装に加え皮膚も小麦色に焼けている。オシャレなんて、気にしたことなかった。周りの女の子たちが俗にいう「垢抜けた子」ならば、私は「垢だらけ」だ。

急に、自分がここにいることが、恥ずかしく思えた。
同時に、竜持くんの隣を歩くことも、烏滸がましく思えた。

今まで感じたことのない種類の劣等感に、吐き気すらした。


顔を顰める私を余所に、竜持くんは「夢子さん、あれ見てください」と言って、駅を出てすぐ近くにある犬の像を指した。

「あれが有名な忠犬ハチ公ですよ。ほら夢子さん、写真撮らなくていいんですか?」
「いいよ。おのぼりさんみたいで、恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしがることないですよ。だって、おのぼりさんに間違いないじゃないですか」

そう言って目を細めて笑う竜持くんに、私は寄せていた眉間の皺をますます寄せた。
竜持くんの言葉は、どこか私を馬鹿にしていた。嘲笑を含んだように吐き出される言葉は「田舎者」と罵られているみたいだった。被害妄想と言われてしまえばそれまでだけれど、ちょうど劣等感を感じていた私には、そう捉えることしかできなかった。
私が「竜持くん、馬鹿にしてる?」と聞くと、竜持くんは「何の話ですか?」と、とぼけたように笑った。
笑うってことは、きっと肯定なんだろう。煽りとも取れる挑発じみた竜持くんの声色は私を悲しくさせて、少しだけ目を伏せた。

冷たくなっただけではない。悪意がある。私を遠ざけようとしている。やっぱり、何かに怒っているのだろうか。だからこんな風に、私を不快にさせるような物言いをするのだろうか。
だとすればやはり、こんな田舎ものと歩くのが、竜持くんは恥ずかしいのかもしれない。
自分ですら自分が恥ずかしいのだ、当然と言えば、当然、かも。

竜持くんはそんな人じゃないよ。だって、竜持くんは、綺麗ですねって、言ってたもの。秘密の場所で、私の住む小さな村を見て、綺麗に笑って、そう言ってたもの。
そう自分に言い聞かせてみるけれど、四年も経てば人は変わるよなんて後ろ向きな考えが間髪入れず脳内に降ってきて、私は自分を慰める術を失くしてしまった。
竜持くんは、変わってしまったのだろうか。

「まあとりあえずどこかに行きましょうか、買い物とかします?」

そう言った竜持くんの声は雑踏に踏み消されて、こんなに近くにいるのにほとんど聞こえなかった。


それから、竜持くんに言われるままに歩き回った。
あっちです、こっちです。
人ごみを上手に擦り抜けてスタスタ歩く竜持くんの後ろを、見失わないように一生懸命ついて行く。迷子にならないように、竜持くんの服でも掴もうと思って手を伸ばすけど、振り払われるかもしれないと咄嗟に思って、手をひっこめた。
見え隠れする竜持くんの揺れる髪を目印に、無心で歩いていると、ふと、十歳の時、竜持くんの跡について山を登ったことを思いだした。あの時もこうやって、先に進んでしまう竜持くんの後ろ姿を見つめていた。ただ一つ違うことと言えば、私と竜持くんの間を幾人かの人が割っているということ。少しでも竜持くんと距離が相手しまえば、後ろの人が私を擦り抜けようと割り込んでくる。たまに竜持くんが振り返って私がいることを確認してはくれるけど、行き交う人に阻まれて、竜持くんがよく見えない。
必死に追いかける私と、振り返っては進んでしまう竜持くんの関係は、まるで今までの私たちのそれと似ていた。

どんどん距離が開いていく背中を前に、このままでは本当に竜持くんを見失ってしまう、と思った。

このままでは、この先、竜持くんと一緒にいることができなくなってしまう、と思った。


「竜持くん!」


声を荒げて、縋るように竜持くんを呼んだ。
通りすがる人が、チラリと視線を向けては興味のなさそうに逸らす。
私は、竜持くんだけをじっと見つめた。

竜持くんが、ゆっくりと私に振り返る。

目が、合う。

日差しが暑いを通り越して痛い。辺りもうるさいし、臭いも気になる。生ぬるい風が、頬にあたった。

息苦しい。呼吸が荒くなった。酸素が、足りない。
何かかが、胃の中から込み上げた。


「……気持ち悪い」


慣れない環境で歩き回ったからか、暑さにやられたからか、気付けばその場で蹲っていた。
吐きそう。

周囲の人が私を避けるように擦り抜ける。迷惑そうに舌打ちする人もいれば、私を誤って蹴ってしまう人もいた。
邪魔してすみません、と思うとけれど、とてもじゃないけど立ち上がれなかった。

「大丈夫ですか?」

竜持くんが、人波を掻き分けて慌てたように駆け寄ってきた。首を横に振る私の前にしゃがんで「とりあえず、場所移動しましょ?」と小さい子に言い聞かせるように優しい声で話しかける。力無げに頷くと、竜持くんに支えられて立ち上がった。
こんな時ばっかり優しい竜持くんは、ずるい。


「お家、帰りたいよう」


思わず、弱音を吐いた。
気分が悪くて甘えたになったせいからか、冷たくする竜持くんから逃げたくなったせいからかはわからない。ただ私は、帰りたかった。
全てがこの目いっぱいに映る、私の大好きな小さな村に、帰りたかった。

竜持くんと過ごした、宝物みたいなあの夏に、帰りたかった。


「……でしょうね」


寂しそうに呟く竜持くんの気持ちは、ビルに囲まれた都会の景色と一緒で、やっぱり見えなかった。





目が覚めると、飛び込んできたのは見慣れたものではなく、一点の曇りもない真っ白な天井だったけれど、降矢家に来てもう三日目なので、もう驚くことはなかった。

あの後少し休んで、すぐに帰った。それから今までずっと部屋で眠っていた。
大分気分は戻ったけれど、一体何時なのだろうと思って時計を見ると、もう七時を回っていた。帰宅したのが三時前だったので、四時間も眠っていたことになる。

とにかく、迷惑をかけた竜持くんに謝ろうと、部屋を出てリビングに向かったが、竜持くんはおらず、おばさんに尋ねると「部屋にいる」と言った。
竜持くんの部屋には入ったことがない。
尋ねてもいいものかと悶々としていたら、おばさんが察したのか「大丈夫よ」と言って笑った。降矢くんたちとは似ていない笑顔だった。

二階の一番奥にある竜持くんの部屋に、恐る恐る近づいて行く。

しかしながら、竜持くんの部屋に辿りつく前に、私の足は止まった。
話し声がしたからだ。

「(凰壮くん……?)」

目を凝らすと竜持くんの部屋の扉から光が漏れている。
私は、なんとなく、忍び足で近づいた。

だんだん、話し声がクリアに聞こえてきた。

「それで、観光せず帰ってきたのかよ」
「ええ、散々でした」
「……」

会話の内容から、今日の話をしているのだろうか。
思わず聞き耳を立てた。
散々だった、と言った竜持くんが怖くて、二人の会話に割って入れなかった。

しばらく沈黙した後、凰壮くんの声のトーンが少しだけ低くなって「竜持さあ」と言った。

「結局何がしたいんだよ?」
「何が、とは?凰壮くん、何の話をしているんです?」
「とぼけんなよ、夢子とのことだ」

突然現れた自分の名前に、思わず息を飲んだ。
凰壮くん、何を聞きたいの。

「六年の時はともかく、中学あがってからは何かと理由つけて夢子に会いに行きたがらなかったじゃねえか。五年の時なんて、自分から会いに行ったくせに」
「ああ、そのことですか」

竜持くんが、つまらなそうに呟く。
私は、心臓が止まったかのような気持ちにさせられた。

どういうこと?
竜持くんは、忙しくて会いにこれなかったんじゃなかったの?
会いにいきたがらなかったって、なに。
竜持くん、私に会いたくなかったの?
ずっと、嘘ついてたの?

困惑する私を余所に、二人は会話を続ける。

「その癖手紙はまめに書くし、いきなり夢子をこっちに呼ぶし、何がしたいんだよ。夢子も昨日から元気ないし、なんかしたんじゃねえのか?」
「……」

心臓が、不安と緊張でバクバク鳴った。
竜持くんの、本音が聞けるのだろうか。
ずっと、私が聞きたかったことの答えも、ここで分かってしまうのだろうか。
本当は、怖くて、聞きたくなんてないはずなのに、金縛りにあったみたいにこの場所から動けなかった。

「……夢子さんは」

竜持くんの、覇気のない声が聞こえた。

「夢子さんは、あの村が大好きなんです」
「……おう」
「将来は、家の畑も継ぐと言っていました」
「……」
「今日は体調が悪くして、家に帰りたいと言いました。……夢子さんは……都会とは合わないでしょう」

竜持くんの声がどんどん小さくなっていく。
どこか、寂しそうに聞こえた。

「でも僕は、ここで、やることがあるんです。やらなきゃいけないことが」
「……ああ、そうだな」

凰壮くんが同意する。やらなければいけないこととは、数学だったり柔道だったりするのだろうか。父の期待に応えたい、と言った竜持くんの言葉を思い出した。

「僕と夢子さんの将来は、交わらないんです」

今まで覇気のなかった竜持くんの声が、はっきりと力強く、言い切った。

「そのことがずっと、昔から気になっていて……だから、遠ざけたんです。冷たくしたんです。嫌われようと、思ったんです。だって、この先一緒にいれないとわかっているなら、想ったって無駄じゃないですか。でも時々、無性に会いたくなるんです……エゴなんですけど。だから、この夏を最後にしようと思ったんです」
「……」
「……でも、傍にいると、愛しくなって、だめですね」

自嘲気味に、けれども悲しそうに笑う声に、泣きそうになった。

竜持くん、そんな先のことまで考えて、そんな風に悩んでたの?
ずっと、誰にも話さないで、一人で悩んでたの?
竜持くんも、私に、会いたかったの?

私のこと、愛しいって、想ってくれてたの?


う、と嗚咽が漏れそうになったのを、口を押えて我慢した。
竜持くんが、愛しいって言ってくれてるのに、こんなに悲しいのは、すごく寂しいと思った。
竜持くんとの、交わることのない将来を思うと、胸が痛かった。

そういえば、二人の秘密の場所を見つけたときも、竜持くんはどこか、儚くて悲しそうだった。都会は窮屈だと、顔を曇らせていた。
いつも竜持くんは何かに悩んでいて、それを思うと私は相変わらず、竜持くんに笑ってほしいなあって思うのだけれど、今回ばかりは、私には無理だなあってまた泣きそうになる。

いつも一人で悩んで苦しんじゃう竜持くんの傍に、いたいのになあ。

でも、それは、できないんだ。



「でもお前、夢子が好きなんだろ?」

凰壮くんの声が、耳に響いた。
竜持くんは何も答えない。
沈黙が訪れる。

私は口を押えたまま、そっと、その場を後にして、客室に戻った。

私も、その質問の答えは、聞きたくなかった。



だってそれは、肯定でも否定でも、きっと悲しいに違いなかった。








私は東京好きですよ(2012.10.15)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -