十二歳。小学生最後の夏休みがもうすぐやってくる。

三つ子と出会って四年が経ち、竜持くんへの恋心を自覚してから一年が過ぎた。
短い夏が終わって三つ子が都会に帰ってから過ごした秋冬春の間ずっと、私は竜持くんのことを考えていた。竜持くんのしたことの意味を、考えていた。

竜持くんが私にした、キスの意味を、ずっと考えていた。

あれは一体どういう意味だったのだろうか。
いくら都会の人と言えど、竜持くんはれっきとした日本人だから、容易に異性にキスする習慣など持ち合わせている筈ないだろう。
そして、あの時竜持くんは、私に会いたかった、と言った。私が、恋しかったのだろうか。

私のことが、好きなのだろうか。

……と、ここまで考えては、いつも首を横に振って自分で出したその可能性を自分自身で否定する。
いや、否定するわけではない。キスする理由なんて、それほど多くは考えられるものでもない。ただ、そう答えを急いではいけないと、自分に戒めるように言い聞かせるのだ。
竜持くんのこと、私はなんにもわからない、と。

結局去年わかったことだって自分の恋心だけで、竜持くんが本当に思っていることは何一つわかっていない。
確かに、竜持くんが少しは私に会いたいと思ってくれていたこととか、あの秘密の場所に癒されていたかもしれないこととか、ほんの少しだけだけど、わかったことはある。
でも、どうして会いたいと思ってくれたかとか、どうしてあの秘密の場所に癒されに行っていたのかとか、どうして私にキスしたのかとか、肝心なことはやっぱりわからない。

去年、キスをしてから二週間も一緒にいたのに、竜持くんはまるでそんなことなかったとでも言うように振る舞った。あの行為について蒸し返したりしなかったし、特別私に対して以前以上に優しくなった、ということもない。
いつもの、ただの意地悪な竜持くんだった。
それが何を意味するか、わからない。竜持くんの本心など、私にはわかるはずもない。
単に恥ずかしくてキスのことを虎太くんや凰壮くんに知られたくなかったのか、はたまたあのキスは都会の王子様によるお戯れだったのか、なかったことにしたかったのか。

ただ一つわかることは、竜持くんは、本当に肝心なことは、決して言わないんだってこと。
説明も言い訳も、嘘か本当かも、好きか嫌いかも、決して言うことはない。会いたかったって言ってくれても、どうして会いたかったかまでは言ってはくれない。ただ曖昧な言葉で舞い上がらせて私の気持ちを宙ぶらりんにする。
それはまるで、自分から近寄ってきたくせに「こっち側に踏み込んじゃダメ」って言われたみたいで、なんだかんだ私は竜持くんが引いた線の向こう側に行くことが出来ない。

近寄るくせに近寄られたくないだなんて、やっぱり竜持くんは捻くれている。私には、よく、わからない。

とにかく、隠した本心を竜持くんは知られたくないだろうし、私も隠れたそれがどんなものかわからない以上、竜持くんの世界に土足で踏み込んでまで暴こうとすることは到底できるはずもないのだ。
見えないものほど、怖いものなどないのだから。


「(竜持くんて、すごく、おもわせぶりだ)」


思わせぶりで、弄んで、自分勝手で、ずるい。

それでも好きだと思ってしまうんだから、私も相当手に負えない。

そうして私は今日も、あの日のキスの意味を考えて堂々巡りを繰り返す。

考えても答えはでないのに、考えずにはいられない。
本当は、知るのが怖いのに、ね。

そうして私は目を閉じで、今年の夏ももうすぐ会えるであろう竜持くんに、想いを馳せるのだ。





しかしながら、今年の夏が巡っても、彼らが私たちの村にやって来ることはなかった。

彼らの代わりにやって来たのはたまに思い出したように送られてきていた竜持くんからの手紙だけで、その手紙、が送られてきたのは夏休みを一週間後に控えた七月の某日だった。
早朝、親に言われポストに新聞を取りに行くと、見慣れた封筒が一緒に入っていたのだ。
竜持くんだ!と瞬時に察した私は、時期が時期と言うこともあり、きっとやって来る日程についてだろうと、その場で素早く嬉々として封筒を開いた。だが、その手紙の内容に私は思わず控えめな驚きの声をあげることとなった。






拝啓 夢山夢子さま

盛夏の候、空の青さが夏らしく……だなんて、かしこまる必要ないですよね。
夢子さん、お元気でしょうか。
僕たちは三人とも特に変わりなく、強いていえば、依然手紙でも書きましたが、サッカーをやめたことをやめた、というとこでしょうか。
一身上の都合により、僕たちはまた毎日サッカーに励んでいます。

人数はギリギリで初心者も混ざっていますが、僕たち三人の実力に加え、なかなかいいコーチにも巡り合えたことが功を奏し、僕たちはまた都大会に駒を進めることが出来ました。
まあ、僕たちがいる以上当然の結果だったわけですが。
すぐに全国制覇の報告もすることになると思いますので、待っていてくださいね。

それでですね、実は、今年はそちらに行けるかわからないのです。
去年よりも試合の日程が遅くなっていまして、全国大会の決勝が夏休みの最終日辺りになります。
当然僕たちは決勝まで進むつもりですので、夢子さんに会いに行くことは、難しいと思います。
すみません。

また来年の夏には、そちらに行くので。

夢子さん、僕たちが行かなくても泣かないでくださいね。

夢子さんは何か変わったことはありましたか?
怪我や病気はしていないでしょうか?
一人で木に登って、尻餅などついていませんか?

依然お手紙頂いたときに言っていましたが、ヤマダさんとは仲直りできましたか?
悪いと思っているのなら、こじれる前に早く謝った方がいいですよ。
僕は人と喧嘩なんてすることがないので、参考にはならないかもしれませんが。


それでは今回はこれで失礼します。
夢子さん、ちゃんと返事くださいね。
いつも愛想のない短い手紙に、傷ついているんですよ?

それではまた。

敬具

追伸
この間同封いただいた写真、ありがとうございました。
こちらも、凰壮くんのセクシーショットを同封しておきますね。






同封、との文字を確認してから何も考えずほとんど無意識に封筒を探ると、まるで出たくないとでも言うように封筒に貼りついた写真を見つけて取り出した。入っていたのは、どういうわけか全身水浸しになっている不機嫌そうな凰壮くんの写真で、とんだセクシーショットだと思わず吹き出してしまった。

一体どんな状況なんだろうか。
そう考えいたら、一瞬だけとはいえ上がっていたはずの口角がまたすぐに下がっていって、口から出る笑い声はカラ笑いになっていく。


悲しんだってしょうがない。

竜持くんたちには竜持くんたちの生活があって、優先順位があって、こんな都会から何千里と離れた田舎にそうそう毎年来れるはずもない。
むしろ、友達が目標に向かって頑張っているのだから応援すべきだろう。
確かに少し、寂しいけど、来年はちゃんと来てくれるって書いてある。
たったもう一年、我慢すればいいだけの話じゃないか。


悲しんだって、意味ないよ。


でも、でもただ、この写真の場面に私も居合わせて、笑っていたかったなあって、そう、思っただけ。

そう、思っただけなんだ。





ところが、次の年も、その次の年も、三つ子がやってくることはなかった。
なんでも、虎太くんはスペインにサッカー留学してしまったらしい。日本を発つ前に、もう一度会いたかったなあ。
凰壮くんや竜持くんも、中学から始めた柔道や数学にのめりこんでいるらしく、夏休みを返上してまで自分のやるべきことに取り組んでいるとのこと。努力して、結果を残そうと頑張っているとのこと。

だから、こちらに遊びに来る時間はない、とのこと。




「竜持くんの、嘘つき」

私の静けさいっぱいの心とは裏腹に蝉がうるさく鳴く縁側で仰向けになりながら、その鳴声に掻き消されてしまうくらいの声で呟いて、あの日の手紙を眺めた。
手紙は何度も何度も読み返しすぎてしまったためか、端々が所々擦り切れていた。
縁側を駆ける風が、時々手紙をゆらゆらと揺らすので、ただでさえ古びてしまった手紙を風から庇うように寝返りを打って外に背中を向けた。

一週間の命を嘆くように忙しなく鳴く蝉の声を背中に受けて、私はゆっくりと眼を伏せた。

来年には行くって、手紙に書いてたくせに。
来年なんてとっくに終わって、もう再々来年になってしまったよ。


竜持くんたちと会わなくなってから、今年でもう四年目が経とうとしている。
私たちは、十五歳になっていた。
来年には高校生になる。

竜持くんたちとは、中学にあがってから、一度も会ってない。


相変わらず、定期的に手紙はやってくるというのに、決して三つ子本人がやってくることはなかった。
私の手紙入れとして使っている金色のお菓子の缶には、竜持くんが送る手紙ばかりが積み重なっていき、竜持くんの丁寧な字は五十音全て細かいくせとか覚えてしまうまでになったというのに、肝心の顔は記憶の中からだんだん薄れていった。
竜持くんが同封してくる写真は凰壮くんのものばかりで、竜持くんの写真は一枚もなかったのだ。


「(竜持くんて、どんな顔してたっけ?)」


綺麗な顔立ちだったと思う。基本は凰壮くんと同じだけれども、表情の細やかなところや漂わす雰囲気は、微々たるものだがそれぞれ三人違っていた。
凰壮くんや虎太くんは片方の口の端を吊り上げて笑うけど、竜持くんは両端を吊り上げて笑うので、二人よりもどこか上品に見えた。

でも、ちゃんとは思い出せない。
何せ、もう四年も会っていないのだ。
子供のころの記憶だけが頼りでは、心もとない。


「竜持くんて、やっぱり、おもわせぶりだ」

会いに来るって言ったのに、会いにこない。
私を期待させるだけさせといて、私の気持ちは宙ぶらりんのままだ。


「(本当は、私になんてたいして会いたくないんだ)」

だって、竜持くんは、会いたかったら、会いに来るでしょう?
鈍行列車を乗り継いででも、一人きりでも、会いに来てくれるのでしょう?


そうしないってことは、そこまで私に、会いたいと思わないってこと。


ほら見たことか。私は自嘲気味に息を吐いた。

答えを急いでは、いけなかったでしょう?
自分を戒めていて、よかったでしょう?

竜持くんがなにを考えてるかなんて、私にはわからないのに、私のことが好きでキスしたなんて自惚れ、絶対にしてはいけなかった。

本心を隠す竜持くんの線の向こう側に行くのは、とても、怖いことだったんだ。


私は横にしていた身体をまた動かして、うつぶせになって身を縮こまらせた。

ああ、馬鹿馬鹿。竜持くんの馬鹿。馬鹿、馬鹿。
私の、馬鹿。





ジリリリリリリリ。

突然鳴り響く電子音にはっとして、顔をあげた。
蝉の声に負けじと響いたのは、我が家に備え付けられた昔ながらの黒電話だった。
甲高い音でなるソレと、エンジンがかかったかのように一斉にうるさくなった蝉の声が不協和音を奏でだし、思わず眉を顰めた。

この暑いのに、ご苦労なことで。

とりあえず電話を取らないと、と手紙を片手に起き上がって、のろのろと電話が置かれている奥の部屋に歩いて行く。
この時間は家族は畑にいて、私は留守番を任されているのだ。
留守番と言ってもすることなんて何もなく、せめて電話くらい取らなければ、この任務を何一つ全うできないではないか。

とは言ってもこの時間に家に電話をかけてくる人間なんてほとんどいない。
大抵この時間はみんな畑にでているから、用事がある人は皆早朝か夜に電話をかける。
ならば必然的に、この電話はミっちゃんとかその辺の人間だろう。

けたたましく鳴る電話の前に腰を下ろして、どうせ私の友達だろうと、軽い気持ちで受話器をあげた。



「もしもし、夢山ですけど」
「ああ、夢子さんですか?お久しぶりです」



一瞬、心臓が止まったかと思った。実際、息をするのを忘れた。

だって、すごく懐かしいけど、でも、この声、この喋り方、は。



「……竜持くん?」
「ええ、そうです。なんですか、僕の声忘れちゃったんですか?」

そう言って受話器越しから聞こえるクスクスって笑い声に、ああ本当に竜持くんだ、と再確認した。

だけどあんまり懐かしくて、突然で、いつもどうやって喋ってたか忘れてしまって、なんだか一気に緊張した。
それになんでいきなり電話なんて。
竜持くんはいつも突然で、わけがわからない。
そうしていつも私を困らせるんだ。

困惑する私を察したのか、竜持くんは「夢子さん、硬くならないでくださいよ」とからかうようなトーンで話した。

「だ、だって……」
「それなら、とっておきのおまじないを教えてあげましょう」
「……おまじない?」
「ええそうです、夢子さん、先月僕が送った手紙に同封した、凰壮くんの写真を思い出してください」

そう言われ反射的に思い浮かべると、思わず吹き出してしまった。
あの凰壮くん、可愛かったなあ。

しばらく思い出し笑いをしていると少しばかり緊張が和らいで、今度は素直に嬉しい気持ちがこみ上げてきた。


さっきまで「嘘つき」とか「おもわせぶり」だとか言ってたくせにそんなことどうでもよくなって、結局私の気持ちはまた舞い上がらされて宙ぶらりんにさせられたのだけど、今はただただ久しぶりに聞こえる竜持くんの声がすごく愛しいので、やっぱり竜持くんは自分勝手でずるい人だなあと思った。
あれ?自分勝手は私?まあいいや。

「珍しいね、電話なんて。何かあったの?」
「いえ、何かあったわけではないのですが、思いついたことがあってですね。すぐに返事が欲しいな……と」
「思いついたこと?」

なんだろう、と私は受話器片手に首を傾げた。



「ええ、夢子さん、東京にきませんか?」





さあ、十五歳の夏休みが、始まりそうです。















全国大会行けても行けなくても、サッカーに忙しいので遊びには行けないんです…っていう予防線をば…。メールじゃなくて手紙なのはヒロインが携帯持ってないっていう設定です(2012.9.25)
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