「都会から王子様が来たんだって!」

夏休みも残りあと二週間。村に八人しかいない同級生兼幼馴染全員で、山の向こうにある海に遊びに行くところだった。山道を少し歩いた先にある海は、都会みたいな遊び場のない、見渡す限り山と畑と民家しかない田舎に住む私たち村の子にとって良き遊び場で、私たちはよく揃って遊びに行っていた。
待ち合わせ場所で集まっていると、最後に到着したタナカさんちのミチコちゃんが興奮気味に報告した。女子たちは「なにそれ!」「王子様?」「かっこいいの?」「えー見たーい!」と黄色い声を上げたが、対照的に男子たちは「ああ……」と苦い顔をして相槌を打った。
それに気づいたように、ヤマダさんちのマチコちゃんが尋ねる。

「なに、あんたら知ってたん?」
「まあな、昨日来たやつらじゃろ?山崎のじいちゃんの遠い親戚だとよ」
「へえ、そんで?なんであんたらそんな嫌そうな顔してん?」
「昨日声かけたんじゃ。都会から来た言うから村での遊び方を教えちゃろう思て」
「で?どうなったん?」
「そうしたら、「うるせえ田舎者」だと」
「なにそれ、感じ悪いなあ」
「だから俺らむかついてのお、ちょっと暴力的制裁を加えようとしたんじゃが……」
「なになに、もしかして返り討ちにあったん?」
「……うるせえ」
「だっさー!」
「都会もんはもやしっ子ばかりだと思っとったけどそうでもないんかねえ」

やいのやいのと皆が次々に声をあげる。
先ほどまで黄色い声をあげていた女子たちも残念だと言うように落胆の言葉をあげた。

私も王子様と聞いて期待したが、どうやら態度のでかい連中らしい。
話を聞く限りでは、もしかしたら不良というやつかもしれない。

やっぱり都会の子は怖いなあと、他人事のように考えた。
どうせ私には関係ない話だ。






ところが次の日。お母さんに、山崎のおじいちゃんのところへ家で取れたスイカを持って行くようにとお使いを言い渡された。
山崎のおじいちゃんと言えば、つまり昨日の噂の的であった都会の王子様という不良が泊りに来ている家である。とんでもない!私は震えで飛び上がった。

狭い村でしか生きたことのない私にとって、都会や不良とは未知の存在であり、且つ恐れるべきものだった。
知らないものは怖い。

都会の怖い子たちなどに関わりたくなかった私は「いやだ」と反抗し家の中を駆け回って力の限り反抗したが結局捕まり、小学生女児が持つにはかなり重いスイカ一玉を抱えて、強烈な日差しの中お使いに出かけることになった。

私は渋々と遠くの山々まで見える見通しのよい畔道を歩いきながら、昨日皆が噂した都会の子たちに会うのは怖いなあと半ば怯えながら、道中何度も「会いませんように」と唱えながら向かった。




おじいちゃんの家に着くと、垣根の外から伺うようにおどおどと中を見る。庭には見たことのない大きな車が停まっていていて、都会の子たちの家族が乗ってきた車かな?と思った。ただそれ以外はいつものおじいちゃん家となんら変わりなく、特に子供がいるような騒がしい声もしなかったので、ホッと胸をなでおろし安心して垣根を越えて玄関までの行き慣れた庭を突っ切って走る。

「おじーちゃん!スイカ持ってきたよー!」
扉の開け放たれた玄関をくぐって大きな声で叫ぶが、家の中はシーンとしていて、聞こえるのは庭で鳴いてる虫の声くらいだった。

「おい」

誰もいないのかなあ、と思ってうろうろしていると、後ろから声がした。
おじいちゃんの声ではない。少し大人のような威圧感はあるが、子供の声だ。かと言って聞いたことのある声でもない。この小さな村では大人から子供までほとんどの人間が顔見知りだから、聞きなじみのない声を聞くは不思議な感覚だった。

知らない、子供の声。
もちろん思い浮かぶのは「都会の王子様」という単語。
「(他人事かと、思ってたのになあ……)」

半ば冷や汗をかきながらおそるおそる振り向くと、やはり見たことのない同じ歳くらいの男の子が三人、睨むように並んで立っていた。


「(同じ顔だ……)」


第一印象は、そんな感じだった。
三人はお揃いの顔にお揃いのおかっぱ、色違いのTシャツ着ていた。
知らない子供たちが来ている、という情報がなければドッペルゲンガーか何かと勘違いしていたところだろう。それくらい、三人はそっくりだった。


「お前誰だ」
「泥棒じゃないですか?」
「スイカ泥棒か?」

左端の黄色いTシャツを着た子から順番に緑、赤と、テンポよく畳み掛けるように毒づく。
私は泥棒扱いされて、一昨日返り討ちにされた男子たちのように暴力を行使されては困る、と慌てて弁解をした。

「ち、違う!スイカは持ってきたの!お使いで山崎のおじいちゃんに届けにきたんだよ!」
「何、お前じじいの孫なのか?」
「僕たち以外に親族がいるとは、言ってませんでしたがねえ」
「泥棒は嘘つきだからな」

再び同じ順番に左端から鋭い言葉が返ってきて、言葉が一瞬つまる。

「ま、孫じゃなくて、おじいちゃんのことは村にいる子は皆おじいちゃんて呼んでて……」
「ふーん」
「実にローカルな話ですねえ。村中みんなお知り合いですか、狭い世界ですね」
「だからって勝手に人の家入っていいのかよ」
「で、でも、いつもそうしてるし、大人も子供も皆普通にやってるよ……?」
「へえ、田舎ってすげえな。無法地帯じゃん」

黄色い子は興味なさそうに相槌を打ったが、緑色の子と赤い子は馬鹿にしたようにせせら笑った。

私はその態度にムッとして、玄関にスイカを置き、さっさと帰ろうと踵を返す。
このままでは元々憧れてもいない都会の好感度がますます下がってしまう。

しかしながら三人は壁のように私の前に立ちはだかる。彼らの間を潜り抜けなければ、玄関を出ることはできない。
私は小さくこぶしをつくってから、意を決して歩みを進めた。

強気な足取りでズンズンと前に進み、三人の間を割る。意外にもすんなり通れて「なんだ」と安心するのも束の間、こぶしを握った腕がグンと後ろに引っ張られる。
驚いて振り向くと、緑のTシャツの子が「まだ話は終わっていませんよ」と言って私の腕を掴んでいた。

子供体温であるだろう彼の手と夏の熱気に煽られて、掴まれた部分がひどく熱い気がした。

私はびっくりして、思わず掴まれていない自由な方の手を顔の前に持ってきてガードのポーズをとる。

「な、殴らないで!」
「は?」

男の子は不思議そうな顔をする。

「なんですか?それ」
「だ、だって、一昨日男子たちのこと返り討ちにしたって!」
「なんでそんなことお前が知ってんだよ」
「知ってるよ!この村であったことを村の人間が知らないことなんてないよ!」
「まじかよ。プライバシーもないのかよ」
本当に無法地帯だな……。と赤い子はうんざりしたようにため息をついた。

緑の子は尚も腕を掴んでいる。離してよ、と言うように腕を自分の方にひくと、緑の男の子はますます掴む力を強くした。

「ひっ……!」
「安心してください。僕たち女性を殴るほど下劣ではないですよ」
「……じゃあなんなの?」
「僕たち、探し物をしてるんです」
「探し物?」

私が首を傾げると、腕を掴んできた緑の子の両脇の二人が、同じ動作で相槌を打つ。

「虫だ」
「虫?」
「虫を捕りに来たんだよ、いい場所知ってねえか?」

都会の子も虫とか捕るのか、とちょっとした驚きがあった。

「知ってるけど……」
「お、じゃあ案内しろよ」

そう言って三人は外に立てかけてあった虫を捕まえる網と虫篭を手に取った。
都会の子とあまり関わりたくなかった私は「えええ」と非難めいた声をあげるが、彼らにはまるで聞こえてないという風で「いやーいいガイドが見つかったなあ」なんて陽気な声をあげる。
私の意思は無視ですか……。


「さあ、早く案内してくださいよ」

私がボーっと立ち尽くしていると既に垣根の向こうで待っていた彼らが呼ぶ。
なんで私が、と思いつつ、男子たちのように殴られたくなどなかったので、私は重い足取りで彼らの元へ向かった。





「君、名前はなんと言うんですか?」

山の方へ続く畦道を歩いていると、隣に並んだ緑の子が尋ねてきた。

「……夢子です。夢山夢子。ちなみに三年生だよ」
「僕は降矢竜持です、同じ歳ですね。よろしく」

そう言って緑の子もとい竜持くんは手を差し出してきたので私も手を出して握手した。
物心ついた時から知ってる人に囲まれて育った私は、自己紹介ということにあまり慣れておらず、自分のフルネームを述べるのは少々恥ずかしかった。

「あっちの黄色いTシャツを着ているのが虎太くんで、赤い方が凰壮くんです。二人とも三年生ですよ。慣れるまでは見分けがつかないと思うので、色で判断してください」

私が「よろしく」と無愛想ながらに後ろを歩く二人に振り返って言うと、二人は澄ました顔で「ああ」と短い返事をした。

二人は竜持くんに比べて社交的ではないようだ。
いや、竜持くんが二人に比べて社交的なだけか、と頭の中で訂正した。


「なんで私に案内させるの?男子たちに頼めばよかったのに」
村の遊び方と教えてやろうとした、と言った男子たちの言葉を思い出して尋ねる。

「だってあいつら、偉そうなんだぜ。『余所者に俺らの世界教えちゃる〜』とか言ってよ。なあ、虎太」

凰壮くんの言葉に虎太くんが不機嫌そうに頷いた。
男子たちのことを思い出して、思い出し怒りでもしたのだろうか。

「うーん……言い方は悪かったかもしれないけど、別に嫌な意味じゃないと思うよ。何も殴らなくたってさあ」
「僕たちは暴力に対して正当防衛をしたまでです。それに、僕ら仲良くしたいだなんて思ってもないですから」
どうせここには二週間しかいないですしね。

竜持くんは冷たい言葉をいいながら、楽しそうに笑った。

「(なんか、竜持くんが一番怖いかも)」

堂々たる面持ちで口達者な三人は全員、村の子にはいない初めて会うタイプには変わりないのだが、まだ年相応に喧嘩っ早そうな印象を持たせる虎太くんや凰壮くんに比べて、竜持くんは掴めない感じがした。






「おお、本当にいる」

虎太くんと凰壮くんはそれぞれ自分の網に捕まえた虫を掴んで、感動したような声を上げた。
竜持くんはその横で虫篭に入った虫をジッと見つめて「これはオオクワガタですねえ」と冷静に種類を分析している。


意外だった。
三人は終始、田舎だなんだとさんざん馬鹿にしていたので、虫を捕まえたところで何かと馬鹿にしたような発言をするかと思っていたのだが、予想とは裏腹に「すげえ」などとはしゃいで虫を捕まえる姿は年相応の男の子に見えた。

小指の先ほどの親近感を覚えた私は、もっと奥にたくさんいるよ、と絶対に教えないと思っていた穴場を紹介する。

凰壮くんが「へえ見物じゃん。行ってみようぜ」と奥にどんどん進んでいく。追いかけるように虎太くんと竜持くんが続いて行き、態度はでかいみたいだけど案外子供らしいんだなと思って少し面白かった。





夏の長い日が沈んできて、今が大分遅い時間だと気付く。
そろそろ帰ろうよ、と声をかけるころには、三人の虫篭は虫が何匹も入っていた。

「ああ、もうそんな時間か」

凰壮くんが心なしか残念そうな声をあげる。
それを合図とするように、三人は虫篭のふたを開けて虫を外に逃がしだした。

「え?逃がしちゃうの?」

思わず私が声をあげると三人は当然といったように「別に、捕まえたかっただけだ」「連れて帰ったところで、僕たち責任もって世話できませんからねえ」「自然にいるのが一番だろ」と言った。

これも、意外な台詞だった。
この三人に昆虫愛護の精神があっただなんて。
口からでる言葉と比べると、性格は随分道徳的らしい。


噂に聞いていた印象とは大分違う。
やっぱり自分で見てみないとなあ。






山を降りて分かれ道で別れようとすると、竜持くんが「送りますよ」と言ってついてきた。
同年代の男の子にそんなこと言われたのは初めてで「別にいいよ」と驚き気味に言うと、「そうですか」と簡単に引いた。

「まあこの田舎じゃ危ねえこともねえだろうな」

凰壮くんが見下すように笑うが台詞から、一応心配してくれてるのかな、と感じた。

「じゃあまた明日な」
「え?明日?」

虎太くんの言葉に思わず驚嘆の声をあげる。

「当たり前ですよ。僕たち何もない土地で暇してるんです」
「明日も案内頼むな」

そう言うと三人は山崎のおじいちゃん家に帰っていった。


私はその背中をぼんやりと見送ってから岐路に着く。


「(関わりたくなんかなかったのに、なあ)」
今日一日で大分印象が二転三転したなあ、と呟く。



重いスイカと足取りを携えた行きとは打って変わって、私は軽い足取りで果ては無意識にスキップまでして、家に帰った。

知らないものは怖いけど、知ってみると案外悪いものじゃないなあなんて思った。





それから私は彼らが滞在した二週間、毎日彼らに使われて色んなところを回った。
山道も探検したし海にも川にも行った。私の家の縁側でスイカを食べて花火もして、そうして遊んでいるうちに、いつの間にか私は三つ子と仲良くなっていた。(と、思う。少なくとも、私はそう思った)
しかしながら三つ子と過ごした夏は瞬く間に過ぎ、三つ子が都会に帰る日はあっという間にやってきた。

見送りの際は、初めて会った日とは打って変わり、帰ってほしくないと私は半べそになった。
そんな私を見かねて、竜持くんは「また来年来ますよ」と呆れたように笑った。


「私のこと、忘れないでよ」
「そんな脳みその容量少なくねえよ」
「どちらかと言うと、夢子さんの記憶力のほうが心配ですねえ」

私の言葉に凰壮くんと竜持くんが嫌味を言うが、結局内容としては「忘れることがない」ということを言っていたので、嬉しかった。

「じゃあな」

虎太くんが私の頭を撫でる。

「……うん、また来年ね……」



三人は彼らのお父さんの運転する車に乗って、都会へと帰っていった。

私はそれを見送ってから、はあと切なげにため息をついた。

「(あと350日くらいかな……?)」
再び彼らに会える日を想って指折り数えようとしたが、指が足りなかったのですぐにやめた。

今日で夏休みは終わり、明日から学校もはじまる。



早く夏休みが来ないかな。
夏休みが終わったそばから、次の夏休みを待ち遠しく想った。





「(あ、宿題やってない)」
















方言といい、海があったりスイカ育ててたりクワガタが生息していたりと、ここは、どこなんでしょうね… 田舎です どっかの…(2012.8.22)

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